第9話 いいギターって弾きやすいんだ

 赤いストラトちゃんは、長年放って置かれたというだけあって、金属部分は錆びていたし、ボディやネックもくすんでいた。

 アンプに繋いでみると、やはりというか、ガリが酷かった。

 電子部品の交換とかは追々考えるとして、とにかく綺麗にしてあげたかった。

 オークションに出品した方は、発送前に弦を張り替えてくれたみたいで、新品の弦が張ってあった。

 取り敢えず磨く。

 くすんでいたボディが光沢を取り戻すと、まあ何とも艶めかしいお姿が…。

 うっとりしていたら、何かレスポールに見られているような、浮気を見つかってしまったような後ろめたさ(経験したことはない。本当にない)を感じたのは内緒だ。


 アンプに繋がず、膝の上でただ弾いてみる。

 あ、実際ところ、僕は滅多にアンプを使わない。

 よくアンプで音を出さないと上手くならないとかいうけれど、そんなことはないと思う。あくまで僕の意見だけど。

 アンプを通さなくてもエレキだって音は聴こえる。

 近くにいても聞こえないけど、膝の上にあると振動でかなり音が伝わってきて、自分だけには聴こえているっていう状態になる。

 何本か弾いてみてわかったことだけど、ギター自体の“鳴り”はこのほうが感じることができると思う。

 普段、自室で弾くだけならアンプを必ず繋ぐ必要は感じていない。


 それで、ストラトちゃんだが…、鳴る鳴る。これがもう半端なく鳴る。

 ネックの反りもほとんどなくて、お店に出しても調整程度でなんとかなるんじゃないかと思えたほどだ。

 そして弾きやすい。

 初心者用のギターのほうが弾きやすいかと思っていたのだけれど、もうまったく世界が違うくらい弾きやすい。

 なんてこった…。

 手の大きさとか指の長さの問題もあるかもしれないけれど、いいギターって弾きやすいんだ。

 これは後に知ったことだけれど、初めて触るギターはいい物にしろって言われていて、その意味は十分に理解できる。

 電子部品の繋ぎ直しも、自分で半田ごて片手にやろうかと考えていたが、あまりにも状態が良かったので、ちゃんと工房に出してお願いすることにした。

 工房で状態を確認してもらって相談したところ、ネック調整、弦高調整、ピックアップ高さ調整、配線、ジャック交換をすることになった。

 ジャック部分は接触が悪くなっていたから、これは仕方ない。

 長い間放っておかれたにしては良好な状態だということで、今回は当たりを引いたようだ。

 一万五千円ほど掛かったが、かなり安くしてい頂いたと思う。

 それでも三万五千円でヴィンテージギターを手に入れてしまった。初心者なのに。


 調整から帰ってきたストラトちゃんはもう、弾きやすいなんてもんじゃなかった。

 俺上手くなった?なんて勘違いするくらい弾きやすかった。

 プロの調整、半端ないっす。

 レスポールに戻ると弾きづらい…。

 このままストラトちゃんに嵌ってしまうと上手くならないんじゃないかと感じるほどだったので、練習はレスポールですることにした。

 未だにレスポールは手放さず、家ではこればかり弾いている。

 大リーグボール養成ギブスのごとく、スタジオで貸りるギターを弾きやすく感じるから、レスポールさまさまなのだ。

 ストラトちゃんを入手したことで一時離れた愛着だけど、レスポールを気に入っている。自宅限定だけど。


 ストラトちゃんはその後、友人の強い希望で、その友人が経営するお店へお嫁に行った。

 僕みたいな下手くそに弾かれるより、うまい人に弾いてもらえるなら、そのほうが楽器として幸せかなぁっていうのと、やっぱりアンプででかい音出してなんぼだからね。

 評判良いのだ、ストラトちゃん。

 ずっと押入れで眠っていたギターが蘇って、今人を喜ばせている。

 僕の手元には一時しかいなかったけれど、そう考えれば、何だか幸せな気持ちになる。

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