大きな門




 詐欺は門構え、という言葉がある。


 相手を信頼させるには、外見・第一印象が大切なのだ。大きく立派な門はそれだけで、相手を威圧し、又は信頼させる効果がある。


 そんな何処で仕入れたかも忘れた蘊蓄を思い出しつつ、怜路は依頼人宅の門前に立った。


「でっかい門だねェ、しかし……」


 感嘆しながらも、その声には呆れが色濃い。


 大きい。確かに大きく立派な門だが――如何せん趣味が悪かった。上に、汚い。汚いというか、傾いている。


 まず目を惹くのは、門柱の前を占拠する色褪せたタヌキの置物だ。それと一対なのか、もう一方の門柱の前では、布袋様……と呼ぶには余りに不細工で嫌らしい顔の禿げ親父が雨晒し特有の薄汚れ方をしている。他にも、門のそこかしこに某アニメ映画の木霊よろしく、小さくて変な置物が並べてあり、その全てがいかにも長く野晒しにされたモノらしい惨めさを纏っていた。


 門自体も軒の一部が崩れて割れ瓦を辺りにばら撒き、それを覆う雑草は伸び放題だ。その草の冬枯れている様などは、うらぶれた、という言葉そのものだった。


 何と言うか、澱んでいる。どうしようもなく澱み切っている。怜路は何処からともいえぬ恨みがましい視線が、幾つも刺さるのを感じた。これは相当、色々と集まっている。


(ヤバイ、大注目……ってかコッチ見んな!)


 心中でギリギリと歯噛みしつつ、怜路はそろりと門に近寄った。この内側で暮らせる人間は、ある意味賞賛に値する。依頼主とは一度、外で顔を合わせているが、こんな魔境に住んでいそうな人物では無かった筈だ。そう怜路は首を捻った。


「……てか、本当にコレ、入らな駄目かい」


 果たして、無事生還出来るのだろうか。






 吉凶禍福は門より入る。風水・家相の世界で、門の方位・大きさは大切な要素だ。しかし何より重要なのは、それを聖浄に保つことである。福を呼ぶ力が大きな物は、転ずれば大きな禍いを呼ぶ。管理出来ないなら欲張るべきではない。


 依頼主は、至ってマトモで清潔感のある三十代のご婦人だった。自分のような胡散臭い人種を頼らねばならない状況の割には、本人の纏う気に翳りが無かったのを覚えている。


 そんな事を思い返しながら、庭というより荒地、又は原野とでも呼びたいような前庭を抜ける。鬱蒼と茂る藪椿の常緑を抜けると、屋敷と呼ぶには庶民的な民家が佇んでいた。






 椿の脇を抜けた瞬間、空気が変わる。驚いて怜路は立ち止まった。家の周囲には依頼主同様、至って健全な、むしろ眩しいほど聖浄な空間が広がっている。


(……あれ? 依頼内容、何だったっけか)


 思わず後ろを振り返り、怜路は頭を掻き回した。そうだ、夜中に家の周りで物音や声がするという、割りに古典的な相談だった。物音だけならこの田舎の事、猫か狸かはたまた鹿か、と余裕もこいていられるが、深夜に呻き声やら啜り泣きやら合唱されては堪らない。


「あー、家の周りで、ね。そゆ事か」


 例の禍々しい門に対し、この先は聖浄過ぎる。門に惹き寄せられたモノからすれば、あの良い感じの門構えの先にこの空間は、多分に酷い詐欺だろう。殆どゴキブリホイホイだ。


 門から入った陰のモノ――霊とか妖とか呼ばれる類の「何か」は、敷地の気の流れに乗ってここまで運ばれる。そして、強力すぎる陽の気に満ちたここで、その気に灼かれてしまうのだ。依頼主が夜な夜な聞くのは、その断末魔なのだろう。家主の氏神や祖霊が強烈なのか、土地そのものの性質か。どちらにしろ、中身にそぐわぬ門が互いにとって、要らぬ不幸を呼んでいるようだった。


「で。あの門は何なワケよ?」


 疑問に目を眇めた怜路は、とりあえず玄関の呼鈴を鳴らした。暫くして出てきた依頼主に、開口一番でくだんの門のことを尋ねる。


「あれはお隣の敷地よ。もう家も崩してるのに門だけ残してらして。ウチのはこちら」


 そう指されて横を見れば、確かに慎ましい門がすぐそこにあった。






「――ってワケで、あの門崩さねェと解決になんないんで。他人の土地勝手にいじる事になるし、市役所に申請出してくれ。今度書類持って来るからさ」


 派手な修祓で金を取ることも出来るのに、我ながら何て良心的なんだ。相談料程度では額も知れている。そう内心で自分を褒める怜路を、依頼主が怪しげに見遣った。


「それだけで良いの? 失礼ですけど、貴方本物さん? 詐欺師に払う金は無いですよ」


 刺すような視線に怜路は固まった。


 やはり第一印象は大切だ。まあ、分かっててこの格好をしているのだが。



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