第50話大聖人への信仰
「警察だ! 全員両手を上げろ! 動くな!」
レティシアと牧師が入ってきた扉を蹴破って、武装した警察官が複数人ホールに飛び込んできた。武装した警察官達は皆揃って拳銃を構えている。ホールに居た者達はどよめき、この事態に戸惑いが隠せない様子だった。
舞台の上に居た司祭の男は無表情のまま虚空を掴む。その手には剣の柄の様なものが握られていた。そのまま引き抜こうとするも武装した警察官たちの頭上を、そして舞台の下に居た者達の頭上さえ飛び越えた金色の風の様なものが司祭の前に躍り出る。イリスである。イリスは司祭が何かを引き抜こうとする前にその首筋に持っていた剣を突き付けた。
「アロイス=ダランベール。余計な抵抗はせずに大人しく投降なさい」
氷の様な冷たい目で見つめられるもアロイスの目はイリスを視界に入れていなかった。アロイスの目は武装警官達の後ろからやって来た二人組の内一人の女性に向けられている。
「……リノア」
「貴方と話しているのは私よ。聖女様はどこ?」
「聖女様? あぁ、あの小娘ならその裏口から逃したよ。今頃街で跋扈する悪人達を次々と斬り殺している頃だろう」
「……なんですって?」
イリスの目に剣呑さが宿る。アロイスがずっと目を向けている女性、リノアはアロイスから目を放し、舞台へと目を向ける。明らかに大量の血痕が飛び散らされた跡が残っていた。リノアは顔を青ざめさせながらアロイスへ視線を戻す。
「……何をした? 何をしていた? 答えろアロイス! ここで、貴方は……貴方は、何をしていたの?」
リノアの問いには答えない。アロイスはにこやかにリノアを見つめているだけだ。
「あぁリノア。リノア、私の愛おしいリノア」
「質問に答えなさい」
「私は、君のその絶望した顔が見たくて見たくて堪らなかったんだ」
「……、」
舞台に膝を付き、舞台下に居るリノアに手を伸ばそうとするアロイス。イリスはそれを許さず首筋に突きつけていた剣の腹でアロイスを押し戻す。イリスは武装した警察官達の後ろに居るホーエンハイムに目配せする。意思を理解したホーエンハイムは一つ頷くと武装した警察官達に指示を出し舞台下に集っていた者達を連行していく。全員が居なくなったのを見計らい、イリスはアロイスにもう一度問い質す。
「アロイス=ダランベール。答えなさい。聖女様に何をした」
「あの小娘はリノアと懇意だと聞いたから利用しようと思ったんだ。丁度こちらに来るタイミングがあって良かった。断頭台は信者達が作ってくれてね。手先が器用だろう? 素晴らしい出来だと思うんだ」
「話を……いいえ、断頭台で誰を殺した」
「誰って当然、アルヴァン様に付き纏っていた虫だよ」
アロイスの目はあくまでもリノアだけを映している。だが質問をしているのはイリスだ。回答は返ってくるのでイリスは気にした様子も無い。だが、アルヴァンの名前が出て来た瞬間リノアは怪訝そうな表情でアロイスを見る。
「……どういう事だ? どうしてアルヴァンの名前が出てくるんだ?」
「『節制』を司る大聖人、アルヴァン様は私の憧れのお方だ。あのお方をリスペクトして左肩にタトゥーまで入れたよ」
「……アロイス、アルヴァンは」
愛おしげに自分の左肩の肩口を撫でるアロイス。確かに、『節制』を司る大聖人、アルヴァン=ブランシャールの聖痕は左肩にある筈だ。
「だって言うのに、君は役立たずで使えないシルヴァンの話ばかりだ」
「……えっ?」
「君は口を開けばシルヴァンの話ばかりだった。あの男は教会に反旗を翻し、アルヴァン様を陥れようとした無能だと私は何度君に言った?」
「………………アロイス、」
