第五十話 地獄の始まり
「香住をパートナーに、だって!?」
アルベルトの言葉に咄嗟に頭の中に浮かんだのは、先日のスーパー銭湯で見た香住の裸体だった。
男のくせに無駄毛ひとつない白い肌が湯で仄かに赤らみ、普段でも女性と間違えそうになる華奢な体つきは裸になるとますますその有り得ない曲線が明らかになり、サウナでかいた汗が滴り落ちる薄い胸元、湯船から立ち上がる柔らかそうなお尻と、親友にも関わらず思わず変な気持ちに……
「って、ダメだダメだ! 香住をお前の性の捌け口になんか絶対にさせないぞ!」
「さっきから公共の場で何を言っているんだい、君は? 今回賭けるパートナーとは勿論、仕事上での関係ということだよ」
「へ?」
「ヒルが目をかける司君のプログラミング能力は私も高く買っていてね。『AOA』でも彼が
アルベルトが全てお見通しとばかりに「くっくっく」と笑いを堪えながら言った。
「お前、まさか香住が俺に何を作ったのか気付いていたのか!?」
「勿論。準決勝で君が攻撃を躱され、反撃を受けそうになるシーンを見てピンと来たよ」
言われて思い出す。
そうだ、あの時、俺は確かに一瞬だけその力を使った。
でも、まさかアレだけで見当がついてしまうとは……なるほど、どうやら香住が言っていたのは本当らしい。
「そうか、やっぱりあんたも」
「ええ。もっとも私のはヒルが開発したものだけどね」
そう言ってアルベルトが俄かにその出力を上げる。
ギシッと何かが軋むような音が一瞬聞こえただけで、あとは何も変わらない、ように周りには見えるだろう。
「さぁ、お互い似たもの同士、どちらがこの世界で優れているか試してみようではないですか!?」
アルベルトが急接近し、ビームセイバーを一閃してきた。
なんてことはない、ごく普通の攻撃だ。
しかし、
「ぐっ!」
にもかかわらず、アルベルトのビームセイバーは回避しようとする俺の胸元をわずかにかすった。
軽い振動が両手のデバイスから発せられ、操縦桿を握る俺の手の自由を奪おうとする。
そこへいまだビームセイバーを薙ぎ払った姿勢のまま、アルベルトが腰から拳銃を抜くと俺の胸部目掛けて撃ちこんできた。
そして再び空間がぎしりと音を立て、操縦桿の重さが跳ね上がる。
その一連の動作にはまるで無駄がなく、驚くほど俊敏で、信じられないぐらい正確。
躱せない。
この置かれた状況下でこれほどの速さと正確性を兼ね備えた攻撃を躱せるはずがない。
だから俺がやるべきことはただひとつ。
こちらも状況を変えてしまうのだ。
アルベルトが今、俺の目の前でやってみせたように――。
シュウウウウウ!
装置の出力を弄った。空気が抜けるような音を立て、少しだけ操縦桿が軽くなる。
「ぬおおおおおおっっっ!」
雄叫びをあげ、それでもまだ重い操縦桿を思い切りひっぱると、俺の機体はまるで亀の歩みのようにゆっくり動き出して、ナメクジのように空中を這う弾丸を躱し始めた。
「ははっ、お見事。今のを躱せるほどに使いこなしているとは驚きだ」
私でもその域に達するには相当な時間を費やしたものだがね、とアルベルトが拍手しながら賛辞の言葉を述べるものの、そこにはいまだたっぷり余裕がある。
「へっ、これぐらいどうってことないぜ」
対して俺は軽口を叩きながらも、内心ではこれから始まであろう地獄に心を砕かれないようただひたすら耐え忍んでいた。
☆ ☆ ☆
『AOA』の絶対王者・アルベルト。
武器も、機体も、装甲も、さほど特徴的なものを使わないオールラウンダーなこの男の強さを、香住は「アルベルトさんは重力を操るんだよ」と言った。
ヒルの庇護の下、アメリカの大学に通いながら『AOA』の開発に携わっている香住は、アルベルトの動きを見てどこか違和感を覚えていたらしい。
違和感の原因を解明すべく密かにデータを集めた香住。辿り着いた結論は、試合中にアルベルトは重力を操っているというものだった。
「と言っても、そういう武器とかじゃなくて、例えば重力発生装置の小型化したものを機体に埋め込み、試合中の状況によって出力を使い分けてるんじゃないかなって思ったんだ」
試合中に余計な重力を自分に課す。それだけ聞くと何のメリットもないように思えるかもしれない。
だが、それが周囲にも影響を及ぼすとなると話は別だ。
しかもただ一定の重力がかかるだけではない。
