第五十一話 止まる世界

 アルベルトの攻撃は極めてオーソドックスなものだ。

 中距離からはビームライフルで牽制し、近づいては斬り込む。美織のチャクラムやレンの空手技なんかと違って『AOA』の基本的な攻撃スタイルに過ぎない。


 なのにそこへ重力の変化をちょっと加えただけで、おそろしく対応が厄介なものになる。


「ぬおおおっ!」


 アルベルトの攻撃を認識して躱そうとした途端、いつもより重くなる操縦桿。


「うわっ!?」


 力を入れてぐいっと引いた瞬間にいつもの感覚に戻り、機体はバランスを崩してしまう。

 そこへアルベルトの追撃が来て再び重力が変化……回避しようとすればするほど事態は悪化し、


「ちくしょう!」


 しまいには手痛い一撃を食らってしまった。


 世の対戦ゲーム同様、敵の攻撃を回避して反撃に転じるのが有効な手のひとつである『AOA』。そのシステムを上手く突いてやがる。


「だったらこうだ」


 アルベルトのビームセイバーに、俺は咄嗟に盾を左腕に展開させた。

 なにも敵の攻撃を躱すだけが『AOA』の反撃パターンじゃない。

 躱せば躱すほど窮地に追い込まれるのなら、最初の一撃を盾で受け止める。そして弾き返して反撃に出るのだ。


「それは悪手だぞ、QB」


「な、なに? うおおっ!?」


 アルベルトのビームセイバーを盾が受け止めた瞬間、受ける重力が跳ね上がった。

 と思ったら、すぐに普通の状態に戻る。

 結果、どうなるか?


「ヤベッ!」


 想像を遥かに超えるビームセイバーからの衝撃に、俺の機体が反転した。

 なるほど、衝突の瞬間に重力を極限まであげることで、セイバーの威力を数倍に増したわけか。

 先ほど以上に無様な隙を見せる俺に、アルベルトが容赦ない一撃を振るってくる。

 慌ててブースターを全開にし、なんとか距離を開けて被害を最小限に食い止めるものの、代償は高くついた。


「どうしたのですか? 大きな口を叩いてた割には私の動きについてこれないようですが?」


「うっせぇよ。思ってたよりノロマだから面食らってるだけだ」


「ははっ。そうでしたか。それはすまなかったね。私はてっきり重力変化への対応に梃子摺っているものだとばかり思っていたよ」


 うぬぬっ。ああ、悔しいが、その通りだよっ。

 

 こちらの当初の目論みはこうだ。

 まず香住が開発した小型重力装置を常に発動させた状態にしておく。

 重力は俺が問題なく動けるレベル。そしてアルベルトが変化させる重力に合わせて、こちらの装置の出力も変化する。そうやって常にこちらの重力を一定にするための特訓を十分に積んできたつもりだ。

 しかし、上手く対応出来たのは、ヤツが重力装置を発動させて射撃してきた最初の攻撃のみ。

 アレだってアルベルトは全然本気ではなかった。

 事実、ヤツが本気を出して一回の攻撃に何度も重力を変化させるようになってきてからは、俺は致命傷を避けるのが精一杯になってしまった。


 やはり重力操作ではアルベルトの方が数枚上手だ。

 この数ヶ月で猛特訓をしてきたとはいえ、アルベルトはそれをずっと前からやってきていた。そう簡単にこの差は埋まらない。


 ならば、どうする? 諦めるか?


「おい、アルベルト! お前の耳は節穴か? 俺はお前の動きが遅すぎて退屈してるって言ってんだろーがっ!」


 諦める? ンなわけあるかっ!

 俺は美織みたいな天才肌じゃないし、レンみたいな才能もない。

 だけど昔から「負けず嫌い」って事に関してだけは、そのふたりからも折り紙つきをもらってるんだ。今は無理でも、いつかは必ず追いつき、追い越してみせる! それで子供の頃からやってきてんだよ。今更諦めるなんて選択肢なんて俺にはないっ!


