第四十五話 化け物
「や……やめろ」
レンの右手に摘まれた
「やめるわけないだろ。てか、正体はもうバレてんだ。てめぇこそその鬱陶しいノイズボイスをやめやがれ!」
言いながら、レンはぷちっと幽霊を握りつぶした。
破壊された右腕はもうまともに動かないものの、たかだか数十センチの超小型機体を握り潰すぐらいなら問題ない。
かくしてこの瞬間、決勝第二試合はレンの勝利、となったわけだが――。
「けど、機体がこのザマじゃ次の試合には出れねぇな。悪いがここでリタイアだ」
喰らったダメージはあまりに大きく、レンも試合続行不可能となった。
「あとは頼んだぜ」
「おう、任せとけって」
実際には出来ないから、心の中でハイタッチ。
黛さんの分、そしてレンの分と、その想いを受け継いで俺たちの戦いはまだまだ続く。
「ほぉ。煙が晴れたかと思えば、次はこういう趣向で来よったか」
爺さんが言うように、煙が次第に薄らいでいく。
そしてベールの向こうにはいつしかカウボーイ・ジョー戦の時とはうって変わって、なにやら色彩豊かで華やかな世界が広がっていた。
童話に出てくるような、真っ白い西洋の城。
蛇のようにぐねぐねと曲がり、上下し、輪を作る鋼鉄の道。
馬たちの行進は常に間合いを一定にしながら永遠に続けられ、機体よりも遥かに大きな車輪がゆっくりと回転している。
「遊園地、か……こんなのをステージにするようなヤツはあいつしかいないわね」
嬉しそうに呟きながら美織が両手の指でチャクラムを回し始める。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ……それぞれがぶつからないよう器用に回転させながら、速度を見る見るうちに上げていく。
同時にブースターも点火。仄かに赤く染まっていく様子が、いつでも行けると告げていた。
トコトコトコ……。
そんな美織の前へ現れたのは一匹の着ぐるみ……と言えば、一見可愛らしく思えるかもしれない。が、ネコやウサギやクマやネズミなど、様々な動物のパーツをつぎはぎにしたそいつは見るからに作り手の狂気を伺わせる、異常な容姿をしていた。
「ぎゃはははは。ようこそオイラの遊園地へ。今日も死ぬまで楽しんで行ってね!」
言うやいなや着ぐるみがどんどん膨らみ始める。
その膨張ぶりは、俄かに俺たちを緊張させた。
「爆弾の可能性があるぞ! 逃げろ!」
俺は慌ててブースターを吹かし、その場から離れた。
ブースターが巻き上げた熱風でカフェテラスの椅子やテーブルが吹っ飛ぶ。が、そんなのはおかまいなしに十分な距離を取り、さらに念のためにお化け屋敷の建物の影に身を潜めると、顔を覗かして様子を伺った。
自分とは反対方向、アトラクションのコーヒーカップがくるくると回るあたりを爺さんが翔けて行くのが見える。
しかし。
「な、美織! 早く逃げろ!」
思わず怒鳴った。
あろうことか、美織が一歩も退避していなかったからだ。
いや、それどころか今もどんどん膨らんでいく着ぐるみに近付いていく。
やばいぞ、本当に爆弾だったら、あの位置ではいきなり致命傷だ。
「ったく、うるさいわよ、QB!」
だと言うのに美織は俺の忠告を一蹴すると、
「
大きく右足を振りかぶって、まるでボールみたいにまん丸に膨れ上がった着ぐるみを文字通り空高くへと蹴り上げてしまった。
ぽーんと、まるでビーチボールのように空中へ蹴り飛ばされる着ぐるみ。
一瞬肝を冷やしたが、爆発しないところを見るとどうやら爆弾ではなかったらしい。
と、ほっとしたのも束の間。
ぱーん!
