第15話化物退治

「ストーカーですか?」

 街には夜の闇が舞い降りてきた時間。駅前のオフィス街。街を一望出来るようなビルが立ち並ぶビルの屋上に、彼は居た。注意深く探してみれば何のことは無い。屋上のフェンスから階下を見下ろして突っ立っている九光太は下から見上げても目撃出来た。レギンレイヴは偶然見かけたような足の軽さでそのビルを昇って行った。辿り着いた瞬間に言われたのは前述の言葉だった。

 やってくるのは既に予感していたのだろう。光太はつまらなさそうに階下を見下ろし、レギンレイヴに目を向ける事も無い。レギンレイヴは改めて、光太に声を掛けた。

「街の全員がお前の事を忘れているそうだな」

「エルルーンさんから聞いたんですか?」

 至極どうでもいいと言った様子の光太。光太は面倒くさそうな表情でレギンレイヴに視線を寄越し、フェンスを背にして改めて向き直ってきた。光太の顔には無表情が張り付き腕組をしてレギンレイヴを見ている。

「それとも、僕の話を聞きに?」

「そうだな。聞いてみたい。なんであの子を殺した」

 レギンレイヴにとって今一番気になっている事なのだろう。どうして、彼女が死ぬ羽目になったのか理由が分からなかった。恐らく、彼が”何か”を踏み貫いてしまったと言う事は想像できる。理由だけでも、レギンレイヴは知っておきたかった。

「……別に。最初からそのつもりでした。遅いか早いかの差だったんですよ」

全ては既に決定事項だった。そう言いたげな光太に、レギンレイヴは表情を曇らせた。光太は無表情から一転、人好きのする笑みを浮かべた。

「だから、貴方が何かを思う必要も無いし。思ってもらうのも癪です」

 光太のその言葉に、何か言いたげにレギンレイヴは口を開くがすぐに閉じた。光太の次の言葉を待とうと静かに光太を見る。光太はレギンレイヴのそんな反応に苦笑したようだった。

「で、貴方はどうしたいんですか? 雛の復讐がしたいんですか?」

「分からん。だが、あの子が死んだ理由だけは聞いておきたかった」

「あぁ、なるほど。それなら回答は簡単です。クシナダ姫だからですよ。僕の悲願を達成させてくれなかった最後の女です」

 つまらなさそうにそう言い放った光太はまたレギンレイヴに背を向けてしまった。その背中が何故か悲しい事が起こった後のように見えて、レギンレイヴは肩を落とした。分からない。この青年は何に哀愁を抱いているのか。もしかしたら、考え方はたった19歳の青年なのかもしれない。そんな事が頭をよぎった。そうでなければ、こんな悲しそうな背中をするだろうか。

「そういえば……どうして、僕が人間ではないと?」

「……あの場所は。一般人を避けるための結界が張ってあった。お嬢ちゃんのために『結界の存在を知っていれば入れる』ようにはしてあったけどな。だが、どう考えてもお前だけはイレギュラーだった。まず、お前のその顔だ。オリジナルじゃないな」

「………………」

「そんな、芸術品みたいな模造品。隠さなきゃバレる。最初から自分の存在をお前は『異常』だと主張していたんだ」

 光太は笑った。光太は自分の頬に触れてみた。思い出すだけでも腹立たしい。

 光太は自分にも呪いを掛けている。普通の人間には印象に残らない。そういう呪いだ。それ故に、光太の顔は一般人には印象の薄い、普通の顔としか認知されない。だが、その顔はまさしく芸術品だった。神を象った芸術品と言われても頷く者が現れるだろう。それほどまでに、美しい男性の顔をしていた。だが、光太自身はその顔を忌々しいとも思っている。

