第17話 マッドサイエンティストの助言

 その頭髪がボーボーで白衣を着ているおそらく科学者だと思われる人物の名前は確か東上と言った筈である。部屋は下の階で101号室に住んでいたかと覚えている。そんな記憶を辿りながら階段を降りることにする。すると、扉には確かに東上と表札が掛かっていた。今度こそは在宅していることに期待しながら扉をノックする。


 普通は扉をノックしてからしばらく間があってから出てくるものであるが、最初に一回ノックするかどうかもあやふやな時にいきなり扉が勢いよく開けられた。もう少しで危うく頭を打つところであり面くらってしまった。


「いや~、しばらく顔を見ないのでどこに行ったのかと思っていましたよ」


「そうですか?普通に仕事に行き帰って来るだけの生活でしたが、それにしても僕のことに関して人に聞くのもおかしな話ですが、大家さんの話によると僕は何十年も前にすでに死んでいたとか。あなたは今でも僕が生きていると思っていたようですね」


 東上は内心気持ちが早ってしまい思わず口走ったことを後悔した。ここは怪訝そうな態度を取るべきだったかもしれない。それに田沼耕作に実験を施した一人が自分であると分かってしまうとおそらく恨みを買い最悪殺されるか、そこまでは行かなくても暴力を振るわれる可能性もあるかも知れない。ここは田沼耕作に勘違いをさせてそのまま話を進めるほうが得策である。


「え~、あなたが何十年も前にすでに死んでいた?それはおかしなことですなあ。現にこうして私の目の前にいるではないですか?」


「それはそうですね。しかしながら、奇妙なことがあります。どうもこの世界は僕が知っている世界とは微妙に違っているようなのですが」


「なるほど。一時的な記憶喪失というわけでもないですね。記憶を喪失してもそれは一部の記憶であり自分の周りの世界が違って見えるということはないですからなあ。まあ、詩人なんかは幻視を見たり今まで見慣れていることでも初めて見ることが出来るようですが、それとも違っていますね。これは科学の範囲を超えてしまいますが、ドッペルゲンガーという現象が古来より報告されていますね。かの文豪ゲーテも自分のドッペルゲンガーを見たことがありそれのおかげかどうかは定かではないですが偉大な作品を残していますね」


 別に田沼耕作は偉大な文学作品を残したいわけではない。小説家志望だった時期もあるがそんな文学作品を残す前に飢え死にしそうである。とにかく今はこの現象の解明もさることながら生活の糧を得ることが優先事項である。


「ドッペルゲンガーかどうかは分からないですが、とにかく自分は今失業しているので何とか仕事を見つけなければ生活が困ります」


「そうですな。それなら手っ取り早くお金を手に入れ方法として派遣社員はどうですかな?中には日払いとか週払いもありますからな」


 派遣社員?それはどういった職種なのか?営業とか経理、製造、販売とは違ったこの世界にしかない職種であろうか?


 田沼耕作はまたしても聞きなれない言葉を聞いた。

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