「シルヴァン! 『希望』を司る大聖人! アルヴァン様の双子の弟にして双星の聖人の片割れだ! だがあの男が何をした? 逃げだけじゃないか! 家族を皆殺しにしておいて希望だと? あれのどこが希望だと言うんだ!」
「………………止めてくれ」
アロイスの強い語気に気圧される様にリノアが後退りを始めた。首筋に剣が突きつけられているにも関わらず、アロイスは気にせずリノアを追い詰める様に前進する。舞台の端に到達するとアロイスの動きは止まった。
「アルヴァン様は昔私を肯定して下さったお方だ。あのお方に付き纏う虫を一匹払う為にあの小娘を利用した。それも全部君のその顔が見たかったからだよリノア! 今回はまさしく一石二鳥と言う奴だった。だって君はいつもシルヴァンの事ばかりだった! 結婚すれば君は私のものになる! そうなったらどうやって殺そうかいつも考えてた! でもこうなってしまったからもう私は君を殺せないんだね。それだけが残念でならないよ」
「ぁ、」
「アロイス=ダランべール。貴様、路上で少女達を惨殺したのはどういう事だ」
とうとう腰を抜かしてしまったリノア。イリスはそれに一瞥もくれる事無くアロイスを問い詰める。
「あれはストレス発散だよ! 少女達の叫び声を聞くのがたまらなく快感だった……さっきだって首を切り落とした瞬間のあの小娘の慟哭……あぁ素晴らしい、素晴らしかった!」
「……聖女様に、人殺しをさせたのか……!!!」
正気に戻ったリノアがアロイスに駆け寄ろうとしたがその前にイリスの蹴りがアロイスの腹に食い込んだ。景気よく吹っ飛んだアロイスの身体が壁に叩き付けられずるずると床に落ちていく。どうやら気絶した様だった。
「……リノア」
「……なんだ」
「緊急配備よ。とはいえ、こいつの最初の言い分が正しいなら、聖なる怪物が本物の怪物になっている可能性があるわ。下手に刺激出来ない」
「イリス、それは」
「大聖人相手じゃ一般人はまず勝てないの。並の幻想遣い、私やアランでさえ恐らく……いいえ、確実にあの聖女様相手じゃ話にならない。大聖人を呼ぶ羽目になるわね。『謙譲』の大聖人、マルクス=サヴォイアなら手伝ってくれるかもしれないわ。ドイツから呼び寄せる手配をして」
イリスはつかつかと倒れたアロイスの元へと歩み寄っていく。アロイスの息がある事を確認し、イリスはリノアに一瞥を寄越した。
「貴方、男見る目無いわね」
「あぁ……自分でもそう思うよ」
両目から何かを拭い、リノアを自分のスマートフォンを取り出して電話を掛け始めた。
事件のあった教会の裏手にあるゴミ捨て場。蓋による開閉式になっており中に入れておけば燃やせる焼却炉となっている。アルヴァンはそのゴミ捨て場の蓋を開け、中に入っていたやたらと大きなズタ袋の中身を改めていた。
首と胴体が切断された死体である。きっと、それが見知った少女でさえ無ければいつも冷静なアルヴァンが唇を噛む程感情を顕にする事は無かっただろう。
まだ鑑識と呼ばれる者達は来ていない。人の気配が近づいてくる事を察し、忌々しげに息を吐き出すとアルヴァンはその場から姿を消した。
一息で教会の外に取り付けてある細い装飾具の上に移動するとゴミ捨て場に近付いてくる者を観察する。
「………………リノア?」
久しく見ていなかった幼馴染の女性である。同僚と思しき男を一人引き連れてゴミ捨て場の蓋を開けている。眉間に皺を寄せてその女性を数瞬眺め、やはり忌々しげに吐き捨てる。
「リノア=デファンドル……シルヴァンだけじゃ飽き足らず、アリシアまで私から奪ったのか」
何か気配を感じた女性が振り返るも、そこに彼の姿は無かった。
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