「ええ、僕はこの顔の本人じゃない」

「……人間でも無さそうだな」

「ええ。何せ、僕を最初に殺した張本人の顔ですから」

「! じ、じゃぁその顔……!」

「僕はこの顔を持つ男を探している。勿論、何のためかなんて言葉にする必要も無いでしょう?」

 光太はそう言い放った。レギンレイヴは眉を潜めていた。肩を落とし、絞りだすように問いただす。

「じゃぁ、復讐の相手はそいつだけだろう。もう人を殺す必要なんてないだろ」

「何言ってるんですか」

 光太が鼻で笑ったようだった。レギンレイヴは怪訝な表情で光太を見る。光太がゆっくりとレギンレイヴに振り返った。

「”悲願”と言ったでしょう。始まったばかりですよ」

 光太の口元が三日月を描いたのが見えた。ゆっくりと数歩歩きだした光太に、レギンレイヴは緊張に身構えざるを得なかった。




「全く。あのイリスとか言う女……ゲンソウとか意味の分からんことを抜かしおって。要するに、犯罪者が我が国に入ってきたのだろう。それなら我が国で対処するほか無いであろう」

 中山は忌々しげにそう吐き捨てた。場所はビルの屋上である。傍らには伏せた状態で部下であるスナイパーがライフルを構えている。だが、スナイパーの男は不安げに中山を見上げていた。

「あの……よろしいんで? 一般人居ますけど」

「構わんやれ」

 イライラしたようにそう言う中山。首には包帯が巻いてある。先日、会議室でイリスの剣で脅された時に残された傷だ。忌々しげに包帯を撫で、中山は指示を飛ばす。

「でも、何か話している様です。やはり止めましょうよ。その幻想とか言う物を研究していた機関が先日謎の竜巻に襲われたと聞きました。山の中腹にひっそりと建てられた極秘の研究施設ですよ? 山中で突然竜巻に襲われるだなんて聞いたことが……」

「ごたごた抜かすな。構うなと言っておろう。手足でも打ち抜けば大人しくなる。早くしろ」

 早急な中山の言葉に、スナイパーの男は渋い表情だ。目標である黒髪の男性は動いている。当てるのも至難の業だ。それに、手前に居る一般人の青年も気になる。

 そんな男にイライラしたのか、中山は男から銃を奪い取った。

「貸せ! 私がやる!」 

 奪いとった銃を構え、中山は容赦なく発泡した。

 それは迷う様子等まるで無かった。、その弾丸は手前に居た一般人の青年の頭蓋を貫いていた。




「おい……小僧!!」

 頭を撃ちぬかれた青年の名を呼ぼうにも、レギンレイヴは青年の名を知らないことに気がついた。駆け寄ろうと足を踏み出した途端、強烈な風に阻まれてレギンレイヴは動くことが出来なかった。風の色は真っ黒だった。まるで禍々しいその色にレギンレイヴは舌打ちする。

 これでは、あの時と同じだ。

 嫌な予感が背中を走る。レギンレイヴは腰のホルスターから愛銃を抜き放つ。

「レギンレイヴ!」

 名前を呼ばれ、背後を振り返れば厄介な事に例の警察の男が立っていた。イライラしたように男から視線を外し、叫び返した。

「今取り込み中だ! 後にしろ」

「そういう訳にもいかない。上司からの命令でな。今は戦線を共有させてもらう」

「は!? あの鉄面皮が? 冗談だろ」

 苦笑するレギンレイヴに、警察の男は鼻を鳴らすだけだ。その手には柄頭に水晶の埋め込まれた黄金の柄の剣だった。その剣を見ただけでは、レギンレイヴにその剣が本来誰の物なのか判別は付かない。探るようなレギンレイヴに気が付いたのだろう、警察の男はレギンレイヴを睨みつける。

「とはいえ、このまま戦ってもこんな化け物簡単に倒せるとは思えない」

「何か策でもあんのか?」

「勿論。ヤマタノオロチに関してはこっちも調べててな」

 ふふん、と少し得意気な男に、レギンレイヴは一瞬言葉を失った。この状況で悠長にそんな事を話すその余裕は一体どこから来るのか。

『御託を並べてる暇は無いわ。来るわよ』

 拡声器でも使っているのだろう。いつものような氷の声が響いた。その瞬間、二人は殺気を感じて回避行動に移る。黒いヘドロのようなものが屋上の床にこびり付いていた。

 巨大な蛇が、姿を表していた。

 黒い体には所々赤い文様が走り、その目は鬼灯の様に真っ赤だった。そして、その蛇の頭は六つある。以前レギンレイヴが出会った時より一つ頭が減っているようだった。見上げた所で視界に収まりきらないほどの巨大な大蛇。それの頭が六つもあるのだ。これこそ一般の目に晒される訳にもいかないのだろう。いつの間にか周囲には結界が張られていた。とはいえ、蛇の重みでビルが倒壊するのも時間の問題である。急いでケリを付けなければ被害は彼らだけでは済まない。

