第29話 派遣先その2

 それからロッカールームを出るとトラックがバックで入りそのまま荷降ろしが出来るようになっているだだっ広い場所に案内された。

 「作業は簡単です。トラックから段ボールを降ろして番号と記号が書いてあるのでそれに合わせてあそこまで運んでもらいます」と若い男は言った。

 なるほど簡単には違いない。あとは作業に集中するだけである。ところがいざその段ボールをトラックから降ろそうとするとこれがやけに重たくてしかも隙間なく詰め込まれている。引っ張り出すにも手こずってしまう。ほかの人はどうかと周りの人たちの様子を伺うと二人か三人で協力しあって引っ張っているようである。

 おそらく前にも派遣先で知り合った者同士でお互い知り合いなので要領が分かっているに違いないと思った。すると今まで温和な態度だったその派遣先の若い男が急に声を荒げてこう言ってきた。

 「いったい、何をしているんですか!あとトラックが六台ぐらいきますよ!今日中に終わらせなくてはいけませんよ」

 「すいません。この世界の仕事にまだ慣れていないものですから」

 「この世界?ああ、派遣の仕事をするのが今回初めてなんですか?」

詰問に近い感じで言われたので思わず口が滑ってしまった。しかし勝手に判断されたのはむしろ好都合だと言えなくもない。そこで相手の言葉に同意することにした。

 「そうなんですよ。今までは金融関係の仕事をしていましたものですから」

 「とにかくあなたはここはもういいですから。降ろしてきた段ボールを受けっとって番号と記号が書いてあるところまで運んで下さい」

 返事を返すのは簡単であるが多少心がへこんだのでふざけて軍隊みたいに「イエッサー」とか「ラジャー」とか言いたくなる。しかし、そんなことを言えば余計に相手を怒らせるかも知れないので無難な答えを返すことにした。

 「分かりました」

 「早くしてくださいよ」

とにかくひたすら運ぶだけになったのはいいかと思ったがそうは問屋が卸さなっかった。何回もトラックから荷物を受け取り運ばなくてはならないので疲労が半端ではない。そんな僕の動きを見ている周りのやつらは冷ややかな目線を向けていた。他にも協力して運んでくれる人が現れてもいいかと期待するがいなかった。運ぶ人は確かにあと二人ぐらいいたが自分のことだけで精一杯みたいである。これは後から知ったのであるが重たい荷物を運ぶ際には台車を使うべきであると。この現場ではなぜか台車を使っていなかった。

 そうこうしている内に昼の休憩時間になった。そこで思い出したが昼飯を買ってくるのを忘れていたと。まあ、疲れてあまり食欲もなかったので缶コーヒーでも倉庫内にある自動販売機で買えばいいか。

 この時田沼耕作は休憩時間にほかの派遣社員から声をかけられるとは思っていなくて無事に終わると高を括っていた。 

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