第3話 会社がない!?

 雀が鳴いているのをぼんやりとした意識の中で聞いていた。それに少し風を感じるような感覚もあり背中に布団のふくらみがなくてそのまま後ろに倒れそうになった。


 どうもいつもの朝ではない。そう言えば思い出した。昨日は酷い目に会い、極めつけはアパートの部屋に入れなかったんだっけ。


 とりあえず、腕時計で今の時間を確認するとまだ5時半であった。太陽はすでに登っており燦燦と惜しげもなく光を放っている。夏の気持ちの良い朝ではあるがそれとは裏腹に心は落ち着かなくてこれからすべきことと確認することにともすれば沈みそうになった。


 そうは言っても会社に行かなくてはならない。部屋の件は会社が終わってから大家さんに連絡することにしよう。


 駅に向かって歩くことにする。いつも通っている道なので道順を特に意識しなくても自然と足が動くが、どうも見慣れない店がちらほらとあり前からそんな建物があったのか疑問に思う。気のせいかも知れないが少し寂れた雰囲気もあった。


 駅まで着くと改札に定期券を入れた。そのまま抜けようとするとブザーがけたたましく鳴った。そこに駅員が慌ててやって来た。


 「ちょっと、調べますね」


 「はい。すいません。まだ期限は切れていない筈なんですが」


 「そうですか?おや、これは随分と前の定期ですね。お父さんの遺品か何かですか?それとも鉄道オタクですか?」


 お父さんの遺品?鉄道オタク?一体何を言っているのか?ちょっと理解に苦しむがこんなことで言い争っても仕方がないので切符を買うことにした。


 「すいません。昨日はちょっと飲み過ぎて頭がまだはっきりとしないものですから」


 「それならいいですが、まあ、ICカードにするほうがいいですよ」


 ICカード?なんじゃそれは?またもや知らない言葉が出てきた。とにかく券売機はあるようなので切符は買えるに違いない。ところがどうも券売機に押すボタンが見当たらない。また先ほどの駅員に尋ねてみた。


 「またご迷惑をおかけしますが、この券売機にはボタンがないですが」


 「え!初めて切符を買うというわけでもないですよね。タッチパネルですよ。そのまま画面に写っている行き先までの料金のところを押せばいいです。しかし、何かの冗談ですか?まあ、たまに変わった人がいないとこっちも退屈ですけどね」


 「ありがとうございます。たびたびすいませんでした」


一応社交辞令でお礼をいってみたが、なぜ画面を押しただけで機械が反応するのか?それに第一、触れただけで反応するなら何か物とかがたまたま飛んできた場合にも反応して危なくないか?


そんなことを思いながら会社の近くの駅までの切符を買った。ホームの雰囲気もよく知っている感じではなかった。以前はもっと雑然として汚かったが。これはこれで改善されていいとは思うが、ますます疑問は広がるばかりである。


とにかくホームに電車が到着するのを待つことにする。まだ朝の六時前なのでそれほど人は居なかった。いつもならだいたい七時ぐらいの電車に乗っているが今日だけは特別である。それにしても顔も洗っていないし歯も磨いていない。第一朝食がまだだった。会社の近くの駅で降りたならホーム内にある立ち食いそばでも食べてみることにする。


幸い座席には座ることができた。昨日から続いている災難の中で唯一いいことだった。しかし、前に座っているOL風の人が今度はあの薄い板を手にもってひたすら何やらこすっている。まるでオナニーをしているかのようであった。そんな想像をしていたら少し股間が疼いたがこれはいかんと理性が働き目をそらした。


 そして電車内ではそのほかに何事もなく時間が過ぎ去っていったがある疑念がふと過ぎった。会社でも昨日からの怪奇現象が引き続き起こるのではないだろうか?例えばいつもしている仕事の手順がちがっていたり、まったく経験したこともない仕事を振られたりするだろうかと。


 それはそれで不安ではあるがこうして何とか電車には乗れたので何とか乗り越えることはできるであろうと高を括ることにした。


 やがて電車が会社の近くの駅に到着した。ホームの階段を降りて改札に向かう途中に見慣れた立ち食い蕎麦屋はちゃんとあった。すこし安堵する。


 券売機で掛け蕎麦の食券を買い中にいる店員さんに渡す。その店員さんはすこし中年にさしかかった感じの男性であった。以前は二十代後半ぐらいの若い店員さんがいたが今日から替わったのだろうか?


 食券を受け取る時その中年にさしかかった感じの店員さんは僕の顔を見てなぜか不思議そうな顔をしてニヤッと笑った。僕の顔に何かついているのか?そう言えばまだ顔を洗っていないし昨夜から飲んでいるせいで多少腫れぼったくなっているかも知れない。


 そんなことを思いながら掛け蕎麦を食べ終わると緊張感を感じながら会社へと急いだ。駅からは歩いて五分程度で着く距離に勤めている会社が入っているビルがある。

ビルのエントランスの自動ドアをくぐり抜けエレベーターの前に立つ。行き先の会社が入っている階の数字を押して降りてくるのを待つことにする。


 やがてエレベーターが降りてきて乗り込む。そして僕が勤めている会社が入っている階で扉が開く。


 ところが僕が勤務している野留間のるま証券ではなくてまったく違う会社名がそこにはあった。







 


  


 

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