第28話蛇の呪術と緑の魔術

「身柄を拘束した不審者です。記憶喪失とか意味不明のことを連呼しているため確保しました」

「い、意味不明って……」

 警察官の適当な報告に頬が引き攣るのを感じていた。場所は刑務所のロビーの様な場所だった。受刑者と面会する者達や警察官等がまばらに居る程度。目の前の警察官は上司と思しき警察官に簡単な経緯を説明している所だった。光太は胸中で人権侵害を叫びながらされるがままだった。一人の警察官に連れられてとある個室に通され、持ち物チェックとばかりに荷物を奪われた。荷物と言っても文庫本を入れる程度にしか使っていない小さなリュックサックしかない。財布も入ってはいるが中身は無いに等しい。次に腕の拘束を外されて身体検査を受け、何も隠し持っていないことを確認されると無造作に何かを差し出された。

「?」

「囚人服だ」

「あの、僕は何も悪いことしてないんですが……」

「どう見ても東洋人で、側溝の中に居たのならどう考えても密入国だ。ほら、パスポートも持ってない」

「……だから、何も覚えていないんです」

 光太は怯えた様な目で警察官に訴える。だが、警察官の男は問答無用で囚人服を押し付けてきた。納得した様子のない光太だがしぶしぶと言った様子で囚人服を受け取る。

「着替えろ」

「………………」

「着替えろって」

「……えっここで?」

「それ以外にどこで着替えるつもりなんだ」

 不満しか無かったが、深い溜息を吐いて警察官の目の前で服を脱いで囚人服に着替え始めた。監視の為なのだろう。着替えを眺めていた警察官の顔色が変わったのを感じた。気持ち悪い物でも見たように口元を手で覆っている。吐くのをこらえるように顔面蒼白になっているようだった。

「だからここでかと聞いたのに。聞かない方が悪いんですよ。あと、一応予防線は張らせてもらいますね。貴方は今日から僕の下僕だ。安心して下さい。ついでにあの犯罪者さんの呪縛も解いといてあげますから。まぁ、僕が代わりに呪うんですけど」

 警察官の男は既に話等聞いていない。自分の嘔吐感を抑えることに必死になっている。いそいそと囚人服に着替え、光太は仕方ないとばかりに指を鳴らした。すると瞬時に、警察官の男が何事も無かったように体勢を立てなおしていた。光太は微笑んで告げる。軽く両手を広げて着替えの確認を促した。

「これでいいですか?」

「あぁ、さっさと行くぞ」

「はぁい」

 どうでもよさそうに確認し、警察官の男は光太が着ていた衣服と荷物を全て一つの籠に纏めて部屋を出た。光太もそれに習って部屋を出る。光太は先程より多少は上機嫌だった。廊下を歩き、重苦しい鉄の扉へと近づいていく。恐らく、その扉の先が囚人を収容する場所になるのだろう。光太は背中を押されてその扉の中に入れられた。警察官は中に居た看守に光太を任せると鉄の扉を閉じた。

 その瞳が鮮やかな緑色の瞳から鬼灯の様な赤い瞳に変わっている事に誰一人として気が付かなかった。


「だから、僕は何も知らないんです! 記憶が無いって言っているのに……」

「そんな事言われてもなぁ。取り調べとかは他の奴に任せてるから……でも、拘置所が満杯だから刑務所にって言うのは初めての例だな。それだけ怪しいんだな君は」

「横暴です!」

 全く聞き入られない光太の主張。看守の太った男は面倒臭いと言いたげに光太の首根っこを掴み歩き出した。猫のように首を掴まれて大人しくなった光太はされるがままだ。そのまま連れて行かれ、囚人達が集まる憩いの場の様な場所へとやってきた。そこで放り出され、光太は尻を打ち付けて看守を睨みつける。だが、看守はそんな光太を見ることもなくさっさと踵を返して帰って行ってしまう。光太は深い溜息を吐いて尻をさすりながら立ち上がった。適当に誰もいないベンチを見つけると真ん中に腰を落とした。気怠げに同じ囚人服を着た者達を見る。誰かが話掛けてくるかとも思ったが、談笑に興じる囚人達は光太の存在に気がついた様子もない。光太は深い溜息を共に肩を落とした。

「趣味が悪いなぁ」

「おや、世界をまるごと塗り替えるのは趣味がいいのかい?」

「僕は記憶を弄っただけですよ。こんな手の込んだ変態みたいなことしてません」

「君の場合単位が世界だろう? オレから見たらよっぽど変態だと思うけどなぁ」

 ははは、と笑いながら一人の男が光太の隣に座った。長い足を組み、光太に視線を向けること無く発言している。光太は隣にやってきた背の高い西洋人に不信感を露わにして問いかけた。

「僕も顔が広くなったのか、それとも元から広かったんですかね。知らない人から当然のように声を掛けられるだなんて。とはいえ外国人に知り合いは居ないですけど。あ、名前だけは広く知られてる自信はあるからそっちですかね」

「確かに直接対面はしたことないな。でもオレもニホンには居たんだぜ? まぁでも君には関係のない話か。なぁ? ヤマタノオロチ様よう?」

 光太は男を睨め付けていた。敵意剥き出しの光太の背後から、もう一人男がやって来る。光太を挟みこむように男とは反対側に座った男の気配には何故か覚えがあった。

「……、」

「よう、久しぶりだな。小僧」

 親しげに手を上げた男の緑の瞳には特に見覚えがあった。光太は苦々し気に舌打ちし、深い深い溜息を吐く。

「久しぶりに知り合いに会えたんだぞ? 少しは喜べ」

「貴方の様な人を知り合いとは呼びません……」

「お前の事をちゃんと覚えている希少価値の高い人物だぞ。丁重に扱え」

「なんでそんな偉そうなんですか?」

 光太が文句を言うも緑色の瞳の男は気にした様子も無い。光太は何か言いたそうな表情で緑色の瞳の男を見る。

「それにしても、ハワイに来てるなんて奇遇だな」

「奇遇ですが、まさか拘置所じゃなくて刑務所送りにされるとは思ってませんでしたよ。どんだけ膨大に網張ってるんですか」

「得意ではないにしろ、なんだかんだで魔術には精通しててな。まぁとりあえず、だ」

 緑色の瞳をした男は光太の肩に腕を回してきた。ヘッドロックを掛けられた状態にされた光太は抵抗するために暴れようとするが、もう一人の男がニヤリと笑って光太に人差し指を向けてきた。

「何をす、」

「君にとっておきの提案がある。協力する気はないか?」

「提案って……」

 にしし、と笑う男。光太は一先ず話を聞いてやろうと無抵抗の意を示した。

「あぁ、君には是非とも。ここから脱獄して頂きたい」

 男の胡散臭い口調に溜息を吐き、何気なく熱心にカードゲームに興じる他の収容者達に目を向けた。視界に入った者の全員が緑色の瞳をしていることを確認し、光太は嫌そうにため息を吐いていた。

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