第16話呵責

「……なーに、ふくれっ面してんだよ」

「してない」

「でも不機嫌だろ」

 からかうような軽い口調に、エルルーンはゆっくりと息を吐き出した。この男に心境を打ち明けても軽く流されるだけだろう。そんな事を思った。

 背の高い白人男性だった。陽気に笑うその表情には愛嬌がある。何故かその姿は枯れ葉色の着物に身を包んでいたが、どうしようも無く彼には似合っていた。

「全く、研究所に居ない時は焦ったぞ」

「私だって脱走の一つ位はするもの。舐めないでほしいわ」

 ぷい、とそっぽを向いた。着物の男ははははと陽気に笑っている。手に持っていた扇子で楽しそうにエルルーンの頭を叩き始めた。

「ははは。心配無かったみたいだな。その調子じゃ」

「痛い。痛いってば。ゲル!」

 もう、と本格的に頬を膨らませたエルルーンに変わらず笑いかけるゲルと呼ばれた男性。エルルーンは男性、ゲルを見上げ露骨に不機嫌であることを主張する。

「そんな怒るなって。これでも苦労してお前を探したんだぞ?」

「レギンを囮に使ったくせに」

「あれは適材適所、役割分担って奴だ。あいつが囮になって撹乱してくれたおかげでオレまでここに来てるだなんて警察の誰にも悟られなかったんだからな。まぁ、最大の囮はオレだからいいじゃねぇか」

「むう……」

「まぁまぁそんな怒るなって。レギンならうまくやんだろ」

 いつの間にか持っていた扇子を懐に仕舞、ぐにぐにとエルルーンの頬をこねくり回すゲル。無表情のエルルーンはされるがままだがやはり不機嫌なオーラは出している。それに気が付いたのかゲルは仕方ないなぁと言いながら手を離した。

「それとも、そんなに蛇が気に入ったのか?」

「なっ」

「そういうことだろ。レギン囮にするなんていつものこと。こんなことでそこまで怒るお前じゃない」

 にしし、と笑うゲル。エルルーンは目に見えて狼狽した様子だった。そんなエルルーンの様子に、ゲルは意外過ぎたのかポカンと呆けた様子だ。

「……えっ本気?」

 わざわざ扇子で指してくるゲルに、エルルーンは顔を赤くして首を横に振っていた。

「うるさい本気じゃないゲルの馬鹿!」

「いやいや、エルルーンさん。レギンさんから聞いた話じゃ顔なんか他人のものだし伝説聞く限り下衆って話よ?」

「だからうるさいってば」

 そっぽを向くエルルーンに、本気で心配した様子のゲル。まるで思春期の娘を持った父親の様に対応に困ったような表情をしていた。

「でも、」

「?」

 エルルーンは唐突に口を開く。ゲルはキョトンとした表情でエルルーンを見た。ゲルには視線を戻さず、エルルーンは呟くように小さな声で嘆いているようだった。

「でも、私が警察に捕まってあんな場所に行かなければ」

「エルルーン?」

「彼は、蛇にならずにすんだのかもしれないのよね」

 肩を落とすエルルーンに、ゲルはどう言葉を返していいか悩むように扇子を顎に宛てた。エルルーンはそんなゲルに構わず続けている。

「彼の幸せを『殺した』のは、私なのね」

 その言葉に、ゲルは本当に困ったように首に手を当てていた。その眉間にはくっきりと皺が刻まれている。しばらくの沈黙の後、ようやくゲルは言葉を吐き出した。

「……速度上げるぞ。エルルーン、座ってろ」

 ゲルがようやく吐き出したのは忠告だった。

 二人が居るのは雲の上だった。二人は安定感のある床の上に立っているような自然さでそこに居るが、それは明らかに雲だった。二人を含めた雲の周りには透明な球体の膜が張られ、暴風等から二人を完全に守っている。時々ゲルが持っていた扇子を開く度に雲が微妙に進路を変更しているようだった。

 忠告通り、雲の上に座り込むエルルーンに一瞥を送ることも無くゲルは深くため息を吐いた。

「『殺した』……ねぇ」

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