第40話微笑みの残滓

「で?」

「? 何が?」

「会えたのかよ。愛しのお姫様には。個人的にはありゃ姫ってより氷の女王だが」

 密集した雲の上であぐらをかきながら、レギンレイヴはゲルを見上げた。雲を操作しているのはゲルである。彼の扇によって魔力を帯びた雲は大体人間が乗れる程の耐久度と大きさを持つ。ゲルが持つ幻想の扇の名は『聖なるかな(フラベルム)』。風を操る扇である。本来であれば大振りな西洋の扇の為着物に似合うような物では無いが現在はレギンレイヴの魔術により日本でよく見られる扇子の様な見た目をしている。彼の扇の力によって雲を集めた物が彼等の移動手段となっていた。脱獄を成功させた二人は現在大西洋の上空を飛行している。

 レギンレイヴの言葉にゲルは柔らかい微笑みを向けてきた。レギンレイヴは怪訝そうな表情でそんなゲルを見る。

「会えたよ。相変わらず美人だよなあいつ」

「外面はそうだろうけどよ……俺は好かねぇけどなあの女」

「それで良いってコトよ。お前まであいつに惚れてたら殺さない自信無いしな」

「こわ……」

 ゲルの言葉にレギンレイヴは肩を竦めるだけだ。ゲルはレギンレイヴから目を離し、正面へと目を向けた。高速で横へと流れていく雲達。雲を割いて進んでいる様だ。彼等以外に特筆他の飛行物体は雲以外確認できない。レギンレイヴは頭の後ろで指を組みそのまま後ろに倒れ込んだ。真っ青な空を見上げながら世間話をする様なトーンで口を開く。眩しいまでの太陽に目を焼かれそうになりレギンレイヴは顔の前に手を翳した。

「お前さー最近なんか変だよな」

「何が? オレは変わらねぇよ」

「そうか? 最近さ……お前の背中になんか付いてる様に見えるんだよな」

「なんだよ幽霊か? 怖いコト言うなよ」

「妙に感が鋭かったり未来を予知するみたいなこと言ったりさ。なんかあったか?」

 からかうような口調のゲルを気にする事無くレギンレイヴは続けた。ゲルはけらけら笑っているだけだ。レギンレイヴは空を見上げたままゲルに視線を向ける事は無い。

「なぁ。似てると思わねぇか。状況が」

「何にだよ」

「スクルドの時とだ。段々人間離れして行って、最後に『人間じゃなくなる』」

 レギンレイヴの言葉に、ゲルは言葉を失くした様に振り返った。先程まで笑っていた名残か口元は僅かに笑みを象っていた残り滓が残っている。レギンレイヴはのろのろと上体を起こした。空からゲルへと目を移す。

「なぁ……お前、自分が誰か言えるか?」

 残っていた微笑みの残滓を掻き集めたかの様に、寂しそうに笑った。

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