第49話正義執行
「こちらです」
にこやかに微笑む司祭に連れてこられたのは街角にある古びた教会だった。レティシアは催促されるがまま教会へ入る。教会に人の姿は見当たらなかった。先行する司祭が教会の奥にある地下へと続く扉を開く。
「どうぞ」
「、」
人の気配がする。恐らく一人や二人では無い。レティシアは息を飲み促されるがままに地下への階段を降りて行く。
地下のその場所は異様な熱気に包まれていた。ホールの様なそこは一段上がった舞台を中心に十数名程の人間がひしめいていた。レティシアが扉を開けた瞬間、中に居た人間達は興奮した様な表情で一斉にレティシアを振り返っている。ビクリと身体を震わせる。誰も彼もがどこか興奮している様だった。眼差しに熱が篭もり過ぎている。レティシアは背後に居た司祭に肩を叩かれて急かされる様に舞台へと連れて行かれた。ホールに居た者達はやはりどこか興奮したように呼吸が浅い者も居た。彼等は舞台への道を開く。老若男女色々な人物が集まっている様だった。スーツの人間も居れば今しがたまで農作業をしていたと思しき作業着の者も居る。妙な緊張感を持ちながらレティシアは舞台の上へと目を移す。そこで、レティシアは目を見開き、足を止めていた。
呼吸すら、止まっていただろう。
「……あり、しあ……?」
見慣れた銀髪とフリルがふんだんに付けられた赤を基調としたゴシックロリータ衣装。だが、その白い肌は見慣れない程血色が悪く手足はだらんと垂れ下がっている。床にポタポタと血が滴っているのも見てその両の手足は潰されて動かないのだろうと予測出来た。見慣れない。見たことが無い程、ボロボロになった親友の姿に言葉等出て来ない。そんな彼女が、うつ伏せの状態で断頭台に居る。ギロチンの刃が彼女の首を切り落とす為に彼女を見下ろしていた。レティシアが驚いて動きを止めていると司祭はレティシアの手を引くようにして舞台の上へと上げた。
「……なん、なんですかこれは!? どういう事です!? こんな事は聞いていません!」
思わず激昂していた。こんな状況は聞いていない。レティシアは司祭に詰め寄った。司祭は相変わらずにこやかな表情である。
「これは……これは完全な私刑です! こんな事、許される筈が、」
「聖女様。貴方には是非とも我らが祝福を受けて頂きたい」
「貴方何をい、って……」
司祭の手がレティシアの頭の上に翳された。目眩に襲われレティシアの足元はふらつくもなんとか立ったまま持ち堪える。
「流石は聖女様。無様に倒れる事はありませんでしたか」
「あ……ぁ、なに、何を、して……あぁ、!」
「私より『祝福』を送らせて頂きました」
レティシアの肩に手を置き、司祭はレティシアの耳元で囁いた。
「貴方の一番の愛が神へ献上されていたままであれば、この『祝福』は全く意味が無かったのですが」
「、!」
「やはり、恋は少女を変えてしまいますね」
「あ、あぁ……ああああ!!!」
発狂した様に司祭を突き飛ばそうとしてレティシアの手は空を切った。突き飛ばされる前に司祭から先に離れたからだ。レティシアはいやいやと首を横に振っている。足元は震え、呼吸が荒い。司祭はレティシアの右手を手に取った。
「さぁ聖女様。貴方の剣はこちらですよ」
そう言って、レティシアの右手を左側の腰のベルトに掛かっている聖剣の柄へと導いた。
頭が割れるように痛い。
ボロボロと瞳から涙がとめどなく流れ始めていた。
暴れだしたくて仕方がない。
聖剣を鞘から引き抜いた。美しい黄金に輝く聖剣の姿に舞台の下に居た人間達が感嘆の息を漏らしているがレティシアの耳にはそんなものは届かない。
肩で息をしながら聖剣を正眼に構えた。
「彼女は巷で起きる連続殺人事件の犯人であり、銀行強盗であり、その他脅迫、傷害の罪がある。許されるべきでは無いのです。あぁですが見て下さい皆さん。聖女様のなんと慈悲深い事か。この様な極悪な凶悪犯であろうと殺してしまっては忍びないと慈悲の涙を流してくださっている。あぁ、なんと聖女様の慈悲深い事か。ですので皆さん、聖女様を応援して差し上げて下さい。殺しても良いのだと。大丈夫です、貴方が切るべきはこのロープだけなのですから。さぁ今こそ、正義の執行を」
「正義の執行を!」
「正義の執行を!」
「正義は我らに在り!」
口々に声が上がった。『正義の執行』と言う言葉が輪唱されている。ホールに嫌という程声と言う声が満ちている。そして全ての口が同じ言葉を放っていた。傍から見れば異様過ぎる光景だろう。
うるさい。
うるさいうるさい。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
涙を流しながらレティシアはその剣を振りかぶる。目の前にはギロチンの刃を止めている縄がある。この縄を切ってしまえばこの声は止まる。早く止めてしまいたい。苦しい。頭が痛い。嫌だ。
先程の司祭の言葉なんかまともに聞けていない。何を言っていたのだろう。頭の中はぐちゃぐちゃでただただ不快感だけがそこにある。早く開放して欲しい。終わりにしたい。
その一心で、聖剣を振り下ろした。
「……レティ?」
「、ぁ」
静かだった銀髪の少女が自分の名を呼んだ。だが、既にロープは切れてしまっている。
呆然と、切れたロープを眺める事しか出来ない。
轟音と共に、ギロチンの刃は落ちていった。
「あ、あぁ……」
ごろり、と床に『それ』は落ちた。『それ』とレティシアの視線が合う。喉から何かがせり上がってきた。
爆発したかのように盛大な歓声が上がる。
その中で、たった一人の少女の慟哭は誰の耳にも届かなかった。
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