「もっと本気でかかってきやがれ!」


 だから俺はアルベルトを挑発する。

 今はまだ敵わない。だけど、この先もそうとは限らない。

 確かにアルベルトを想定しての訓練だけでは、とても追いつけなかった。

 ならば実戦の中で追いつくしかない。

 いくら手酷くやられても、最後に追いつき、追い越せばいいんだ!




『ああーっと! 東京ゴリンピックGスポーツ決勝最終戦は、やはり一方的な展開になってしまったーー!』


 実況アナウンサーの声がどこか遠くから聞こえる……そんな感覚に陥っていた。

 いや、アナウンサーの声だけじゃない。

 観客の声援も、通信で入ってくる美織たちの応援も、まるで遠くを走り去るパトカーのサイレンのように朧気で、現実感がない。


 ふと視線をそらしてみると、それは視覚も同じだったようで、ピントが合わなくてぼやけていたり、なんだかどれも形がひしゃげて見えていた。


「ふふふ、たいしたものです、QB。ここまでやるとは正直思ってもいなかった」


 ただ、そんな中でひとつだけはっきりと聞こえ、明瞭に姿を捕らえる事が出来るものがある。

 アルベルトだ。

 俺をもてあそんで楽しそうなヤツの声。

 俺を撃墜しようとめまぐるしく重力を変えて翻弄してくるヤツの姿。

 その言葉、その一挙一動だけに俺は意識を集中し、反撃する余裕もなくただひたすらアルベルトの攻撃に耐え続けた。

 

 戦闘開始からどれだけ経ったのだろう?

 分からない。まだ数分しか経っていないようにも思えるし、もう何時間も戦っているようにも感じる。


 だが、確実にヤツの動きに対応出来つつあるのは感じていた。


 頻繁な重力操作にはまだついていけないが、戦っているうちにあまり完璧に合わせようとしない方がいいと分かった。

 極端な変化にはさすがにこちらも調整が必要だが、そうじゃないのなら装置に頼らず自分の感覚で対応した方がいい。これに気付いてから大きく体勢を崩されることがなくなった。

 

 しかし、それでもアルベルトの様子にはまだ余裕がある。

 そりゃそうだろう、ヤツにはまだ切り札が残っている。

 海原アキラが言っていた。アルベルトはいざとなれば時間を止める、と。

 そしてその中でアルベルトだけが動くことが出来るのだ、と。


「ですが、そろそろ飽きてきましたね。いい加減、終わりにしましょうか」


 言うやいなや、空間がこれまでにないほどに大きな軋みをあげた。

 と、同時に金縛りにあったかのように機体がぴくりとも動かなくなる。

 なんという重力。アルベルトの重力装置の最大出力と見て間違いないだろう。

 しかし、これだけの重力下ではアルベルトだって動けるはずが……。


「なっ!?」


 俄かには信じられないものを見た。

 アルベルトの操る機体が、いつもよりゆっくりではあるものの、こちらへと確実に向かってきている。

 いや、それどころかビームセイバーを握る動作すら行っている。


「どうして私が動けるのか、って顔をしているね、QB」


 アルベルトから通信が入った。


「はっはっは、簡単なことだよ。人間ってものは意外と丈夫に出来ていてね。どんなに劣悪な環境であっても順応してしまう者はいるんだよ」


「海原アキラから同じような話を聞いたことがある。環境の変化に順応出来るものだけが生き残る、と。つまりお前は――」


「そういうことだ。私は長い時間をかけて、この超重力下においても動作が出来るように訓練されている。君たちが動くことすら出来ず、時間さえも止まったように感じるこの中で、私だけが動ける。そう、これが」


 私だけの世界だ、とアルベルトは両腕を大きく広げた。

 右手にはビームセイバー。

 左手には拳銃。

 それぞれごく普通の武器だが、動けない機体を倒すには十分すぎるほどの戦力だ。


「この世界を見ることが出来たのは、そうはいない。それは堂々と誇ってもいいことだよ、QB」


 そしてアルベルトは目の前にまで近づくと、左手の拳銃を俺の機体の顔へと押し当てた。


「もっとも優勝するのはこの私と、我が合衆国だがね」


 アルベルトしか動くことが許されない世界に、一発の銃声が鳴り響いた。

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