信用とは、つまり実績【美郷大学生篇2】



「嫌だ。そっちは止めよう。」


 俺のすぐ後ろを歩いていたサークルメンバーの一人が、突然足を止めてそう言った。振り返れば、そいつは遊歩道横の看板を見上げて立ち止まっている。看板には、この先にある史跡の説明が書かれていた。どうやらこの先にあるのは、戦国大名の一人が斬首された場所らしい。


「またか。ほんっとお前はビビりだな」


 我ら「史跡同好会」。俺が入学してすぐこしらえた、一年生ばかりの新サークルだ。俺達の大学は近畿地方にあり、古い遺跡・史跡の類近くに多い。皆でそれを巡ってみようという、緩いサークルだ。


「ゴメン。でもおれはソッチには行かない。行くならおれはココで待ってる」


 とある山城跡を散策中。そう言って立ち止まった男は、サークルを立ち上げてすぐ、メンバーを増やすために構内で適当に声をかけた連中の一人で、それまでの面識も無ければ所属学部も違う。確認すると一年生で、歳だけは同じだ。


「――僕らも止めておこう。良いだろう、池谷」


 俺の隣を歩いていたサークルのNo.2、相葉がそう言った。トップは俺こと、池谷繁だ。三人ばかりいた他のメンバーも立ち止まる。


「仕方ない。まあ、どうしても見たいものがあるワケでも無いしな。しかし……」


 やれやれ、と溜息を吐きながら俺は最初に足を止めた男を見遣った。いかにもユニクロ系のファストファッション。間違っても体育会系ではなさそうな薄い身体。背は高くもなく低くもなく。何の面白みも無い髪型と服装のそいつは、非常に怖がりだった。


「そんなにこのテの場所が嫌いなら、来なければ良いだろうが」


 こうしてコイツに足を止められたのは今回が初めてではない。〇〇城址、××神社、旧△△邸宅。史跡というやつには勿論何らかの来歴、因縁の類がある。因縁の類が多ければ、それだけ『足の無い連中』の噂も増える。そういうものが苦手なわりに、この男の参加率は高い。


「いや……博物館とかあっちが見たくてさ……」


 はは、と困ったような笑みを貼り付けて奴はうなじを掻く。確かに美術館・博物館の類が好きな奴だ。放っておけばいつまででも中にいる。


「あ、じゃあ……おれだけ先に引き返して、博物館に…………」


 一旦引き留めておきながら困り気味に眉を下げて笑う思わせぶりな態度は、いつ見ても何を考えているのかイマイチ読めない。読めないが、サークル仲間、特に相葉はコイツの『嫌だ』を尊重する。


「反対側の、櫓跡に先に行ってみよう。お前も来る? それとも先に博物館に行っとくのか?」


 呆れる俺を横目に、てきぱきと相葉が次の行動を指示する。実に優秀な副官だ。


「櫓なら行ってみたい」


 慌てて頷く奴を引き連れ、相葉が道を引き返し始めた。他の連中も特に文句なくついて行く。最後尾になった俺に、立ち止まって相葉が首を傾げた。


「池谷。ご不満か?」


「馬鹿馬鹿しいとは思わんのか」


 俺はそのテの、半透明な連中の存在を信じていない。信じていない理由は単純で、今まで見たことが無いからだ。サークル立ち上げ記念で行った、某遊園地の某病棟型巨大お化け屋敷でも全く何事も無かった。そのお化け屋敷にもかのビビリ君は来ていたが、奴はスタートしてすぐ俺を盾に隠れた挙句、最初の脱出口でギブアップした。ちなみにその時、俺は全く何も見ていないし、何も体感していない。


「まあ……かなり敏感だとは思うけど。でも偶然も、三回続けば必然だろ?」


 渋々と歩み寄った俺に、とりなすように相葉が言う。他の連中は三々五々に次の目的地へ向かっていた。


 偶然だ。俺はそう思う。奴が「絶対にここには泊まらない」とゴネた宿で火災が起きたことも、「今すぐ帰りたい」とわがままを言われてルート変更した後、本来通るはずだった高速道路で大事故が発生したことも、「ここでは食べたくない」と拒否されて諦めた名物料理店で食中毒が起きたことも、全部偶然だと俺は思う。俺はそう思うが、相葉をはじめ他の連中はもう、そう思っていないらしい。


「必然、ねえ……」


 論理的に成り立たない。そう眉間に力の入る俺の肩を軽く叩き、相葉が苦笑した。


「いい加減認めろ。こないだの岬、お前も助けられたんだろ?」


 言われて更に眉間が痛くなる。認めたくない。ふと相葉の背後を見遣れば、例の奴がこちらを覗き込むようにしながら引き返して来ている。何がそんなに気になるんだお前は。


「岬で足を滑らせたお前が伸ばした手を、掴んだのはアイツだ。お前は一人でフラっと消えてて、僕らは何処にいるのか分からなかったし、あの日は天気が良くて足元も乾いてた。なのに、アイツはお前が、あの場所で足を滑らせるのを知ってた。でなきゃお前を拾うのは無理な場所だった。そうだろ?」


 言われてぐぐぐ、と唸る。そろそろと引き返して来ていた奴が、俺に声をかけた。


「あの。みんな櫓跡近くで待ってるって。――池谷、大丈夫? なんか具合悪いのか?」


 本気で心配そうなその顔に頭痛がする。認めたくないんだ俺は。


「いいや、いいからアッチ行ってろ、宮澤」


 というか、何故お前は俺じゃなくて、俺の背後ばかり見ているんだ。



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フリーワンライ #深夜の真剣文字書き60分一本勝負 参加作加筆。

使用お題:

 伸ばした手

 思わせぶりな態度

 偶然、3回続けば必然

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