第9話再会
「はぁ……無職に買い物を頼むなよ……」
光太は街に出かけていた。
早朝、エルルーンは雨が止んで早々に家を出ようとしたがいかんせん服がまともに乾いていなかったのだ。両親に悟られるのを避けるために干していなかったのがいけなかったらしい。その為、光太は買い物に出かけていた。エルルーンの服を見繕う為だ。雛は生憎と学校というものがある。半ば強制的ではあるが一晩泊めた人物が濡れた服を着て風邪を引かれては後味が悪いという事から光太と雛が話し合ってこの買い物は決められた。
「普通こういうのって女が行くものだと思うけどなぁ」
愚痴をこぼしつつも、行く人間が居ないのだから仕方がない。深いため息を吐き、どんな服が良いのかも分からなかったため適当にピンク色のジャージを手に取っていた。昔から馴染みのある商店街で買い物をしているため、服屋の女将とも顔見知りだ。
「おばさんこれ頂戴」
「あら、雛ちゃんに送るには随分なチョイスね」
「雛のじゃないから」
「浮気はだめよー光ちゃんったら」
浮気とはどういう意味だ。と不服そうな表情だが女将の世間話をスルーする。
光太は服屋から出ると家への帰り道を辿った。手には女性物のジャージ。どういう状況だよと光太は自分に突っ込みを入れたくなったがため息を一つ吐いて自分の運が悪いんだと諦める。昔から何かと神様に見放されたかの如く運は悪い。
神社を要する境内へと続く階段の前に差し掛かった。そこで、光太は硬直する。喉が乾いたようにゴクリと鳴った。知らず、光太はゆっくりと足を後ろへとずらしていく。
「……ここで、何を――――」
「ようやく帰ったか」
その男性は、深いため息と共に光太を見る。緑色の瞳には見覚えがあった。
「よぉ。昨日ぶり」
「出来ることなら一生会いたくなかったです」
緑色の瞳の外国人、昨日出会った件の指名手配犯はそう断言した光太に苦笑を浮かべながら右手を挙げて挨拶していた。
「こんな所で一体何をしているんですか? ここは貴方の家ではなくて僕の家なんですけど」
「さっきようやく帰ったかって言ったろ。お前を待ってたんだ」
「ストーカーですか?」
「さあな。ただ知りたいことがあるんでな」
訳が分からないと言ったように光太が首を横に振った。緑色の瞳の指名手配犯は腕組みをして光太を見る。周囲になぜ人が居ないのか。大声を出したら助けてもらえるんだろうか。
「あぁ、人に助けて貰おうってのはやめとけ。ここら辺りに結界を張らせて貰った。あの警察どもじゃないと入れないよ」
「だから……なんなんですか! 結界とか、人の事人間じゃないとか! 僕が一体何をしたって言うんですか!」
「何もしてないさ。でも、人間じゃないだろ?」
「なっ……!」
その言葉に光太は奥歯を噛みしめた。違うと反論しようとした喉がひきつっていた。犯罪者の男は無表情で光太を見ている。光太が異常だとと分かりきっていると言わんばかりだった。光太はそんな彼に反論がしたいのに喉からは何も出てこない。
「普通、こんな事言われたら反論してくるもんだと思うんだが、お前は図星みたいだな」
「ちが、」
「違うならなぜ殺した」
「!」
光太の目が見開いた。
殺した? 殺した!?
「何、言って……」
「なぜお前は殺したのかと聞いているんだ」
「僕は……何も、」
「何もしていない、とでも言うのか。何で殺したんだ。7人も」
「何……何言ってるんですか! 僕は、僕は誰も……」
光太の脳裏に浮かび上がる、人の首が弧を描く光景。幼い頃見た、あの光景。
忘れたはずなのに、どうして。
「あれは……違う。僕じゃな……そ、それに7人って何ですか! そんなの数が合わな、!」
「合わないのは、数だけなんだな?」
背筋にいやな汗が流れた。氷のような緑色の瞳が光太を見ている。その瞳に恐怖した。その瞳が、とても嫌だった。
「お前はいずれ、7人どころじゃなく人を殺す。だからその前に、返して貰うぞ」
指名手配犯は拳銃を抜いた。光太はそれを見つめることしか出来ない。
「あれは俺の宝だ。お前への生け贄じゃない」
「!」
光太の頬が引き攣った。指名手配の男は既に拳銃の銃口を光太に向けている。光太には抵抗する術等無い。絶対絶命だった。妙なことを聞かれて心も動揺している。光太は一歩も動けずに居た。逃げなくてはならないと心は騒いでいるのに体は動いてくれない。
落ち着け。そう自分に言い聞かせる。自分は普通の人間だ。普通であることこそ自分の専売特許だとすら思っている。光太は火に水を掛けて鎮火させるように心を静めるよう努めた。そして、唇を開く。
「どうしてそんなことを言うんですか。僕はどこからどう見ても一般人じゃないですか」
拳銃はどうしようもなくこちらに向いている。完全に落ち着きを取り戻す前に光太は目の前の男にそういい放った。やはり少し焦っているのかもしれない。だが、この状況を打破する術が光太には話し合い以外に残されていないのだ。
「一般人はあんな事言われてあんなに動揺はしないだろ」
「横暴ですね。心が弱い人だって居るんですよ。あんな事言われたら動揺するに決まってます」
「非が無いと分かっているなら動揺する必要無いだろ」
「僕は貴方と違って心の強い人間ではないのでやってなくても動揺するんです」
「でも、数が合わないって言ったのはそっちだろ?」
「それも動揺して思わず出てきたんです。僕が人殺しなんて酷いことをする人間に見えますか?」
「見えるから聞いてる」
「どこからどう見ても好青年なのに」
「さっきとは違う意味で脳天ぶち抜いていいか?」
「えっあ、ごめんなさい!」
こんな状況だというのに口調からは余裕さが滲みだしている。実際は緊張して焦っているはずなのにフレンドリーな会話をしてしまうあたり気が合うのかもしれない、などと光太はどうでもいいことを考えていた。なぜこんな事を思ったのか。緊張しているはずなのに。
「それに心が弱いだ? 何を寝ぼけたことを。だったらどうして、」
いや、もしかしたら。
「お前は笑っているんだ」
最初から緊張なんてしていなかったのかもしれない。
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