第五十二話 疾風怒濤のナインテール

『なっ!? 一体何が起こっているー!? 急に身動きを取らなくなったQBにアルベルトが近付いてゼロ距離から頭部に発砲。しかし!』


 実況アナウンサーの声が、どこか異世界から届くような感じで聞こえてくる。

 そう、ここはアルベルトが作り出した超重力下の世界。ここで動くことが許されているのはアルベルトのみ。


「な、なぜだ……」


 そのアルベルトが唖然とした口調で呟く。

 まるで今、目の前で起きたことが信じられないとばかりに。


「なぜ動けるっ、QB!」


 そして呟きは怒声へと変わった。

 まるで今、勝利を決定付けるはずだった銃弾を俺が躱し、拳銃を持つ左手を押さえ込んでいる状況がありえない、あってはならないとばかりに。


「答えろ、QB!」


 アルベルトが怒りに任せてビームセイバーを振りかぶる。

 

「遅いな、アルベルト!」


 が、振り下ろされる前に俺のビームセイバーがヤツの右手ごと吹き飛ばした。


「な、なにぃ!?」


 驚き、慌てて俺に掴まれている左手を振り解き、距離を取るアルベルト。

 そのアルベルトに、さっきとはまったく逆の形で俺がゆっくりと近付いていく。


「なぜだ? なぜこの超重力下でお前如きが動くことが出来る!?」


「すべてはお前のおかげだよ、アルベルト」


「何? どういうことだ?」


「香住から授かった重力装置も、未熟な俺では完璧に使いこなせないでいたんだ。だが、そんな俺をお前が実戦でここまで導いてくれた。本当に感謝している」


 さっきまで指先ひとつ動かせなかったのがウソのように体が軽い。

 ああ、なんだかこのまま空まで飛べそうな気がする……そうだな、ちょっとやってみるか。


 ブースターに火を灯し、両足に力を込めて地面を蹴る。


「な、なんだと……」


 眼下のアルベルトがうろたえながら見上げる中、俺はさらにブースターを噴かしながら空中で蹴りやらバク転やらをやってみせる。よし、いい感じだ。完全に使いこなせている。


「そんな、信じられん……この世界であんな曲芸が出来るとは……」


「ふん、まだまだこんなもんじゃないぜ、アルベルト。よく見ておけよ!」


 今一度空高く舞い上がったところでひとつ大きく深呼吸。

 やれるか?

 いや、やれるはずだ!

 この超重力の世界で、機体はもはや完璧に俺の操作下に置かれることになった。

 普通の世界ではとても無理、多少の重力がかかっている場合でも制御は困難を極める。

 ほとんどのものが押し潰されて動けないような超重力の世界だからこそ、香住が開発した小型重力発生装置の真価――自分だけ通常の十数分の一にまで小さくなった重力でのまともな戦闘を体現してみせることが出来る!


 そう、重力は何も重くするだけではない。軽くする事だって出来る。


 アルベルトの機体に備え付けられた重力発生装置を開発したヒルはそれを考えず、代わりに周囲への重力影響という機能を採用した。

 対して香住は装置の影響を当事者ひとりに絞りこむ代わりに、重力の軽減を搭載させた。

 重力が軽くなれば、それだけ早く動けて相手を圧倒出来る。

 そう考えての採用だったが、いざ試してみるとこれがとても実用化にこぎつけるには厳しいシロモノだと分かった。

 とにかく操作がナイーブすぎるのだ。

 小さな重力下ではちょっとした操作でも機敏に反応しすぎてしまい、制御が利かない。

 まともに動けるのはほんの一瞬だ。

 これを制御出来るようになるには膨大な時間をかけて特訓をしてものにするか、あるいは制御可能な環境――すなわち超重力が発生している場で発動させ、周りがまともに動けない中、自分だけ通常のような動きを再現させてみせる以外に手はなかった。


