第四十三話 ルール違反?
『なんてことだーっ! 霧島レン選手、煙の中から襲いかかってきた相手に決めたはずの突きが躱され、逆に手痛い一撃を喰らってしまったー!』
アナウンサーの悲鳴にも近い実況が会場に響き渡る。
きっとこの戦いを見ている日本人のほとんどが今、アナウンサーと同じ気持ちなんだろうな。
「ふむ。やはりあの黒い機体はダミーじゃったか」
「まぁ普通に考えたらおかしいわよね。姿を本当にくらますつもりなら、機体と煙の色は同じにするはずだもの。それが白煙に黒色の機体ではまるで見つけてくださいといわんばかりじゃない」
「白煙にしているのは、ダミーの姿を煙に投影するためだろうよ。でも、問題はそこじゃない」
もっとも俺たちはこの結果を予め想定していたので慌てたりはしない。
冷静に今見たことから、敵の正体の割り出しにかかる。
「そう、問題は敵がどうやってあんな芸当を可能にしているのか、よ」
「黒い機体は煙に映し出したダミー。でも、実際に敵から攻撃されとる。このからくりが解けないとヤツには勝てんぞ」
「狙撃された、って可能性はないか?」
「無理よ。近くならマズルフラッシュが見えるはずだし、遠くからならそもそも白煙が邪魔して正確に狙えないわ」
「そうなると、やはりあの黒い機体とは別に、ホンモノの機体が近くに潜んでいて攻撃を合わせているってことか」
まぁ普通に考えると、それしか思いつかない。
おそらくこちらこそ煙と同じく白色の機体で同化し、気配を完全に消しているのだろう。
「……と、まぁ、こっちはこんな結論に落ち着いたんだが、実際に攻撃を受けたそっちはどうだ、レン?」
チーム内通信でこの会話を聞いているであろうレンに呼びかける。
「ああ。オレも同じ考えだ。次の襲撃ではその辺りを見極めて反撃しようと思う」
レンは簡潔に受け答えると、集中すべく通信を切った。
その口調にはまだ余裕がある。
俺たちと違って実際に戦い、いきなり左足をやられるというハンデを背負ったというのに、劣勢を一切感じていないようなこの姿勢。レンの精神力の強さには改めて感心させられる。
「くっ……く……くくっ……次は……右……を……おう」
例によってノイズだらけの
と同時に再びレンの前の白煙に黒い影がぼうと浮かび上がる。
影はフェイクだ。それは間違いない。
問題は本体がどこから襲い掛かってくるか、だ。
その答えのヒントは、しかし、影の動きにあった。
「ビームセイバーの軌道から、次は右足を狙っておるぞい!」
爺さんの声に、俺たちは皆、レンの右足周辺に注目する。
影のビームセイバーとレンの右足が重なる時、どこか別の方角から同じ場所への攻撃が繰り出されるはず。いくら本体を煙に紛れて擬態したり、たとえステルス機能を使って姿を消していたとしても、攻撃の瞬間には例えばブースターが噴き出す炎だとか、飛び散る火花の不自然な跳ね返りなどで、その存在を隠し切れないものだ。
必ず正体を見極めてやる。
レンも影が右足へと攻撃を繰り出すのを感知しながらも敢えて避けることなく、ギリギリまで引き寄せてのカウンターを狙っていた。
しかし。
ボンっ!
再び敵の攻撃を受けての爆発が、今度はレンの機体の右足から赤い火花を撒き散らして起こる。
レンは結局カウンターを発動することなく、立ち尽くしていた。
そして。
「……どういうこと?」
「まったく敵の姿が見えなかったぞ」
俺たちもまた敵の正体の見極めに失敗していた。
影のビームセイバーが当たる瞬間、どんな違和感すら見逃すまいと目を見開いていたにも関わらず、そこに第三者の存在らしきものを何一つとして見つけることができなかったのだ。
「ふむ。どうやらワシらの考えは間違っていたようじゃな」
「間違っていたって、だったら他にどうすればあんなことが出来るのよっ!?」
「分からん。じゃがあの黒い機体はダミーではあるものの、同時にちゃんと攻撃力を持っているのは確かなようじゃ」
「そんな馬鹿なっ! アレは所詮、煙に姿を投影しただけのもの。それが攻撃力を持っているなんて、オカルトか何かですかっ!」
それではまさしくヒョードーが主張していた幽霊そのものだ。
それを受けて俺たちはヤツを
とんでもなくリアルとは言えども『AOA』はゲーム。ゲームの中に幽霊なんてものが存在するなんて考えられない。
「あ、そうだ。美織のチャクラムみたいに電磁糸でビームセイバーを遠くから操っているってのはどうだ?」
「無理よ。ダミー機体の動きに合わせてビームセイバーの動きを糸で操るなんて有り得ない」
だよな。さすがにそれは無茶すぎる。
となると、他に考えられるのは……。
「世間に公表されていない新兵器……じゃろうな」
爺さんがぽつりと、その可能性を告げる。
「『AOA』の自由度の高さは折り紙つきじゃ。制限こそあるが、プレイヤー次第で様々な武器が今こうしている間にも世界中で作られておる。その中にはこやつみたいにワシらが想像もつかんような武器もあるじゃろう」
「でも、さすがにこいつはルール違反じゃないッスか?」
なんせ機体を相手の前に晒すことなく、接近戦が出来てしまうのだ。
こんなの、普通に考えてバランスブレイカーも甚だしい。
「いーえ、さすがにそれは考えにくいわ。確かに向こうにはメイン開発者のヒルがいる。とは言え世界が注目するゴリンピックで、堂々とルール違反をしてくるようなヤツじゃない」
「そうじゃな、運営も認めているということは、相手さんがやっているのは正当なルールに則っておるのじゃろう」
「……つまりアレにはやはり何かカラクリがあると?」
俺の問い掛けにふたりは無言で答える。
それはふたりをもってしても、そのカラクリが未だ分からない、ということを意味していた。
「せからしかっ!」
そこへレンからの通信が割り込んできた。
「って、なんで急に博多弁!?」
「なんの意味もねぇよ。ただ、まだオレが戦闘中だってのに辛気臭いこと言ってやがるから思わず出ただけだ!」
なんだそりゃ? レンって九州の出身だったっけか?
「それよりもレン、実際に戦っているあんたなら何か相手の尻尾ぐらい掴めてないの?」
「完全にお手上げだ」
「マジで?」
「憎たらしいほどに手口が掴めねぇ。まるで狐か狸に化かされているみたいだぜ」
「さすがにこれは想定外じゃのぅ。二回も攻撃を受ければある程度敵の正体は見破れると思っておったのじゃが」
「今のままじゃジリ貧だな。両足をやられて、このままじゃ避けまくるのもキツい。そこでだ」
レンがひとつ息を吐きながら、その想いを口にする。
「ルール違反かもしれねぇが、お前らちょっと手を貸してくれ」
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