第28話 派遣先

 緊張感と不安を感じながら田沼耕作は地下鉄を乗り継ぎ目指す派遣先の会社を探した。確か会社名はアルファベットを三文字ぐらい並べたようなところだったと記憶している。すると前方にかなり高い建物が目に入りその壁面にでかでかとそのアルファベット三文字が張り付いていた。なんだか威圧感が半端ではない。資本主義の権化みたいである。まあ、僕は一介の労働者にすぎなくて構想するほうではなくて実行するほうに過ぎないが。

 東上に言われた通り門の近くに守衛室がありその近辺に何人かの男女がたむろしていた。年齢層は若い者から年配の人までさまざまだったが中には若くて可愛い女の子もいた。随分と年齢層が幅広いことに驚いた。そんなことを思いながら守衛室の警備員に声をかけてみることにする。

 「すいません~ファイトスッタフからきた者なんですが」

 「まだしばらく時間があるのでそのままお待ちください」

警備員は素っ気ない返事をした。まあ、僕も愛想がいいほうではないので人の事を言えた義理ではないが。

 すると作業服を着た若い男性がトボトボとはるか奥の通路からこちらにやって来た。

 「お待たせしました!それでは点呼を取らせてもらいます」

そう言うと手に持った紙を見ながら集まった人たちの名前を一人ずつ読み上げて行く。何だか戦争のために集められた傭兵みたいである。確かにこれも経済戦争には違いないけどと思ったりする。そんなことを思っていたせいで危うく自分の名前を呼ばれるのを聞き逃すところであった。

 「は、はい、います、ぼくです」

そう返事をすると周りにいた人たちからかすかに笑い声が漏れていた。やはり、この世界で僕は異質な存在と見られているのであろうか?正体が露見されないようになるべく話をしないほうがいいかも知れないと警戒心と用心を心掛けるようにしようと決意する。大事なことなので心という言葉を三回も使ってしまった。

 すると派遣先の若い社員は踵を返して先へ先へと勝手に歩いて行った。僕も皆と一緒に遅れないようについて行く。着いたところはロッカールームだった。手に持っているものはビジネス鞄ぐらいしかないのでロッカーを使う必要もないと思ったが、ほかの人たちは中に何が入っているのかかなり大きな鞄を持っていた。

 「貴重品はロッカーには入れないように。あと指示には従ってください」

貴重品をロッカーに入れないのは分かるが指示に従わない人がいるのだろうか?これまたおかしな世界である。もしかしてここから逃亡する人がいるのだろうか?

 かくして田沼耕作の短くて長い一日の労働が始まるのであった!

  

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