第31話放たれた蛇
上水道を光太は逆流していた。水の神としての側面も持つ彼は『水』へと姿を変える事が可能だ。とはいえ妖怪として落ちている今それほど長時間水への変化は続かない。時間制限が来る前に出口を見つける必要があった。貯水槽までは来たようだ。貯水槽の中を確認する。大きなタンクの中に居たようだ。液体のままタンク内の壁を這って天井となっている上蓋を腕だけ変化を解いて持ち上げる。隙間に体を滑りこませ、ひとまずの脱出を成功させる。タンクが置いてあるのは刑務所の屋上だった。
「さ、て……可愛い女の子に会わないといけないんだっけ?」
はて、と首を捻り自分の目的を思い出す。二つ返事でOKを出したはずだ。相手はどうせ一番高そうなホテルのスイートルームに泊まっていると確かゲルは言っていた。周囲を見渡し、ホテルらしき建物を探す。問題はどうやってその少女と接触するか、だ。
「うーん……あぁ、まぁ。適当でいいか」
もう適当である。既に体に刻まれていた痣が修復し始めている。痛みは殆ど無いと言って良かった。とはいえこの囚人服で街を普通に歩くわけにも行かないだろう。ふと視界を真正面へと向ける。多少の高低差はあるが建物が立ち並んでいる。それを見て面白いことでも閃いたように口角を上げる。
「そうだなぁ……よし、忍者のまね事でもしよっと」
少しだけ楽しそうに。光太は隣の建物の屋上に向けて跳躍した。誰にも見付けられないように、柵を飛び越えていく。耳には脱獄した光太を探す看守達の騒がしい声。そして、突然の銃殺事件に対応する為にパニック化した監獄が視界の端に引っ掛かった。その隅で、事の顛末を楽しそうに眺めるゲルも見えた。その背中に、『何か』が見えた気がしたが光太は見間違いと割り切り逃亡を続けた。
光太は光へと向かって突き進んでいた。本当に忌々しい、大嫌いな光へと。
神とは本当に愚かだ。光に群がる羽虫を集めるためにそんな大仰な光を放っている。羽虫達に習うように光太もその光に向かっていく。きっとその光の中央には祭り上げられた蝶が居る事は理解している。その蝶は果たして祭り上げるに値するのか、とふと光太はそんな事を思った。愚かな神の事だ。愚かであるが故に愚行を犯す彼等の事。きっと何かを間違えているはずだ、と。だがそんなものは実際に見てみなければ愚行か等分からない。故に、羽虫に習うように光太は進む。
とはいえ、蝶は食べたことがない。一体、どんな味がするのだろうかと。”蛇”はそんな事を思った。
陽気もしばしば陰り、太陽が徐々に傾き始めている時刻。とある高級ホテルの正面玄関前に光太はやってきていた。見上げるほどの高層の建物に少々気圧されながらも、光太は恐る恐るエントランスへと足を踏み入れた。
高い天井からはシャンデリアが垂れ下がり、床一面にはこれまた高級そうなカーペットが敷かれている。様々な国から来訪者が来るのだろう。エントランスを見渡せばそこに居る人々の肌の色は実に様々だった。色とりどりとはまさにこの事だと光太はそんな事を思った。エントランスに居たスタッフが警戒した様な目で光太を見ていることに気がついた。というか、方々からの視線が実に痛い。そういえば、今自分の格好は脱獄した直後の囚人服であることを思い出す。だが時は既に遅く、警備員と思しきスタッフが事情を聞こうとでもしているのか光太を取り囲みつつあることに気付く。
「あ、あの……別に僕怪しい人物じゃ……いや確かに小汚い格好してるけど決して悪いことをしようとしている訳じゃ……いやこれ確かに悪いことした人が着る服だけど……!」
あーだこーだと言い訳を並べようにもその狼狽具合が更に光太の怪しさを倍増させているらしい。慌てふためく光太はバタバタと身振り手振りで自分が怪しい者では無いと説こうとするがどうにも説得力に欠ける。
「違うんですあの……僕はただ、このホテルに居るっていう聖女様に会いに……!!」
その瞬間、光太を取り囲んでいた警備員全員が拳銃を抜き放ち光太に銃口を向けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます