断章・a

断章・a

『聞こえる?』

「ミナコかい? ああ、聞こえるよ」

 名古屋市東区東桜に位置する栄公園・オアシス21。屋上階に位置するガラス張りの屋根・水の宇宙船の上でアキは未だ、佇んでいた。その時、アキが耳に付けている交信機に通信が入る。

『彼女との接触はどうだった?』

「圧倒されましたよ、まったく」

 アキは思い出す。元の世界、とある少女とのやり取りを。


──その選択は本当に、世界を救うのかしらね。……そうね、世界を守って、世界を壊す、といったほうが正しいのかも。


──でも対立せざるを得ないの、クロスフィア研究所とはね。


──深入りしていけば解るわ、私の言っていることは。それは、あなたをブレさせることになる。


(ああ、あの少女に似ているんだ、海部セーラは)

『世界は変わってしまったわ。何者かに操られるように』

 独り言のように、ミナコは言う。確かに、ボクたちの世界は不自然な干渉によって歪められてしまっていた。名古屋に巨大ウナギ、東京に巨大怪獣、そして福岡に未確認飛翔体。福岡の飛翔体はその前に、世界の大都市のほとんどを破壊した。まるでSF小説のような世界に、何者かによる干渉を疑うのは当然だろう。そうアキは頭の中で振り返る。

『だけど私たちは世界を守るの。私たちの世界をね』

 雨粒がポツリポツリ、アキの顔に当たり始めた。

(そうあの時も、日差しが差し込んでいるのに雨が降り始めたんだ) 

『ハルカの工作も、アヤヒの研究も進んでいるわ。こちらの準備は順調よ。アキも頑張って』

「しかし、手強いですよ、彼女は」

『海部セーラこそこの世界のキーよ。頑張って』

「解ってます」

『それじゃ、何か動きがあったら、また』

 アキはかばんから袋を取り出し、ナタデココのグミを一つ、口へと放り込んだ。


   * * *


 東京都千代田区永田町、首相官邸。五階総理執務室の扉を叩く音が、書斎机で書類を確認していた総理大臣の耳に届く。

「秘書官の長野です。クロスフィア研究所の者を連れてまいりました」

「よろしい、入ってもらえ」

 返答を確認すると、長野と名乗ったスーツの男はドア横の機械に身分証をかざす。ロックが解除された音を確認した後扉を開け、後ろに付いてきていた白衣の男を中へと誘導した。

「あれ、今日は所長ではないのか」

「雨宮所長はオペレーションを遂行しておりますゆえ、しばらくは姿を見せることはないかと。その代わり副所長の私が状況をご報告いたします」

 白衣の男は薄笑みを浮かべながら総理大臣の問いに答える。

「ふむ、では頼むぞ」

 応接セットに対し、総理大臣と白衣の男は向き合う形で座った。名刺を机の上に置き、白衣の男は話を切り出す。

「さっそく本題ですが、雨宮所長直々進めているオペレーションは無難に進行しております。ただ一つを除いて」

「ただ一つ、とは?」

「こちらをご覧ください」

 白衣の男は持ってきていたアタッシュケースから、クリップ留めされた紙の束を総理大臣に差し出す。総理大臣は目を細めつつ、その書類をパラパラとめくりながらさっと目を通す。

「なるほど、海部セーラ、という女子生徒、かな。写真を見る限り、なかなかの美少女ともいえるが……」

「ええ、海部セーラ、この一人の人物に、雨宮所長をリーダーとするオペレーションチームは一つの仮説を当てはめざるを得ませんでした」

「ただの女子生徒ではないのか?」

 ええ、と白衣の男は頷く。

「まず驚きなのは彼女の情報収集力の高さです。こちらの情報も、おおよそ掴んでおりました」

「ふむ、情報屋、といった感じか」

「並大抵ではない、と誰もを実感させるほどです」

 それほどか、と総理大臣は驚きの表情を見せた。

「彼女の情報網の統率力には、一つの可能性があります。すなわち、世界を選択する適格者の可能性が」

「海部セーラ、カイフセエラ、ふむ、世界選ぶ、か……」

 総理大臣はその名前に、意味を感じざるを得ない。

「なるほど、彼女に対する調査も進めているのだな?」

「もちろんです」

「ではこのまま進めてくれ。──くれぐれも過干渉はせぬよう」

 承知致しました、と白衣の男は席を立ち、そのまま総理秘書官・長野の誘導で総理執務室を出て行く。

「一人の少女相手に調査なんて、何が正義だか、わからぬな……」

 書類を改めて眺め、総理大臣は独り、呟いた。

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