第22話 現場到着
マカロニ荘を後にした田沼耕作はカプセルホテルまでの道のりを歩きながらつらつらと思っていた。智(ち)に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。こう言ったことを書いた明治時代の文豪もいたと。しかしながら、僕は文豪でもないしその上今は無職であり誰からも承認されていない十把ひとからげの闇に消え去る者の一人である。まあ、多くの人の人生はそんなものかも知れないので社会的に成功した人がそのせいでもてはやされたりするのかも知れない。そう思う一方で幸不幸は成功とは違ったところにあるのかも知れないが。
とにかく今の状況が不幸には違いないが何とか切り抜けることが出来れば希望がわいてきて幸福になれるかも知れない。そうこうしている内にカプセルホテルに着いていた。フロントで受付をすまし養鶏場みたいな部屋に落ち着く。腹はあまり空いていないので少し寝るには早いがそのまま横になる。天井を見上げながら学生時代から好きだった読書でもしたい気分になるがあいにく今は手元に書籍がない。明日その派遣会社に行った帰りぐらいに本屋により何か文学作品でも買って帰ろうと思う。とりとめのないことを思っているうちにどうやら寝てしまったようである。気が付くともう朝の八時であった。手早く顔を洗い歯を磨く。朝食はコンビニでパンでも買えばいいと思い駅まで向かう。
初めて行く場所なので十時までにつけばいいが迷った場合に備えて早めの電車に乗ることにする。出勤時間のピークを過ぎたせいかあまり人は多くなかったが自分がいた世界にくらべると何だか寂れた感じがしなくもない。電車が地下に入り乗り換える駅で降りる。あとはこのまま田梅駅まで行きそこから地上に出て目指す派遣会社が入っているビルを見つけるだけである。
この世界にも多少慣れたせいもあるかも知れないが問題の派遣会社が入っているビルは難なく見つかった。緊張感を感じながらエレベーターのスイッチを押し乗り込む。ドアが開くと受付らしき所に電話がおいてあった。どうやら内線番号を押して担当者を呼び出す仕組みになっているようである。
「もしもし、本日面接にお伺いする予定になっている田村と申しますが」と電話口にしゃべる。内心ふざけてもしもしカメよカメさんよと言いたくなるがそこは我慢する。
「あ~、田村さんですか?今、確認しますから」
確認するもしないも今日訪問することになっているのにずいぶんといい加減なものである。
「はい、ありました。それでは係りの者が参りますのでしばらくお待ちください」
そのままその場で不安な気持ちになりながら待つことにする。すると奥のほうから派手な格好をした若い女の人が出てきた。あまりオフィスには似つかわしくない雰囲気である。
「お待たせしました。それでは写真撮影と簡単なアンケートをしますのであの部屋でお待ちください」
「わかりました。あの部屋ですね」
その女の人が差し示した部屋に入ることにする。すると、会議室みたいなところでテーブルとパイプ椅子が置かれてあった。どこに座ろうかと悩んだがとりあえず入口に近い場所が無難だと判断した。腰かけてしばらくすると先ほどの派手な格好をした女の人が扉を開けて入って来た。
「お待たせしました。こちらの書類に目を通して頂きましてそれからそこに書かれていますアンケートに答えてください」
書類といって一枚しかなくあとはアンケート用紙だけである。まあ、読んでみることにする。字はかなり小さくてどうやらこの派遣会社との契約的なことが書かれているみたいである。次にアンケートのほうを読んでみる。なにやらどういう現場を希望するとかパソコンのスキルがあるのかないのか訊いているようである。面倒くさいので適当に書いておくことにする。この適当に書いたせいで後々ひどい目に合うとはこの時は思ってもみなかったが。
「書けましたか?携帯かスマートフォンはお持ちでないようですね。連絡先は東上という人のところでいいですか?」
「ええ。それでお願いいたします。ところで仕事はいつから始まりますか?」
「それはこの場ですぐには答えられませんね。派遣先からの要望がありそれからになりますからね」
いつから出勤すればいいの分からないのであれば何とも不安なことである。気長に待つしかないとも思う。しかしながらそれまでどこで寝泊まりすればいいのかと今更ながら考えてしまうが仕事がなくてもあっても寝るところは必要である。まあ、ホームレスみたいに公園か高速道路下の空き地に寝泊まりすることも一瞬頭をよぎったがそれでは派遣会社からの連絡が入ってこないことになる。ここは背に腹は代えられないのでいやであるがまた東上の部屋に行くこにする。
しかしながら、あの東上という人物は謎が多いような気がする。おんぼろアパートになってしまっているマカロニ荘に今でも住んでいるのはどういうことか?大家さんに訊けば何かの事情を知っているかも知れないが。ところで写真撮影があると聞いていたがなかったようである。どうでもいいが。
種々雑多な感情を抱きながら田村耕作は東上のいるマカロニ荘の向かうのであった。
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