大きな音と共に着ぐるみが破裂した。
案の定、爆風などは起きないところをみると、やはり爆弾ではない。
が、かと言って単なる悪戯でもなかった。
破裂と同時に着ぐるみから飛び出し、一斉に美織目掛けて襲い掛かってくるそれは――
「な!? チャクラム!?」
そう、美織が得物として使うチャクラム。それと全く同じものが、美織へと一直線に襲いかかってくる。
「ふん。やっぱりそう来たか。ってことは」
対して美織はブースターを噴かし、その場からジャンプして宙へと逃れた。
その選択に違和感を覚えるのは俺だけだろうか。
確かに着ぐるみの中からチャクラムが襲いかかってくるのは不意を突かれた。が、所詮はまっすぐに飛んでくるだけのもの。もちろん、躱すのは悪い選択肢ではないが、強気が信条の美織ならばここは手持ちのチャクラムであっさり撃ち落し、すかさず反撃に転じそうなもんだ。
何故に回避を選んだのか?
あ、もしかしたらこのチャクラムにこそ爆弾を仕込んで――
「えっ!? ええっ!?」
だけどそんな俺の憶測は驚きと共に覆される。
美織に襲い掛かるもあっさり躱されたチャラクム。ターゲットを仕留め損ね、虚しく地面に突き刺さるかと思いきや、いきなり方向を転換して逃れたはずの美織を追跡し始めたのだ。
本来なら有り得ないこの動き。だけど、俺たちはこんな動きをするチャクラムをよく知っている。
「ぎゃはははははは! いいなー、いいなー、この武器! 美織、こんなのを考えつくなんてホント天才だなお前はぎゃはははははは!」
美織に襲い掛かるチャクラムによーく目を凝らしてみる、やはり細い電磁糸が見える。
その糸の先に視線を向けると……いた、これまた遊園地のアトラクションに負けず劣らず派手な色彩の、ピエロのような恰好をした機体――決勝第三回戦の相手・道化師だ。
美織によれば、こいつは相手が得意とする武器や戦術を敢えて自分も使い、散々弄んだ上に、最後には打ち負かしてしまうと言う。
話を聞かされた時はいまいちその実力のほどがよく分からなかったが、こうして実際に見せられるととんでもない使い手なのを痛感した。
なんせ今、ヤツがしてみせているのは他でもない、あの美織のヨーヨーチャクラム攻撃なのだ。しかも一個ではなく、複数のチャクラムを美織同様指先の細かな動きで完全に制御している。
おそらくは美織だってこれを習得するのに血も滲むような努力をしたはず。それをこの大会の二試合を見ただけで自分のものにしたなんて、とてもじゃないが信じられない。
道化師と戦ったを者は試合後に「もう二度とやりたくない」と言ったらしいが、その気持ちがよく分かった。
「気に入ってくれて何よりだわ。でも、イマイチ当て感が鈍いんじゃない? 仕方ないわね、私が直々に教えてあげる」
しかし美織はそんな道化師にも決して怯まず、むしろほくそ笑むと、相手の追撃を躱しながら指先で回していたチャクラムを全て目標目掛けて投げつけた。
反撃のチャクラム。
が、敵も攻撃の手を緩めようとせず、相変わらず美織は道化師のヨーヨーチャクラムの嵐に晒され続けている。
「ぎゃはははははは! さすがは美織! 相変わらずサイコーにイッちまってるぜ!」
にもかかわらず、美織は相手の猛攻を恐るべき集中力で躱し続けながら、同時にこれまたとんでもない操作精度を要するヨーヨーチャクラムを完璧に操って、道化師を自分と同じ状況へと追い込んだ。
並のプレイヤーなら回避に専念しても躱しきれないだろう。
相当な実力者であっても、あのヨーヨーチャクラムを使いこなすのは難しい。
なのにそのふたつをいとも簡単に同時にやってのける。
あらためて思う、美織はバケモノだ、と。
「ぎゃははははは! サイコー! これ、サイコー! すっげええええ楽しいいいいいいいいイイイイイ!」
だけど俺は悔しさのあまり唇を噛んだ。
そんな美織の神業を、道化師も同じように真似してみせたのだ。
まるでお前が出来るのは自分も出来て当たり前だ、と言わんばかりに。
俺はお前を越えるバケモノだ、と言わんばかりにーー。
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