アルベルトは戦況によって重力を変える。
例えば敵に近付く時は装置を切って身軽になり、逆に敵を銃撃した後には出力を上げて相手の動きを鈍らせる。しかもそれがあまりにスムーズなものだから、敵はアルベルトと対峙するとまるで自分が蛇に睨まれたカエルのように精神的に追い込まれて、自分の動きが鈍ってしまうのだと錯覚してしまうほどだ。
なんでも海原アキラはこれに気付いていたらしい。
しかし、いくら既存の重力発生装置を使って特訓をしても、試合中、自由自在に重力を変えるアルベルトに抗うことは敵わなかった。
海原アキラ曰く、この世の中は環境の変化に適応出来る種だけが生き残るそうだが、『AOA』の戦いにおいても同じことが言えるのだそうな。
だからアルベルトに対抗するには、ヤツと同じような装置を使って慣れるしかない。
「だからね、僕も試しに似たようなのを作ってみたんだよ、ほら」
そしてそんなとんでもない装置を香住がノートパソコンでみんなに見せてきたのは、国内最終予選を終えて数日後のことだった。
本番に向けて各自がどのようにパワーアップしていくべきかと話し合う中で香住は注意すべきライバルとしてアルベルトの名前を挙げ、その強さの秘密を解き明かしてみせた上に同じようなものまで作ってみせて、俺たちを唖然とさせた。
「これを使いこなせば、いざアルベルトさんと戦う事になった時に対等に戦えると思うんだけど、どうかな?」
「どうかな? って凄いじゃないか! これでアルベルトに勝てるかもしれないぞ!」
「うん。だけどね、ひとつ問題があるんだ……」
「問題? いったいどういう?」
「使いこなすのは相当難しくて、時間がかなりかかると思うんだ。僕も試してみたけど、全然無理だった。多分今から練習しても
「なるほど。でもやってみる価値は絶対にあるぞ。なぁ、みんな!?」
俺はみんなも首を縦に振ってくれると思って同意を求める。
すると連中はにっこり笑うと、みんなで俺を指差してこう言いやがった。
「「「オッケー! じゃあそれは九尾が使うのに決定!」」」
かくして地獄のような日々が始まった。
最初は重力装置をオンにして普通に戦闘をこなすところから始めたが、まずこれがとんでもなく難しい。
しかも香住が作った小型重力発生装置はアルベルトが使っているものとは違い、いくら出力を上げてもその重力は自分にしかかからなかった。
つまり俺にだけ余計な重力がかかって遅くなる。
おかげでこちらのもっさりとした動きの攻撃は当然当たらないわ、逆に攻撃されて躱そうにも操縦桿は重いわ、やっぱり動きはトロいわでなかなか上手くいかなかった。
最初のうちはCPU相手にすらも難儀するほどだった。
それが少しずつ馴れてきて、どうすればこちらの攻撃が当たるのか、どう動けば敵の攻撃を最小の動きで躱すことが出来るのかを感覚的に身についたのを見計らったところで、第二段階、装置のオンオフと出力の上げ下げに踏み切った。
アルベルトが重力を自由自在に変えてくるのなら、こちらもそれに対応しなくてはいけない。当然の対策だ。
しかし、これがまたとんでもなく難しかった。
重力が変わるということは、同じ操作をしても重力の違いでスピードがまるで違う。しかも状況によって頻繁に調整しなくてはならないのだから、慣れないうちは酔いまくった。
おまけに香住の開発した装置は周りに影響を与えることが出来ない代わりに、アルベルトのにはない、ある秘密兵器が備わっている。
この取り扱いもまた難儀を極めて、胃の中のものを全部吐き出したくなるような苦痛を味わった。
訓練中、何度も辞めたいと思った。
東京ゴリンピック開催を迎えてもまだ完璧に使いこなせず、無様を見せることにもなった。
それでも苦痛に耐え、非難を甘んじて受けたのは、すべては東京ゴリンピックで優勝するため。
今、ここでアルベルトを倒すためだ。
打倒アルベルトの秘策も香住と一緒に練ってきている。
だけど、その為にはまずアルベルトの世界を覗き込む必要があった――。
☆ ☆ ☆
「はっはっは。どうやらこの試合、私はかなり楽しむことが出来そうですよ、QB」
アルベルトが再び重力を操り始めて俺に迫る。
さぁ、地獄の始まりだ。
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