第26話 煙草

 東上の部屋に転がり込んでから何もすることがなくてユーチューブの視聴をひたすら続ける田沼耕作であったが幾分心が落ち着くと前からの習慣であった喫煙をしたくなってきた。まあ、表に出れば煙草の自動販売機は簡単に見つけることができたが銘柄のほうが変わっていた。それに値段がずいぶんと高くなっていた。しかし、買えないこともない。それで煙草を買いに行ったついでに駅まで歩いて少し気分転換に散歩をした。

 駅前に着くとここらで一服しようと煙草に火をつけた。仕事はないがこれはこれで案外気楽である。収入のことも心配ではあったがそのうち派遣会社から紹介がくるに違いないと思うことにした。そんな感慨にふけっていると目の前を通り過ぎる中年の女性から注意された。

 「あなた、煙たいではありませんか!受動喫煙が禁止されているのを今時ご存知ないのですか!」

 「はあ?どこで煙草を吸っても個人の自由ではありませんか?」

 「国から正式に禁止されていますよ」

なんとこの世界では個人の趣味嗜好まで管理されているのか!なんだか独裁国家みたいである。SF小説になんかそんな話があったと記憶しているがあれは読書が禁止されて一切の書籍が世の中ら抹殺されて家に何かの書籍があれば逮捕されるというストーリーだったように思う。まさかこの世界では読書までも禁止されているのだろうか?そう言えばなぜか以前に見たことがある本屋が数軒なくなっていたが。代わりに整骨医院とか雑貨店、それに薬屋が多くなっていた。とにかくカルチャーショックを受けたがここでもめ事を起こして警察を呼ばれても困るので素直に相手の言葉に従うことにした。

 「すみませんでした。幾分この世界に慣れていないものですから」

するとその中年女性は訝しい表情を浮かべさらにこう言った。

 「はあ、変なことをおっしゃいますね。まあ、最近は頭のおかしい人が凶悪な事件を起こしたりしますからね。わたしも気を付けようと」

 そう捨て台詞を残して足早に去っていった。

田沼耕作はこの世界では異質な存在としてひょっとしたら見られているのかも知れないという疑心暗鬼にとらわれてしまった。このままこの世界で仕事をして生きて行くことが出来るのであろうか?気分転換のつもりが反対に不安感に苛まれてしまった。

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