第8話真実の目
リノアとイリスは二人で並んで商店街を歩いていた。特別観光地として栄えている訳でもない町だ。外国人が珍しいのかやたらと周囲の視線がリノアに突き刺さる。昨日もそうだったが今日は特にそれがひどかった。連れの女性、イリスの存在が原因である。イリスはモデルかと見紛う程の美貌とスレンダーな体型を誇る。視線が集中するのは仕方のない事だろう。それでも声など掛けられないのは二人がスーツだからなのか、それともこの世のものとは思えない絶世さだからか。リノアには分からない。実際この女がナンパされている場面は何度か出くわした。全てにおいて彼女の氷の視線により撃退されるという場面で終わることしか見たことが無い。
「リノア。さっきから何を考えているの?」
「イリスは美人だなと」
「貴方同性愛の嗜好でもあったの?」
「単純にイリスの美貌に対する羨望と嫉妬だよ。放っておいてくれ」
はぁ、と深いため息を吐いてリノアはそう対応した。イリスはリノアの考えなどお構いなしだ。ずんずんと突き進んでいる。リノアはそんな彼女にひょこひょこ着いていく事しかできなかった。
「あれ? リノアさん」
声を掛けられ、リノアは振り向いた。丁度昨日出会った青年が朗らかに手を振っている。リノアの足が止まると、イリスも自然に足を止めていた。じろり、とイリスが睨むように青年を見ている事に気がついてリノアはイリスの視界から青年を守るようにそれを遮った。
「コータじゃないか。どうしたんだ」
「いえ、偶然見かけたので。今日は昨日のお兄さんじゃないんですね」
「あぁ、アランは今別行動中なんだ」
簡潔に言ったリノアに、青年九光太はへーと腑抜けた様な声を出す。
「今日は美人さんなんですね」
「あぁ、見た目は美人なんだが性格が大いに難のある奴だ」
「リノア。その言葉は少し聞き捨てならないのだけれど」
イリスが文句を言っている。リノアが小さく振り返って苦笑するだけだった。イリスがちろり、と光太に視線を向ける。
「初めまして。九光太と言います」
「……初めまして。イリス・フェルナンデスよ。彼女の直属の上司なの」
素直に自己紹介をするイリスに、リノアは不思議そうな表情を浮かべている。光太は朗らかに笑いながら手を差し出すもイリスは無視して背を向けていた。
「?」
「すまないなコータ……気難しい奴なんだ。気にしないでやってくれ」
リノアがそうフォローを入れる。光太は苦笑して伸ばした手を引っ込めた。
「それじゃぁ、僕はこれで。ちょっと、買い物に行かないといけないので」
「そうか。また変なことに巻き込まれないよう気をつけろよ」
「あはは……ありがとうございます。気をつけます」
苦笑して光太は軽くお辞儀をするとリノアに背を向けて去っていった。リノアはその背中を見送り、イリスに向き直った。
「全く。握手位いいじゃないか。何でお前はそう人と仲良くしないんだよ」
イリスに文句を言うリノア。対するイリスはリノアを無視して去っていった光太の背中に鋭い視線を向けていた。
「彼……」
「何だ? さっきのコータか?」
「そう。イチジクだかなんだか知らないけれど。彼……」
イリスの鋼の様な無表情が少しだけ揺らめいた。
「結構なイケメンだったわね」
「はぁ?」
驚いた。イリスの好みのタイプだったらしい。リノアはそんなイリスに安心すると同時に驚きを隠せない。
「いきなり何を言い出すかと思えば。お前のタイプだったのか。だったら握手位しておけば、」
「あら。モデルに居てもおかしくない位の美丈夫だったように見えたけれど、貴方は何とも思わないのね」
「何が?」
「……だから、さっきの彼よ。美術彫刻の様に美しい男性だったじゃない」
「……一目惚れでもしたのか? イリス」
「だから違うわ……? リノア。彼を見て貴方は何も思わなかったの?」
「だから、何をだ」
キョトンと首を傾げるリノアに、イリスは形の良い眉を寄せていた。反応の悪いリノアに、イリスは何か思い当たったのか顎に指を当てていた。そして軽く周囲を見渡して納得したように頷いていた。
「……なるほど。そういうことなら納得できるわね」
「何がだ?」
「いいえ。何でもないわ」
それだけ言うとイリスはリノアに背を向けてまた歩き出す。リノアは不思議そうな表情で彼女の背を見つめ続けていたが、思い出したように慌ててイリスの背中を追いかけ始める。
「すごいわね……まさかこんなところで本物の”人外”に会えるだなんて」
小さくそう呟いたイリスの声はリノアに届かなかった。
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