第41話知っている
17年前、獄中にて父が死亡した。
冤罪だった、と今でも信じているが獄中で自殺した父にはもう罪の所在を聞く事は叶わない。確か、誰かを殺して獄中に入る事になったのだと思う。当時、まだ7歳だった私の記憶は随分曖昧になってしまっているけれど。父の人物像も曖昧にしか覚えていない。だが私にはとても優しかった。生まれてまもなく母を失くした私にとって唯一の家族と言うべき存在は、何も理解出来ないまま知らない場所で一人ひっそりと死んだ。
近所のデファンドルと言う大きな家に引き取られた私はデファンドル老の孫娘として新しく人生をスタートさせた。といっても近所の子どもたちにすれば名字が変わっただけで人間関係は然程変わらなかったと言えるだろう。双子のブランシャール兄弟も私とよく遊んでくれた。彼等は優しかった。特に弟のシルヴァンとはとても仲が良かったと言える。父が居ないなりに楽しく過ごしていたと思う。父が居ない寂しさで突然泣き出した私の頭を不器用ながらも撫でてくれた年上の幼馴染を今でも鮮明に覚えている。
ブランシャールの双子がある時を境に教会に呼び出されるようになった。なんでも、聖痕と呼ばれる聖人の証となる模様が身体に浮き出たのだそうだ。シルヴァンが忌々しげに吐き捨てていた。なんだかとても、扱いが不愉快なのだと緑色の瞳をした少年は嫌そうに言っていた。兄のアルヴァンの方は文句を言わなかった。でも、どこか不服そうだったからきっとシルヴァンと考えは同じだったのだろう。
私の年齢が10を超えた頃、ブランシャールと言う家を悲劇が襲った。
そもそも、ブランシャールと言う家は名家だ。巨大な屋敷に巨大な庭。庭でよく遊んでもらっていた。そんなブランシャールの家に親戚一同が揃ったその日、ブランシャールと言う家は滅んだ。
大きな屋敷には数多くの死体が転がっていたと言う。ただ二人、アルヴァンとシルヴァンと言う双子の兄弟の死体だけは発見されなかった。生存すら確認されていないが、子供が二人失踪した。それから5年もした後だっただろうか。不思議な力を持つ人々が徒党を組み政府に、警察に、あらゆる事に反抗を始めたのは。
幻想遣い。未だに解明が遅々として進まない彼等が脅威となり始めた瞬間だった。『序章英雄詩』と名乗った彼等はとにかく各地で暴れまわっていたという。その人間の常識の外にある力を大いに奮って。テレビの報道はただただ野蛮な存在として常識外の彼等を謎の集団としか表現しなかった。その集団の中に見知った顔を見た気がした。忘れもしないその緑色の瞳。親しい者達は口を揃えた。シルヴァン=ブランシャールがブランシャールの家の人間を皆殺しにし、滅ぼしたのだと。 見間違える訳が無い。確かにその集団の中に見知った緑の瞳の青年は居たのだ。
知らず、そんな事は無い。何かの間違いだ。冤罪である。確かにそう思った。でも、それを証明する証拠なんて一つも持っていなくて。
それでも、冤罪でまた大事な人を失うのだろうかと恐ろしくなった。
辛うじて覚えていた父の大きな手を思い出してしまった。
不器用に自分の頭を撫でてくれた年上の少年の手を思い出してしまった。
私は、またあの大事な手を失うのだろうかと勝手に怖くなったのだ。だから、警察官になった。彼を自分の手で捕まえて全ての真実を明らかにしようと思ったのだ。その正義感ぶりは父親譲りだなと誰かに言われた気がする。父の記憶なんてほとんど無いから知らなかった。私は父に似ている部分があったのか。
警察官になって程なくして、恋人が出来たしそのまま婚約した。彼と結婚するまでに緑の瞳の幼馴染の件をなんとかしてしまいたかったが間に合いそうにも無かった。幼馴染も居なくなって一人ぼっちだった私にようやく本当の家族が出来るという甘い誘いに深く考えもせずに乗ってしまったのかもしれない。勿論彼の事は好きだ。愛している。
それでも、
「………………、」
私の恋人は教会の神父をしている。誠実で、純朴な青年だ。信用に値する。そう信じている。信じているのに。
「……どうしてだ」
目の前に広がる惨劇の現状に眉間に皺を寄せるしか出来なかった。建物と建物の間にある細い路地。そこに栗色の髪をした少女の死体が転がっていた。四肢を切断され見るも無残な状態で血溜まりの中に転がっている。昨今街を騒がせている連続殺人鬼の一番新しい現場だった。なぜ自分はここに居るのか分からない。周囲で同じ警察官が細かく調べているのに自分は呆然と立っている事しか出来ない。
「こんなの……こんなの違う。違うんだろ……そう言ってくれ」
下唇を噛む。溢れた言葉を拾ってくれる人はここには居ない。
嘘だと言って欲しい。誰かにこれは嘘なんだと言って欲しい。泣き崩れてしまいそうな足を懸命に踏み締める。
父も、幼馴染も、私が愛した男は皆私を裏切ってどこかへ行ってしまう。
「違うんだろう……アロイス。お前じゃ、無いんだろ……そう言ってくれ」
誰も応えてくれる人等居ない。
証拠なんか無い。それでも何故か。リノア=デファンドルはこの惨劇を起こした張本人を、知っている気がした。
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