第38話ただの青年
「今から行く街は、フランスのリヨンという街です」
「? 首都はパリと聞きましたが、パリでは無いんですか?」
飛行機の中、光太の無邪気な問いにレティシアは苦笑していた。窓際に座っているのは光太、その隣にレティシア。通路を挟んで反対側にアーノルドの姿がある。機内には搭乗員を除けばこの三人だけ。プライベートジェットである。ゆったりとした機内は一人が持ち得る空間が広い。飛行機には初めて乗る光太にファーストクラスだとかビジネスクラスだとかそういったものは厳密にはわからないがきっとかなり上等なクラスが当てはまるに違いないと確信できた。というかどっちが上なんだろ。ビジネスの方だっけ? まぁどっちでもいっか。きっと他二名は知っているだろうが聞いて変な目で見られるのも嫌なので質問は止めておいた。
「リヨンには我々幻想課の本拠地がありますからな。吾輩の帰る場所はそちらですし……ただ、聖女殿をご帰宅させるまでは吾輩同行させて頂きますよ」
「ご勝手にどうぞ。リヨンには、幻想課の総本山があるんです。まぁ、幻想課が出来たのは最近でフランスでも取り扱っているのがここ位ですしリヨンにある幻想課も小さいものですが」
「イギリスにはそういったものは無いんですか?」
「フランスとは比べ物にならない位大きな組織が独立機関として存在しております。ただボクはあまり好かないんですよね……イギリスはそもそも魔術師が多すぎる」
渋い顔をするレティシア。上手く飲み込めずキョトンと首を傾げる光太。アーノルドがくつくつと笑いながらレティシアを見た。
「幻想魔術取締機関と呼ぶと簡単ですかな。あそこの方々は聖女様を実験台か何か位にしか思っておりませんからな。何度か被検体にならないかとお誘いでも受けたのでは?」
「彼らはそこまで考え無しではありませんよ。被検体にさせたい空気は嫌でも感じますが。貴方位なものですよ。ストレートに被検体になってくれなんて言ってくる人」
「おや、イギリス人意外と臆病なんですな」
「賢明な方々と言って頂きたい」
レティシアの言葉に、アーノルドはなぜかキョトンとした表情だ。賢明という言葉が結びつかなかったのかもしれない。
光太はそんな会話を尻目に飛行機の窓の外に目を向ける。街が見えてきた様だ。
「あれが、リヨンですか?」
「? あぁ、はい。そうです。フランスのリヨン。フランス第二の都市です」
窓の外には赤い屋根が連なるように並ぶ町並みが広がっている。フランスの南東部に位置する都市、リヨン。ローヌ=アルプ地域圏の県庁所在地である。この街は北東から流れこむローヌ川と北から流れこむソーヌ川を要し、ソーヌ川の西側は石畳の残る旧市街となっている。この都市、リヨンの象徴サン・ジャン大教会の建つフルヴィエールの丘は旧市街のものだ。赤く美しい家々の屋根が美しい景観として統一感を持たせている。 眼下に広がる古い街並みに感情の乗らない瞳を向けながら遠くまで来たのだと光太は改めて実感していた。
街から少し離れた郊外の専用エアポートに飛行機は降り立った。これまた専用の車で街へと移動するとの事で光太はレティシアと共に黒塗りの車の後部座席に押し込められていた。専用の男性運転手に助手席にはアーノルドが座っている。車中で光太は何気なくレティシアへ声を掛けた。
「この後どうするんですか?」
「えっ? 大教会の方に、」
「じゃぁ僕は街中を見て回ってもいいですか!?」
食い気味にそう言った瞬間レティシアの呆けた表情を見て光太は慌てて口を噤んだ。長年日本に居続けたせいか見慣れない異国の景色をつぶさに見て回りたくなったのだ。年柄も無くはしゃいでしまったと言う訳である。光太はやらかしたと自覚しつつ恥ずかしそうにレティシアから目を逸し慌てて言い訳を探し求めて視線を右往左往させた。
「あっ……すみません。保護して貰っている身なのに。目新しい物を見て興奮してしまった様です。お恥ずかしい……」
「………………」
レティシアは無言でぱちくりと目を瞬かせた後小さくふふふ、と笑った。光太はバツが悪そうな表情でレティシアを見る。
「ふふ……ふふふ、良いですよ。その前に街を回りましょう」
「えっ……あ、いや気を遣わなくても良いんですよ?」
「良いんです。ボクもここ最近ゆっくりして居なかったから息抜きをしようかと。一緒に回りましょう」
ふんわりとレティシアは笑った。光太はとりあえず恥ずかしそうにぽりぽりと頬を指で掻く。信号で止まった際にレティシアは運転手に声を掛けた。
「街に着いたら観光するので降ろして下さい」
「えっでも……護衛等は」
「ボクは最強の聖剣使いですよ。護衛等不要です」
自信に満ちた聖女の言葉に、運転手は不承不承と言った様子で頷いた。つまらなさそうに話を聞いていたアーノルドも口を開く。
「観光するのは構いませんが、我々は近くの駐車場に居りますので必ず戻ってきて下され」
「あのですね……子供じゃないんですよ?」
「子供では無いから、言っているのですよ」
「?」
アーノルドの言葉に首を傾げるレティシア。光太はアーノルドを無視するように窓の外へと目を向ける。アーノルドはいつもの胡散臭い笑みを口元に浮かべてレティシアへと振り返った。
「子供では無いのです。約束は守れますね? 子供では無いのですから」
「……当然、です」
僅かに気圧された様にレティシアは首肯した。光太は視線を向けず、心の内だけでアーノルドに舌を出す。
程なくして、到着した駐車場で光太とレティシアは降ろされた。アーノルドは気怠げな表情でレティシアを見る。
「聖女様。先程の約束、違えないで下さいね」
「分かっています」
少し拗ねた様な口調のレティシアを無視し、アーノルドは光太にも目を向けた。いつもの胡散臭い笑みでは無く、実に下らないと言いたげな表情である。
「……貴方、今どちらですか?」
「何の話ですか?」
アーノルドの質問に質問で返す光太。それ以上会話をする気は無いので光太はさっさとアーノルドに背を向けた。レティシアはアーノルドに軽く会釈した後それを追って駆け出す。光太に追いついたレティシアは隣に立って歩きながら光太を見上げていた。
「……凄いや。こんな場所見たことが無い」
「……記憶が無かったのでは?」
「確かに、そうでした」
小さく笑ったレティシアに、光太は破顔して笑っていた。
わくわくする子供の様に、笑っていた。
「……アーノルド様。あの青年、何者なのでしょう」
「さぁ。記憶喪失だそうですよ」
「先程の『どちら』と言うのは……?」
「いえ。適当に言ってみただけです」
「は、はぁ……?」
運転手の男の質問に適当に応えつつアーノルドは窓から駐車場を出ていく二人組から目を離さなかった。運転手は上司に報告する為なのか自分のスマートフォンを取り出している。
「……日本の蛇め。その身体、人間のものなのだろうが……その無邪気さはなんだ。本物の『九光太』とやらはどこにやった? それとも、まだ『中』に居るのか?」
去って行く青年の肩越しに見られた笑みはどう見ても『化け物』とは程遠い普通の青年のものでしか無かった。
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