「ヤマタノオロチ伝説は聞いたか? レギンレイヴ」

 蛇が吐き出す泥から逃げ、持っていた剣で切り捨てたり防御したりしながら男はレギンレイヴに問うた。

「あぁ、神社の神主から聞いた」

「奴は何に弱いって言ってた?」

「酒に弱いって……でも、こんな図体だぞ!? そんな大量に今すぐ用意するなんて無理だろ!」

 男の言葉に、レギンレイヴは叫び返すが男の目にはまだ余裕の色があった。それほどまでに、上司であるあの氷の女を信用しているということだろうか。ふと、レギンレイヴは蛇の向こう側、向かい合ったビルの屋上に居た金髪の女を視界に入れた。恐らく、自分を撃ち抜こうとして誤って青年を射殺した男だろう。頭をイリスのヒールでグリグリと踏みつけられているのが見えた。相変わらずの氷の表情で男に制裁を加えている。そちらの気がある者にはたまらないと聞いた覚えがあるが、生憎とそれを理解する感性をレギンレイヴは持ち合わせていない。ただ、レギンレイヴの相棒は違うようなのだが。

『アラン。奴はどれほど硬いのかしら』

「はぁ!? さっさと酒飲ませて泥酔させりゃこっちの勝ちだろ! わざわざ確認しろってか」

『文句言わない。私達の剣でどこまで抵抗出来るのか見なさい。貴方の剣で無理となると私でも難しいわ』

「酒飲ませてからでも遅く無いって!」

『貴方それでもローランの英雄? 四の五の言わない』

「あんたはそれでも俺の盟友かよ……!!」

 巨大な蛇は猛攻を続けている。その口から放たれるどす黒い泥のような何かは床を徐々に溶かし始めている。結界で隠し続けるのは難しくなってきていた。アランと呼ばれた男が剣を構え直し、一つの蛇の頭に狙いを定める。その頭がアランに向いた瞬間、アランはコンクリートの床を蹴り大きく跳躍した。レギンレイヴは泥を避けながらアランを見る。何かを探るように。

 蛇の頭と目線が同じになるまで跳び上がったアランは蛇としっかり目が合っていた。鬼灯色の瞳に一瞬だけ怯む。こんな大きな相手は初めてなのだろう。だが、アランはしっかりと剣の柄を握り中空で大上段から剣を振り下ろした。鈍い音ともに蛇の頭が悲鳴を上げた。だが蛇の頭は切り裂かれる事もなく、少しだけ形を歪ませただけだった。剣が切りつけられた箇所が少しだけ焼けているのを見て、レギンレイヴは一つの確信を得る。

「妖怪が焼けるってことは……聖剣の類か。イリスと出典は同じかね……さっきも盟友とか言ってたし。そうなると、ローランの歌か」

 自分の周りにだけ強固な結界を張り、レギンレイヴは情報を分析する。球体に張った結界に泥が直撃する。強固に張ったつもりだったが、レギンレイヴ自身そんなに結界を張ると言った魔術師的作業が苦手である。いかに彼の原典が得意でも彼自身が不得意では意味が無い。結界に直撃した泥が煙を立ててゆっくりとレギンレイヴの結界を溶かそうとしているのを見て苦い表情を浮かべていた。溶かし尽くそうとしているのか、レギンレイヴに泥が何度も直撃している。

「おいおい……嘘だろ」

 とうとうレギンレイヴの頬が引き攣った。結界を一点集中で溶かし続けていた泥がとうとう、一滴だけだが結界内に入り込んできた。レギンレイヴは諦めたようにため息を吐き、結界を張ったまま仕方なく移動を始めた。既に結界の内側にももう一つ結界を張っている為、先ほど泥の侵入を許した穴は塞がれている。レギンレイヴは結界を張ったまま走りだし、最初に張っていた結界を弾け飛ばすと共に泥も飛んでいった。レギンレイヴは結界は意味を成さないと判断して早々に結界を解除して回避行動に専念した。

