第26話祖母の知恵
光太は下水道を進んでいた。恐らくハワイの本島だと検討を付けた島である。ある程度大きいようだし、下水道関連も整備されている。そして何より幸運にも上空を飛行機が飛んでいた。ほぼ間違い無いであろう。人一人ようやく通れるような排水用の側溝の中だ。頭上は重苦しいコンクリートの蓋で閉じられ、所々から空いた穴から外界の様子を少しは確認できる。とはいえ、薄暗い側溝の中は異臭もあるし汚物もある。じめじめとした気持ち悪い場所だ。光太としては一刻も早く脱出したい所だが、周囲に人気を感じる為コンクリートの蓋を開けて今外に出る訳にもいかなかった。もう少し進んでみようと側溝の中を匍匐前進でじりじりと進んでいく。
「うげぇ気持ち悪い……妖怪とか言われてるけどこれでも清流の方が好きなんだよ。汚れた水とか勘弁して欲しいよね。ほんと川にタバコとか捨てる奴なんなの。今度見かけたら川突き落として溺死させてやろうそうしよう……物ポイ捨てするなら海にでも捨ててなよ。海とかどうでもいいからさ。そもそもあんなの僕達から流れてきた水が溜まっただけの水たまりじゃん。絶対上流である川の方が偉いって。母なる海とかふざけてんの? 川で生まれ育ったんだよこっちは。舐めないで欲しいなぁ。命を育むのが水ならどう考えても川だって。美しいのは川だし。海なんてただでかいだけだって。どこがいいのあんなの。そもそも塩混じってるのがおかしい。あんなの絶対おかしいよ。海との繋がり何度切りたかったことか」
ぶつぶつと愚痴りながら進行方向に落ちていた燃え尽きたタバコを地上に繋がる穴から地上に戻していく。ふと、外の話声が聞こえてきた。
「え? 雑草抜くんじゃないの?」
「雑草処理よ。おばあちゃんが言ってたの。水にね、大量の塩を投入すると雑草が死んでそこに雑草が生えなくなるんだって!」
「へぇーお前のばあちゃん物知りだな」
日本語だった。日本人の若い夫婦がハワイに移り住んだのだろうか。ハワイの家賃帯等々がどうなっているか等光太は全く知らないが随分と金持ちな若い夫婦も居るものだという感想を抱いた。とはいえ、そのおばあちゃんの知恵袋のような知識には少々異を唱えたい。そんな大量の塩なんて撒いたら周辺に居る小さな妖怪、死ぬんじゃないだろうか。他の妖怪等正直どうでもいいのだ。が、以前最も猛威を振るっていた時代は彼を慕う妖怪達も確かに存在していた。彼らの事は少しだけ覚えているのだ。そもそも、妖怪と言っても害を成すものだけではないと異を唱えたい。ヤマタノオロチといえば害を成す代表格にされそうではあるのは脇に置いておこう。そういえば以前自分で築いた妖怪の城とかはどうなったのだろう。忌々しい奴に打倒されてから彼はずっと眠っていた。現代において妖怪の話を一切聞かない辺り奴が城ごと破壊したと見て間違いは無さそうだ。
そんな下らない事を考えていたら光太の進みは止まっていた。
それが、仇となった。
彼が今居るのは排水溝なのだ。当然、排水がやって来る場所だ。当然、件のおばあちゃんが考えたと思しき塩水も一緒に流れてくる。側溝の壁をたらり、と透明な液体が這っているのが見えた。光太の目が見開かれる。狭い側溝の中では思うように体も動かない。そして、水が落ちる場所に丁度あった光太の手がその水に触れた瞬間、
音と煙を立てて、焼けた。
「うわああああああああああああああ!!!!!」
痛みと久しぶりに感じる浄化の感覚に動揺し、思わず蓋を押しのけて立ち上がってしまった。世界を書き換えたあの日から、光太の身体能力は飛躍的向上を遂げている。いや、向上したのではなく元に戻ったというのが正しいのかもしれない。元々巨大な体を持て余しているような大蛇だ。出力を変えずに姿形を変えているだけなので腕力等々は人間のそれを遥かに凌駕している。その腕力があれば重苦しいコンクリートの側溝の蓋等簡単に吹っ飛ぶ。それを完全に失念していた。光太が立ち上がった瞬間、周囲に居た数名の通りすがり、そして先ほど生ぬるい会話を交わしていた若い夫婦が呆然と光太を見ている。水を打った様に静まり返った周囲に、光太はサーッと血の気が引くのを感じていた。
「あ、もしもし。警察ですか? 排水溝から不審な男が奇声を発しながら出てきたんです。至急来てもらえますか?」
おばあちゃんの知恵を披露していたと思しき若妻が警察に電話しているようだった。光太は両手で顔を覆い、背後にあった側溝の蓋に思わず腰を掛けていた。
「おばあちゃんの馬鹿……」
そう言えば、光太の祖母も碌な事をしなかった。親が忙しいということで祖母に預けられた日には髪の毛が伸びていると言われて勝手に祖母のセンスに任せて髪を切られた事がある。その後学校に登校した際クラスで大爆笑されて涙目になった事を何故か思い出した。
数分後、急遽駆けつけた地元警察に身柄を拘束されるという史上稀に見る大妖怪の大失態が執り行われた。
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