第四十二話 どっからでもかかってきやがれ

 ついに始まった東京ゴリンピックGスポーツ決勝。

 その初戦となった黛さんとカウボーイ・ジョーの戦いは相打ちになった。

 勝機もある展開だったが、まぁ仕方がない。

 むしろ形勢不利な状況から、たったひとつのチャンスでよくあそこまで巻き返したものだ。


 お疲れ様でした、と本来なら労いの言葉のひとつでもかけるのが普通だろう。


「ん? 煙が出てきた……?」


 でも、今はまだ試合の真っ最中。死闘の余韻に浸るどころか、言葉を交わす暇さえも与えないとばかりに次なる戦いが俺たちを無理矢理引きずり込んでくる。


「ってことは次はあいつだな」


 さっきまで砂埃を巻き上げていた風がいつのまにか止まっていた。

 代わりにどこからか白煙が立ち込めてきて、周りをたちまち白く塗り替えていく。

 

 その様子にレンがパシンと右手の拳を左手の掌に打ちつけると数歩前へ出て、虚空に向かって人差し指を突き出して吠えた。


「おい、幽霊ファントム。てめぇの相手はこのオレだ! どっからでもかかってきやがれ!」


「……」


 返事はない。

 虚しくレンの言葉が煙の中へと吸い込まれていく。


「無視かよ。ったく、白けさせる野郎だぜ」


「いやいや、相手は隠密を得意とするヤツなんでしょ。だったら返事なんてするわけないじゃない」


「それが兵藤との戦闘を見るとそうでもねぇんだ。実際――」


 パンッ! パンッ!


 そこへ二発の銃声が割り込み、レンの数歩先の地面で火花が飛び散った。


「ほらな。結構自己主張が激しいんだよ、こいつ」

 

 お互いの姿が見えない中、外れはしたものの近くを狙撃された。にもかかわらず、レンの声はどこか楽しそうだ。


 試合前に聞いたところ、結局敵の正体は分からずじまいだと言う。

 それでもレンは「まぁ実際に手合わせする中で正体を突き止めてやるさ」と、ヒョードーに助けを求めた時とは違って、気持ちを前向きに切り替えていた。

 その姿はノープランでやけっぱちになっていると見えなくもない。

 が。


「おいおい、射撃なんかじゃなくて、お得意の接近戦で来いよ。兵藤に掴ませなかったお前の正体、俺の拳が打ち砕いてやるからよッ!」


 煙の中の見えない敵に向かって挑発の言葉を投げかけるレンの姿には虚勢も自棄も感じられない、強敵との戦いに心躍らせるいつもの彼女そのものだった。


「くっ……くっく……」


 そんなレンの挑発に反応して、しゃがれた笑い声が聞こえてくる。


「我を打ち……だと……。すでに……我が術中に……おる……愚……ヤツよ……」


 声にノイズが入りまくって聞き取りにくく、翻訳も穴だらけ。

 ヒョードーが幽霊と語ったように、どこかこの世ならざるところから話しかけられているような錯覚すら覚える。

 

「おも……しろい。……やれ……ものな……って……いい」


 ますまずノイズが酷く、メッセージが不明瞭なものとなる。

 が、たとえ欠片であったとしても、そこに込められた殺意は十分こちらに伝わってきた。

 どうやらレンが投げ入れた餌は功を奏したらしい。

 幽霊ファントムは仕掛けてくるつもりだ。

 あとはレンが上手く吊り上げることができるかどうか――。


「ワシらもレン君の近くに移動するぞい」


「お爺ちゃん、まさか加勢するつもり?」


 爺さんの提言に、美織が「野暮なことはしないでよ」とクギを刺す。


「阿呆抜かせ。ここにいては煙が邪魔でレン君たちの戦いがよく見えんじゃろうが」


 そう言いながらもレンの背後近くに陣取って奇襲を牽制しようとするあたり、少しでも戦いを援護しようとする爺さんの目論見が分かる。

 だから俺は左側へ、美織も「仕方ないわね」とレンの右側へと陣取った。


「へへっ。すまねぇな、みんな」


「なんだ、レンのことだから『余計なことはするんじゃねぇ』って文句を言うもんだとばかり思ってたわ」


「まぁな。でも、今回は相手が相手なだけに正直助かるっ!」


 後ろと左右に俺たちという目を得たことで、前方に集中出来るようになったレンはひとつ大きく息を吐くと、ゆっくりと左手と左足を前へ、右足を引いて、右手をかすかに沈み込んだ腰のあたりに構えた。


 右手の正拳突きによる一撃必殺の構えだ。

 

『AOA』の腕の動きはデバイスをつけたプレイヤーと同調しているので、パンチは簡単だと思われるかもしれない。

 が、ただ敵を殴るのではなく、ダメージを与えるほどの攻撃力を出そうと思うと話はそう簡単ではなくなってくる。

 実際の突きが下半身の動きと連動することで威力を出すのと同じように、『AOA』でも下半身のブースターやクラスターの制御が必要不可欠。これが想像以上に難しく、常人ではかなりの練習が必要となる。

 だから武器そのものに攻撃力があり、扱いも簡単なビームセイバーに多くの人が頼るのは当然の選択だろう。


 それ故に『AOA』では無手というスタイルは珍しく、滅多に見ることは出来ない。

 ましてや今のレンほど洗練された構えを、俺は見たことがない。

 近付いたら最後、どんなヤツでも手痛い一撃を絶対喰らってしまうイメージが頭の中に浮かぶ。こんなレンに接近戦を挑むなんて、それはただの無謀――


「来るわっ!」


 突然美織が鋭く、一言叫んだ。

 言われるまでもなく、レンの前方に黒い影がぼんやり浮かぶのが見える。

 そして急速にその色を濃くしていくと、煙の中から漆黒の機体が飛び出してきた。

 敵の右手に握られた青白く光るビームセイバーが、レンの左足めがけて振り下ろされる。


 しかし、その攻撃よりも遥かに早く、レンの右正拳突きが相手機体を吹き飛ばし、大ダメージを与える……

 はずだった。


「なっ!?」


 ところが次の瞬間、敵の機体がまるで煙のようにふわりと霧散した。

 まさしく煙を殴りつけるように虚しく空振りするレンの正拳突き。

 それは最後まで敵を掴むことが出来ずに敗退したヒョードーの姿と同じで――。


 ボンッ!


 そしてこれまた準決勝を再現するかのように、煙の如く消えた相手の攻撃を喰らったレンの左足が爆音と共に火を噴くのだった。

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