 ふと、妙な悲鳴が聞こえて声がした方向に振り返った。恐らく、切りつけていた蛇の頭なのだろう。アランが食われる寸前に追い込まれている。かろうじて自身の剣をつっかえ棒にして口が閉じることを阻止しているが、あれでは時間の問題だろう。

「頼む……持ってくれよ……!!」

 アランの頼みの声が聞こえてくる。レギンレイヴは一応助け舟のつもりで拳銃で蛇の首を撃ち抜いた。見事に貫通し、大穴が開くもみるみる内に黒い泥によって修復されていく。それを見てレギンレイヴは顔を青ざめさせた。

「修復機能? 待てよ……そんなの、前はそんなの無かったじゃないか……!!」

「え、おい! ちょっと待ってくれよ!」

 アランの悲痛な声が聞こえてきた。ハッと我に帰れば大穴を開けたはずの蛇の首がごくんと動いた。まずい、とレギンレイヴは直感し持っていた二丁拳銃を魔法の様に消すとその手には瞬時に違う物が握られていた。それは、銀色に刃が輝く十字剣。

 蛇の首からせり上がってくる黒い泥に、アランの顔が青ざめる。これでは直撃は免れない。どうにかして逃れようともがくが、悲しいことにアランの剣は蛇の口から外れない。レギンレイヴはその十字剣をやり投げの要領で思い切り投げつけた。細い十字剣が蛇の巨大な首周りに触れた瞬間、蛇の首が切断される。レギンレイヴは切断される瞬間を見ることも無く早々にその場から逃げ出した。他の首が狙いをすまして来ている事には気が付いている。巨大な蛇の口が先ほどまでレギンレイヴが居た場所を大きくコンクリート事抉り取っているのが見えた。

「おい、無事か!」

「あぁ、危なかった。助かった」

 なんとか泥を被らずに済んだアランが剣を杖にして立ち上がる。床に落とされた際腰を打ち付けた様子だった。

「おい、あれに勝つ方法知ってんだろ。さっさと終わらせよう。ビルが倒壊するぞ」

「分かってるって……おいイリス!」

 アランが叫べば、先ほどの無能な男たちを守りながら二本の首から逃げ続けているイリスが目に入った。道理であまりにこちらにも攻撃が来ていないわけだ。とはいえ、離れたあのビルにも攻撃の手が広がっている。非常にまずい状況だった。他に襲ってこなかった首はてあたりしだいに見えるものに体当りしたり噛み付いたりしている。

「分かっているわ、アラン!」

 追ってくる蛇の首に対し、イリスはフェンス際に追い込まれながら悠然と自らの剣を片手で構えた。その顔には余裕すら見て取れるようだった。

 もう片方の手で持っていた拡声器を口元に当て、氷の女は言った。

『さぁ、伝説をもう一度紡ぎましょう』

 それが、合図だった。

「N(ニイド)!」

 アランの魔力を込めた言霊が響き渡った。次の瞬間、レギンレイヴの背後に何かが出現する気配がする。

「!?」

「ぼさっとしてんな!」

 アランに肩を叩かれ、レギンレイヴが振り向くとそこには大きなダンボール箱が一つ出現していた。アランは慌てて近寄ると早々にダンボール箱を広げて中に入っていたものの一つをレギンレイヴに差し出した。

「さっきのルーン魔術……お前ローランの歌なのにそんな魔術使えるのかよ」

「今はそんな事どうでもいい。これを奴に飲ませることを考えろ!」

 差し出されたのは、脅威のアルコール度で知られるスピリタスだ。それが何十本とダンボール箱に箱詰めされている。レギンレイヴは頬を引き攣らせた。

「お、おいまさかこれでやろうってんじゃ……」

「当然だ。奴の口に合うといいんだけどな」

 そんな事を言うアランは真顔だ。肩を落とすレギンレイヴに、アランは気にした様子もない。そして、アランは迷うこと無くその酒瓶を振りかぶり、蛇へと投げつけた。酒の匂いにつられ、酒瓶を口で受け止めそのまま飲み込んでいく大蛇。他の蛇の首も一斉にレギンレイヴとアランの方に目線を向けてきた。

