第一章・その4
「もしもし」
夜。少女はすでに帰り、広い部屋には翼が一人だけ。スマートフォンに電話が掛かってきて、翼は出る。
『もしもし、翼か?』
「うん、お父さん、僕だよ」
『ちゃんと着いたか?』
「うん、着いた。……広い部屋だね」
『仕事が落ち着いたら名古屋に転勤になることがほぼ決まっていてな。それもあって広めの部屋を確保したんだ』
「ねえ父さん、」
翼は、意を決して聞く。
「海部セーラって子、知ってる?」
少しの静寂の後、答えが返ってくる。
『……知らなくはないが、どういうことだ? お前が彼女の名前を知っているなんて』
「今日、海部さんに声をかけられたんだ。父さんの名前も知ってた。彼女って一体──」
『仕事上でちょっと関わりがあってな』
「……父さんの仕事って?」
公務員ということくらいしか知らなかった、と翼は改めて思う。知らないでも問題なかったことも事実だが。
『日本を守る仕事だ』
そう一言で返されて、真実だが詳しいことは教えてくれるつもりはないんだな、と翼は感じた。
『しかしお前に接触してくるとは、想定外だったな……』
「海部さんいわく、僕も要員の一人に数えられているみたいだけど」
『……ああ、彼女には全部筒抜けか。恐ろしいな』
「『クロスフィア研究所』のアキさんって人にも会った」
『それは、本当か?』
電話口の向こうでも、驚きを隠せない様子であることが翼には解る。
「海部さんに用事があったみたいで、僕はおまけみたいなもんだったけど」
『なるほど、海部さんとは早速馴染んでいるみたいだな』
「別に、向こうが強引なだけだよ」
『じゃあ、早く荷物整理して、明後日からの学校には万全を期して望めよ』
「はい、父さん」
『おやすみ、翼』
おやすみなさい、と返し翼も電話を切る。
* * *
「──ということらしいんだ」
東京都千代田区、内閣府庁舎内に置かれた内閣情報局・第一課室。すでに終業時間は過ぎているにも関わらず、電気がつけられ職員が残っていた。対外的には勝見健太郎と名乗っているクロスフィア特命係長の加藤克巳がスマートフォンを切り、息子である翼とのやり取りを説明する。
「研究所サイドも独自に海部セーラとの接触を開始したということでいいんですかね」
そう言うのは警察庁より出向している榊原健夫。警視庁公安部長の秘蔵っ子として、今回の特命調査に合流している。
「ああ、こちらとの接触でも彼女の名前が出ていたか。だから情報局としても追い始めたわけだが」
「しかし彼女の攻略は難しいはずだ。なんせ、情報の塊といっても過言ではない」
外務省より出向している堀江敏成の弁。前職は外務省北米局ということもあり、特にアメリカ合衆国の動きについて、在外公館からの情報を中心に収集を行なっている。
「私たちですら、持て余していると言うのに」
「彼女の情報網に助けられている部分も大きいですからね」
堀江の言葉に、自衛隊情報本部から出向している木村宏美が付け加える。マスメディアが取り扱わないような情報かつ各国の情報機関以外からの情報の、実に八割の情報元が海部セーラを頂点とする情報ネットワーク上からのものであることは、内閣情報監から特命を受け調査を開始してからはじめて判ったことだった。
「翼くんと海部セーラを上手く引き合わせるよう手を打っていたんですが、必要なさそうですね」
「どういうことかね、健夫くん」
頭を掻きながら、榊原は説明する。
「いやあ、幼馴染の子がちょうど同じ高校にいるんですが、新しい部活動を作って二人を引き込めないかって動いていたんですよ。ただ上手くいく可能性は高くないですし、海部セーラ自ら接触してきたのなら御の字かな、と」
「休暇をちょくちょく入れてたのは、そのためか」
「ええ、まあ」
部署として正式に動いていた案件ではなく、あくまでも個人的活動であったので、榊原は遠慮し休暇という形で東京と名古屋の間を往復していた。もちろん交通費も個人持ちである。
「それなら、そちらはそちらで続けてくれ。手当も出す。手数は多い方がいいからな」
「了解です」
克己は、警察庁より出向している仙田和樹の方を向いて尋ねる。
「合衆国の動きはどうだ?」
「在名古屋の領事館については、明らかに人の出入りは激しくなっていると」
在名古屋アメリカ合衆国領事館は名古屋駅の東、桜通沿いの再開発ビルである名古屋国際センタービル内に所在する。警備は愛知県警機動隊が担当しているが、その一部に公安の人間を混ぜ、動向監視に当たらせていた。
「CIAか国家安全保障局か、とにかく情報機関が絡んでいそうだな」
名古屋領事館の領事業務は大阪・神戸総領事館で行うなど、名古屋での業務は他の領事館と比べて縮小されているはずである。人の出入りが激しくなる、ということはそこには何らかの原因がある。そういった分析だった。
「本国での動きは特に報告されていませんが、在外公館の業務の範囲内で得られる情報となるとやはり限りがあります。名古屋領事館で動きがあるとなれば、やはり合衆国が動き始めているということになるかと」
堀江も遠回しながら同意する。同盟国という立場上、アメリカに対する諜報活動を苦手にしているというのも一因にあった。
「よし、名古屋のアメリカ領事館中心に、動向監視は強化していこう。健夫くんはこれまで通りでお願いする。そんなところで、今日は解散だ。遅くまでお疲れ様」
全員が部屋から出て行くと、克己は照明のスイッチを切った。
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