 まさにアルベルトがこの状況を作り出してくれない限り、この勝利の目は生まれなかったのだ。

 だからヤツに感謝してるってのは決してウソじゃない。

 まぁ、そこまでアルベルトの重力操作に苦戦しながらも食い下がり、最終的に切り札を使わざるを得ない状況にまで追い込んだ俺の作戦勝ちではあるが。


「じゃあ行くぜ!」


 天高く舞い上げた機体を翻させ、錐揉み状態になって見上げているアルベルトへと突っ込む。


「むぅ!」


 すんでのところで躱され、地面すれすれで弧を描くように機体の進行を操って地面への衝突を阻止。そしてそのまま再度空へは昇らず、急旋回して攻撃を避けたもののバランスを失ったアルベルトの背中に蹴りを入れる。


「ぐはっ!」


 アルベルトの呻き声が聞こえるが、今のはさらに体勢を崩す為の攻撃、さほどダメージはないはずだ。

 ダメージを与えるのはむしろここから。

 後ろから蹴り飛ばされて前のめりになるアルベルトの前方へ、小重力化を最大にして素早く回り込んだ俺は無様にもがら空きなボディに拳を突き上げる。

 

 インパクトの瞬間、重力装置の出力をカット。


「うおおおおっ!?」


 本来の超重力における攻撃力がアルベルトの機体を天高く吹き飛ばした。

 

 そこへ再び重力を最小へと戻し、左右の両腰から拳銃を抜き、上空のアルベルトに向けて発砲。

 パンッパンッパンッパンッと響く乾いた音。

 反してズドンズドンズドンズドンッと被弾するたびにまるで大砲でも当たったかのような音が轟くのは、発射した銃弾が俺から離れた途端に超重力下の影響に置かれ、威力が増しているからだ。


 おかげで被弾する度にアルベルトの機体はさらに上空へと押し上げられる。


「アルベルト、悪いがこれで終わりだ」


 長かった戦いが、今まさに終わりを迎えようとしている。 

 上空に吹き飛ばされたアルベルト。超重力でも動けるのはもちろんの事、この期に及んでも懸命に体勢を整え、俺目掛けてビームライフルを構える技量の高さは尊敬に値する。


「ふん。勝ったつもりになるのは早いのではないか。分かったぞ、お前が何をやっているのか。そして何故、ここまでその力を使わなかったのか」


 おまけにこの僅かな時間で、俺と香住が仕掛けたトリックに気付くとは。


「さすがはアルベルト。だが、


「ははは、何故だね?」


「きっと後悔することになる」


「そうだろうね。もっとも後悔するのは君の方だが」


 アルベルトがビームライフルのトリガーを引くのと同時に、圧縮された世界が元に戻った。

 超重力が解除されたのだ。

 超重力下でのみ、俺が最小重力で動ける。ならばその条件を変えてしまえばいい。超重力はアルベルトにとっても必殺の秘密兵器だったはずだ。でも、それを逆手に取られるのならばきっぱりと諦め、通常の状態での戦闘に活路を見出すのは当然とも言えた。


 だけどな、アルベルト。

 たとえまわりの重力が通常状態であったとしても、んだぜ?

 そして一瞬で倒せる状態にまで追い込んでいるのならば、その後に制御不能になって大きな隙が出来ようが関係ないだろ?


 だから。


「な、なにぃぃぃ!?」


 アルベルトが目の前に繰り広げられる、思ってもいなかったであろう光景に驚愕の声をあげる。

 重力が通常に戻って、俺の動きを一瞬見失う覚悟はしていたかもしれない。

 だけど、その一瞬で俺がどれだけの動きが出来るかまでは考えが及ばなかったのだろう。

 通常重力下における、最小重力を発動させた時に俺が制御できるアクションは9つまで。


 拳を打ち込み。

 肘を入れ。

 掌底でかち上げる。

 膝が入り。

 つま先で蹴り上げる。

 銃を抜き。

 ライトセイバーを縦に。

 横へ。

 そして胸元へ突き立てる。  


 それら全てがまさに一瞬に圧縮され、アルベルトには俺の姿がまるで9つの機体に分身したかのように見えたはずだ。


「まさに文字通り、疾風怒濤のナインテール、って奴だ。ほらな、だから言っただろ。お前はきっと後悔することになる、って」



 

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