第27話刑務所
今、この場から逃げる方法はいくつあるだろうか。ここにいる全員を皆殺しにしてもいい。全員の記憶を書き換える呪いを発動させてもいい。が、現在塩の浄化作用で片手が思うように動かないので恐らくそこまで精密な呪術の行使は不可能だ。どれだけ大量の塩を投入したのか想像もしたくなかった。彼の異常な身体能力なら拘束から抜けて警察からの追走を撒けるかもしれない。だが、そうなると今後の行動に支障が出る。折角印象が弱くなるよう呪いを作用させているのだ。悪目立ちするのは避けたい。影が薄いということは相手にとって害を成さないと主張していることでもある。この力を逆に利用すれば光太は人畜無害の存在としか認識されないということだ。これを利用してうまく躱すのが最良の方法だろう。そもそも、皆殺しにしたとして返り血を浴びずに全員を殺せる自信は無い。元々血を好む節があるというのに。テンションを上げず、この島の全員を皆殺しにしない自信が無い。そんな大規模で面倒なこと今は避けるのが一番だろう。
両手を拘束され、パトカーで護送されながら光太はそんな事を考えていた。咄嗟に記憶喪失で何も分からないと言い訳してしまった。戸籍上九光太は死亡している。念入りに調べられれば拘束される時間はかなり長いことになるだろう。そうなれば日本を出た意味がなくなる。手の火傷が治り次第記憶を書き換えさせる方法が良いだろうか。それまで嘘を吐き続ければいい。それだけのことだ。そう割り切り、しばらくは拘束されることを彼の中で良しとした。
パトカーの窓から見える景色がくるくると変わり、気がつけば無骨な鉄筋の警察署と思しき場所に連れて来られていた。どんな取り調べをされるのだろうか。警察に助けられた事はあっても、警察の厄介になるのはこれが初めてだ。駐車場で車から降ろされるも、何か問題が発生したのか警察官達が話しているようだった。
「拘置所が満員でな。そこの坊主を引き取るのは難しそうだ」
「じゃぁどうするんだよ」
「刑務所なら空きがあるそうだ」
「分かった」
は? 光太は風に乗って聞こえてきた妙な会話に開いた口が塞がらなかった。待て、記憶喪失の不審者に人権は無いのか、そう声を出そうと光太が少しだけ前に出た。
「悪いな坊主。刑務所行きだ。可哀想だなぁ」
警察の男は光太を見て薄く微笑んだように見えた。最初に引き取るのは難しいと進言した男だった。その男の瞳が緑色に輝いているように見えて光太は肩を落としてゆっくりと頷いていた。
「………………」
肩を落とすまで盛大なため息を吐いて無言になった相方に、ゲルは不思議そうな表情だ。レギンレイヴは至極不機嫌な表情でゲルを見る。
「何無言になってんだよ」
「別に。すげームカついてるだけだが」
どう見ても腹が立っているとわかる程レギンレイヴはあからさまに不機嫌だった。その不機嫌の理由に思い当たり、ゲルは指を鳴らした。そのゲルの表情は至極楽しそうだ。
「オレの予言大当たりでムカついてんの?」
「そう」
「なんだ。それならちゃんと喜べよ。何しにここに来たと思ってんだよ」
「正直俺は何しにここに来たのかを聞かされてないけどな。渡すものがあるなら一人でやってくれねぇかな」
「そんな寂しいこと言うなよ。オレとお前の仲だろ?」
不毛な男達の会話。彼らの周りの者達は彼らに興味を示す様子も無くただ自分達の暇を潰すために取り留めのない会話や思考停止した様に同じゲームを繰り返している。レギンレイヴは不機嫌な様子で床に目を落とし、思考を巡らしていた。脳裏に焼き付いた、真っ赤な瞳を思い出した。恐らく人権が無いと訴えたかったと思しき瞳だった。正直心境的にはざまぁみろと言う心境だが、ゲルの予言が的中したのも面白く無い。
「お前、最近妙にこういうの言い当てるよな」
「? あぁ……人徳?」
「ちょっと何言ってるか分からん」
ゲルの冗談にやはり不機嫌に返答を返す。ゲルは苦笑して頬を掻いているだけだ。レギンレイヴはそんなゲルに興味を失くしたようにベンチから立ち上がり歩き出した。新しく刑務所に入ってくる者の顔でも拝もうと移動するだけだ。
ただ、何故かゲルが何か言いたそうにその背中を眺めていた事にレギンレイヴは気がつくことが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます