第四十四話 敵はそこにいる!

「おい、幽霊ファントム!」


 レンが最初の頃と変わらぬ口調で相手へ呼びかけた。


 ただし、状況はあの頃とまるで違う。

 白を基調にして左右に赤い縦線が入るレンの機体。細身でありながらレンの格闘センスによって驚異的な攻撃力を誇るその機体の両足から、今やチロチロと赤い炎と黒い煙が噴き出していた。

 そして。


「これでも襲いかかれるものならやってみやがれ!」


 堂々と言い放つレンの機体の周りを、美織が操るチャクラムが飛び回り、俺も四方八方へビームライフルを撃ちまくる。

 爺さんはよりレンに近付いて、背後からの襲撃をカバーだ。


 そう、この期に及んで俺たちはチームプレイの暴挙に出たのである!


『なんと霧島選手の援護をすべく、日本チームがこの戦いに割って入ったー。これまで一対一の戦いを繰り広げていただけに、これには会場に詰め掛けた日本の大応援団もブーイングだー!』


 アナウンサーの実況通り、会場からは「そこまでして勝ちたいかー」「日本人なら恥を知れ!」などの怒声が飛び交う。

 

 にも関わらず、レンはまるで気にする様子もなく仁王立ち。

 俺は勿論、あの美織ですらもどこか居心地悪そうにしているのに。ホント度胸が据わったヤツだ。


「くっ……くっく……ははっ……はは……ははは」


 そんな俺たちをノイズだらけの中で幽霊ファントムが嗤っていた。


 何をしても無駄だとばかりに。

 俺たちが何人束になってかかろうと、自分の攻撃を防ぐことなんて出来ないとばかりに。


「へん! 笑ってないで攻撃してこいよ! この状況じゃさすがのお前も出来ないんだろ?」


 強気のレンが幽霊を煽る。


 その時だった。

 煙の中から黒い機体が、これまでとは違って何の前触れもなくレンの前に現れる。

 もはやダミーと見破られていることに気付いているのだろう。

 美織のチャクラムの迎撃を受けて輪郭が崩れるのもおかまいなしに、レンの左肩目掛けてビームセイバーを振りかかって来る。


 ズドンッ!


 両足に受けた攻撃とは比べ物にならないぐらいに大きな爆発が起きた。

 それもそのはず。

 幽霊ファントムの攻撃は、レンの黄金の右腕を完全に破壊していた。

 装甲は完全に吹き飛んで中の骨格が剥き出しとなり、幾本のコードが無惨にも引き千切られて火花が飛び散っている。

 あれではもはや正拳突きはおろか、指一本すらまともに動かすことは出来ないだろう。

 

「ははは……はは……無駄…………無駄……だ」


 さらに幽霊ファントムは攻撃の手を緩めない。

 白煙に映し出された黒い機体は今やまともな形すら成していない状態ではあったが、今度はレンの左肩目掛けてビームセイバーを振り下ろす。


「させるかよっ!」


 そこへ俺はビームセイバーに狙いを定めてライフルを放った。


「やったか!?」


 レンの右腕を犠牲にしてまで狙いを絞り込んだんだ。これで当てれなきゃプロゲーマーなんて名乗れない。


「なっ!?」


 しかし、俺の放った閃光は見事ビームセイバーを貫いたものの、これまた機体同様ふにゃりとその姿が霧散し、そして


 ドカンッ!


 レンの左腕は派手な爆発を上げて、その根元から吹き飛ばされてしまった。


 どうやら黒い機体同様、ビームセイバーもまた煙に映し出された映像だったらしい。

 それが分かったのは決して小さくない収穫だ。


「なんてこった……」


 しかしそのために支払った代償は、あまりに大きすぎた。

 レンの両足はまだかろうじて動くが、今回の攻撃で左腕は吹き飛ばされてしまい完全に機能を停止してしまっている。

 右腕にしてもまともな攻撃も出来そうにない。

 かろうじて蹴り技はまだ使えるのかもしれないが、この状態では従来のパワーを発揮するのは期待できないだろう。


 つまり、もはやレンは撃墜されたも同然。

 勝機はゼロに等しい……。


「……………………無様………………」


 幽霊ファントムからのノイズだらけの通信で、その言葉だけが聞き取れて翻訳された。

 と同時に、美織ももはやこれ以上の援護は無意味とばかりにチャクラムを手元に戻し、静謐となった煙の中ではっきりとした輪郭を浮かび上げる黒い機体が、ビームセイバーの剣先をレンの胸元に向けて頭の横で構える。


「………………終わり…………だ」


 あまりに。

 あまりにも一方的な戦いの終わりに誰もが言葉を失う中。


 幽霊ファントムの声だけが響き、黒い機体がもはやまともに動けないレンの機体の胸部へとビームセイバーを突き刺した。

 

 悲鳴は起きなかった。

 歓声もなかった。

 そして――


 爆発音も響かなかった!


「捕まえたぞい」


 代わりに皆が耳にしたのは、レンの後ろに立っていた爺さんの声。

 見ると何かを人差し指と親指で摘み上げていた。


「レン君の言う通り、背中に隠れておったわ」


 そう言って爺さんが俺たちに見せてくれたのは、大きさが二十センチほどの、おそらくは『AOA』史上最も小さい機体……。

 

「こいつが幽霊ファントムの正体じゃな。それからこれが」


 ジタバタと暴れるそいつを、しかし爺さんは軽く指先で弾いて大人しくさせると、その手元からさらに小さな何かを奪い取る。


「ほう、なんとまぁよく出来たモンじゃ。お前たちも見てみぃ」


 言って手渡されたのは、数センチサイズの何かの機械。よく見てみるといくつものボタンがある。


「なにこれ? ボタンがいくつもあるみたいだけど?」


 横で見ていた美織がよく見ようとひょいと摘み上げた。

 おそらくその時にボタンのひとつを誤って押してしまったのだろう。

 いきなり、


 ボンッ!


 レンの機体の腰付近で爆発が起きた。


「な、なによ、一体!?」


「おい、美織。もっと丁寧に扱いやがれ。それ、オレの機体に仕込まれた爆弾の起爆スイッチなんだからよ!」


「起爆スイッチだって!?」


 改めて機械をよく見てみる。

 なるほど、言われてみれば確かに起爆装置に見えなくもない。


「最初の攻撃を受けた時に気付いたんだ。これは何か攻撃を受けて、そのダメージで機体が爆発したんじゃなくて、何か別のもの、例えば機体に仕掛けられた爆弾か何かが爆発したんだってな」


 俺たちからすれば攻撃を受けて爆発するのは一瞬の出来事で、爆発=敵の攻撃を被弾したと認識する。

 が、レンほどの格闘家になるとそうではないらしく、なんでも敵の攻撃による衝撃と、それによる機体の爆発の衝撃の間にはかすかな遅延を感じるらしい。だからこそ幽霊ファントムの攻撃はビームセイバーなどではなく、予め機体に設置された爆弾によるものだと、最初の攻撃で見抜いたのだそうだ。


「とは言え、肝心の敵がどこにいるのか分からねぇ。ただ、オレがどう動くのか分からないのに正確にダミーが攻撃した場所と同じところの爆弾を爆発させるんだから、相当近くにいるはずだ」


 それに加えて敵は一体いつ機体に爆弾を設置したのかを考えてみたところ、レンは幽霊ファントムの正体が光学迷彩を使った超小型機体で、こうしている今も自分の体のあちこちに爆弾を設置するために移動しているのではないかという推測に辿り着いた。


「そう考えて二回目の攻撃の時は、俺の機体に潜む幽霊ファントムの動きを探るのに神経を集中した。そうしたら背中を通って左肩へと移動するヤツの存在に気付いたんだ」


「生身の体じゃあるまいし、そんなもん分かるもんなのか?」


「ああ。『AOA』だと衝撃や重力加速度は手に嵌めたグローブデバイスの反応で表現されるだろう? 攻撃を受けた時に操縦桿が震えたり、ブースターを全開にして移動すると重く感じたりするアレだ」


 レンの説明に俺たちは頷く。

 

「それと同じように機体が受けた何かしらの外的影響は全部グローブデバイスの反応を通じて、プレイヤーに伝えられる。幽霊ファントムがいくら小さくても、本当の幽霊のように重さをなくさない限り、その動きは筒抜けなのさ」


 もっとも幽霊ファントムもそのあたりはよく考えていて、爆破の衝撃に乗じて行動することで存在に気付かせないようにしていたけどな、とレン。

 説明を受けると「なるほど」と理解も出来るが、しかしそんな僅かな振動から身体に潜り込んだ超小型機体の動きを察知するなんて俺には出来そうにない。

 きっと美織も無理だろう。格闘家としても一流であるレンだからこそ出来る神業だ。


「んで、最後は両肩を爆破している間に胸元へ爆弾を設置するだろうなと読んだ。俺が捕まえても良かったんだが、下手に不自然なリアクションをしてバレるのも拙い。だからメッセージを飛ばして、胸元に爆弾をセットし終えて再び背中に隠れたところを爺さんに捕まえてもらったんだ」


 レンの説明に美織と爺さんがなるほどと頷くので、俺も思わずそれに倣いそうになるが……ん、ちょっと待て。


「いや、メッセージってそんなもの一体いつの間に!? 俺たちの会話の中にそんなものは一切なかったぞ!?」


 記憶を隅から隅まで穿り返して探ってみるも、メッセージなんて影も形もナッシング。だとすれば俺を除いたプライベート通信で……って


「はぁ? あんた、何言ってんの?」


 美織が心底呆れたとばかりに声を上げた。


「え?」


「九尾君や、今一度二度目の攻撃を受けた後にレン君の言ったことをよーく思い出してみぃ。なんか変なところがあるじゃろうが」


 え? え、えーと?

 もう一度思い返してみる。


『せからしかっ!』

『なんの意味もねぇよ。ただ、まだオレが戦闘中だってのに辛気臭いこと言ってやがるから思わず出ただけだ!』

『完全にお手上げだ』

『憎たらしいほどに手口が掴めねぇ。まるで狐か狸に化かされているみたいだぜ』

『今のままじゃジリ貧だな。両足をやられて、このままじゃ避けまくるのもキツい。そこでだ』

『ルール違反かもしれねぇが、お前らちょっと手を貸してくれ』


 ……うん、何一つとして幽霊ファントムの正体を示唆するような会話は見当たらない。

 まぁ、変なところと言えばひとつあるっちゃあるが……


「えーと、いきなり『せからしかっ!』って博多弁を使っているところ?」


「そうじゃ。おかしいと思わんか? なんでそこで博多弁なんじゃ、って」


「そりゃあまぁ」


 と言われても、だからどうした、なんですけど……


「あのねぇ、そういう明らかにおかしな言葉が出てきたら、あ、こいつ、なんか暗号でメッセージを伝えようとしてるな、って普通気付くでしょ?」


「……すまん、それは一体どこの世界での普通なんだ?」


 少なくとも二十と少し生きてきた俺の世界に、そんな普通は存在しないんだが?


「しょうがないのぉ。つまりじゃ、レン君は敵の正体に気付いたものの、通信を傍受されている可能性を恐れて、咄嗟に暗号を使ったのじゃ」


「そう。まぁ、暗号って言ってもあまりに幼稚だからバレるんじゃないかとヒヤヒヤしたわ」


「そう言うなよ。時間がなかったから、あんなのしか思いつかなかったんだって」


 美織の叱責にレンが苦笑しつつ弁解するも、俺にはいまだピンと来ない。


「ったくもー、『せなかにいる』、これがレンの送ってきたメッセージよ。どこをどう読んだらそう読めるのかぐらいは自分で考えなさい」


 美織に言われてざっと一分後。

「あー!」と声をあげる俺を見つめる、みんなの機体の顔がなんだかとても冷たく感じたのは気のせいということにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る