「……おい、すげー見てるぞこっち」

「さぁ大盤振る舞いだ! 飲め飲め!」

 頬を引き攣らせているが、覚悟を決めたようにアランが続々と酒瓶を手に取り投げつけ始める。レギンレイヴもそれにならい、蛇に向けて酒瓶を投げた。酒はやはり好きなのか、ふらふらとしながらも蛇の首達は我先にと酒瓶を求めている。次々と投げ続け、半分程失くなった位で全ての首がレギンレイヴとアランをその鬼灯色の瞳で熱っぽく見つめている事に気がついた。

「流石にスピリタスでも量詰まないといけないんだな」

「内側から発火とかしたら火事って騒ぎじゃねーだろうなこれ」

 ウイスキー等を飲んだ際に発火する事象は人間でも確認されている。これほど大量のスピリタスを抱えているのだ。何らかの拍子に発火してもおかしくない。勿論、蛇の体内で突然の発火ということも想定されるだろう。 こんな巨大なものが突然発火し始めたらどうなるのか。想像もしたくない。それでもレギンレイヴとアランは投げ続けた。

 酒瓶がそろそろ底を着くと言う頃、蛇の首が一つ力が抜けたように倒れ伏した。そして、それに続くように他の首も倒れていく。レギンレイヴが倒れないよう持ちこたえていた最後の蛇の首に酒瓶を投げつけるとそれを飲み込んで最後の一本も崩れ落ちていく。

 それを見届け、レギンレイヴは大きく息を吐き出した。アランも両膝に手を付き肩で息をしている。隣のビルから飛び移ってきたイリスが倒れた蛇を飛び越えて二人の元へとやってきた。

「よくやったわね、貴方達」

「あんた、ここどうするつもりなんだ?」

「本体が消えると泥も消える仕様なのね。とはいえ溶けたコンクリートまでは修復してくれないようだから。今から当局に電話して事態を捻り潰してもらうわ」

「金が勢い良く飛んでいきそうだな」

 他人ごとのような口調のイリスに、げんなりとした様子のレギンレイヴ。イリスは涼しい顔でレギンレイヴに目を向けた。

「相変わらず、衰えては居ないようね」

「おかげさまで」

「フラガラックを真名も唱えずに投げてあの威力なのね。敵ながら天晴、とはここで使う言葉かしら」

「好きにしろ」

 そう返答し、隣からにじり寄ってくるアランの手を素早く躱すとレギンレイヴは蛇に背を向けた状態でイリス達を見る。

「生憎と、ここで捕まる気は毛頭無い」

「私達は貴方を捕まえに来たのよ」

「さっきまで共闘してただろ。仲間意識は無いのか」

「貴方が居なくてもあの程度アラン一人でなんとかなったわ」

「どこをどう見たらそう判断が下せるんだよ」

 大きく肩を落とすレギンレイヴ。イリスは氷の鉄面皮に少しだけ笑みを浮かべたようだった。

「まぁそうね。今のは冗談にしてあげるわ。貴方が居なければアランは死んでいたもの。感謝はするわ」

 その言葉に、不服そうなのはアランの方だ。レギンレイヴは疲れたように溜息を吐き改めてイリスを見る。

「あの程度で恩義を売って、逮捕の手を緩めてくれるとは思ってない」

「あらそう」

「だからこそ、交換条件だ」

「……条件?」

 レギンレイヴの言葉に、腕組をして聞く体勢を取るイリス。その瞬間、アランが驚いた表情をしていることに気付き肩越しに背後を見る。巨大な蛇の体が一つになっていき、一人の青年へと姿を変えていた。それを確認し、レギンレイヴは改めてイリスを見る。

「あぁ、条件だ。条件を飲んだら、今この時だけでいい。俺と……後ろに倒れてるあいつ。開放してくれ」

「なっ!!」

「………………」

 真っ先に反応を示したのはアランだった。イリスは少しだけ頬が動いたように見えただけだ。レギンレイヴは微笑を浮かべてイリスを見る。そんなイリスも少しだけ、本当に少しだけ、笑った。

「それに見合う条件なら、考えてあげてもいいわ」

 レギンレイヴは心の中でのみガッツポーズをする。

 いつの間にか、レギンレイヴの背後に居た青年の姿がどこにも無いことに、誰も気が付いていなかった。

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