第四十一話 侍とは死ぬことと見つけたり
東京ゴリンピックGスポーツ決勝は、黛さんとカウボーイ・ジョーとの戦闘で幕が切って落とされた。
当初の予定では準決勝のように、上手く
まぁ結果的には同じことになったが、こうして仲間が戦っているのを見守る形になるとは予想外だ。
勿論、やろうと思えばふたりの戦いに割って入ることも出来る。
だけど、俺たちにそんな気持ちはこれっぽっちもなかった。
相手がいまだどこに潜んでいるのか分からないこともあるが、一番の理由はやはり二人の戦闘を邪魔したくなかったからだ。
それぐらい二人の間には緊迫した、他者の干渉を許さない雰囲気があった。
中距離を保ちつつ、鞭をしならせて攻撃を仕掛けるカウボーイ・ジョー。
その攻撃に合わせて太刀を振るう黛さん。
お互いに狙うは、相手の得物だ。
カウボーイ・ジョーは様々な部位を目掛けて鞭を振り分けつつ、それらをフェイクに使って黛さんが太刀を握る手元を狙う。
手元に鞭を当て、高圧電流を流し込むことで手の動きを麻痺、太刀を持てなくする腹だろう。
対して黛さんはカウボーイ・ジョーが振るう鞭を斬り落そうと、ひたすらタイミングを計っていた。
電流を流し込まれる前に鞭を切断するのは至難の技だが、黛さんの技術と切れ味抜群の太刀ならばそれも可能だろう。
ただし、相手も警戒する以上、ことは言うほど簡単ではない。
切断しようと振り抜いたものの、相手が察知していて鞭を途中で引き戻したら、大きな隙を作ってしまうからだ。
戦闘とは本来幾つかの有効打を経て、相手を追い込んでいくもの。
だが、ふたりの戦いにその観念は通用しない。有効打がすなわち決定打。わずかなミス、かすかな隙が勝敗を決定付ける。ふたりの足はすでに土俵の俵にかかっている。
「やるじゃないか、サムライガール」
「そちらこそ。なかなかの鞭捌きです」
戦闘開始から十分ほど経過した。
相変わらずふたりの集中力は途切れることなく、隙を作らず、また見つけられずにいた。
それはお互いの技量がほぼ同じであることを意味する。こうなるとどちらが先に集中力を切らすかの根競べになるか、あるいは……。
「だが、俺は君の相手ばかりしているわけにもいかねぇんだ。悪いが、これで終わりにさせてもらうぜ」
カウボーイ・ジョーが後ろ手にもう一本の鞭を取り出し、左右の手に一本ずつ握った。
鞭の二刀流。
単純に二倍になるとは考えにくいが、それでもこれまで以上にカウボーイ・ジョーの攻撃は熾烈なものとなる。
果たして黛さんはこれを凌ぐことができるか……と思っていたら。
「ハイヤー!」
カウボーイ・ジョーは掛け声を上げると、何を考えたのか左右の鞭で周囲の地面を叩き付け始めた。
鞭に弾かれ飛び散る小石と、舞い上がる砂煙。『AOA』の世界はこういうところまでリアルなのはさすがだが、今はそんなことに感心している場合じゃなかった。
カウボーイ・ジョーが鞭を叩きつける度に、砂煙がどんどん濃く、そして範囲を広げていく。
おかげでもはやカウボーイ・ジョーの姿がほとんど見えない。
ただ鞭が叩きつけられる音だけが鳴り響き、ついには砂煙の中に黛さんの機体も飲み込まれた。
『おおーっと、アメリカ代表カウボーイ・ジョー選手の巻き上げた砂煙で、ふたりの姿が見えなくなってしまったー。あの煙の中で一体どんな攻防が繰り広げ――』
その時だった。
実況アナウンサーの声が、ある音にかき消された。
鞭を叩きつける音。
刃が機体を貫く音。
否、そのどちらでもない。
その時、戦場に鳴り響いたのは、これまで完全になりを潜めていた――
『今のは銃声だーっ!』
そう、銃声だった。
そしてアナウンサーの絶叫と同時に、パンッパンッパンッと乾いた銃声の音と、発射する度に銃口から飛び散るマズルフラッシュが煙の中で弾けて光る。
どちらかが砂煙の中で拳銃を使っているのは明らかだった。が、問題はどちらが攻撃をしているか、ということだ。
言うまでもなく、黛さんは拳銃の名手であり、普通に考えるならばこれは黛さんの攻撃と考えるべきだろう。
でも、そう考えながらも素直に納得できない自分がいた。
何故なら、他でもないあの黛さんだからだ。
もしこれが美織ならば納得出来る。
人を出し抜くためにはどんな荒唐無稽な手段でも使う美織だ、銃のひとつやふたつ隠し持っていても全然おかしくない。
黛さんも勿論そういう手を使いはするが、しかし実直な性格がゆえに美織ほどフリーダムじゃない。
その黛さんが『カウボーイにはサムライで対抗する。銃なんて使う必要がない』と言ったのだ。一度口にした事を曲げてまで、相手の虚を突くようなことをするとはとても考えられなかった。
パンッ、パンッ、パンッ!
だが、そうなると今攻撃に晒されているのは黛さんということになる。
あの砂煙で視界が悪い中、しかもマズルフラッシュの光から相手は常に移動して攻撃しているのが分かる。どこから弾が飛んでくるか分からないはずだ。
この状況で果たしてどこまで耐え凌げられるか?
拳銃自体の攻撃力はさほどないが、それでもクリーンヒットされ続けるといつかは撃墜させられる。
それにヒットした部位によっては、動きに多少の支障が出ることもある。
今回はそちらの方が怖い。
いつもならばあまり気にしないようなダメージであったとしても、お互いの力量にほとんど差がなければ、その僅かな負荷が致命傷になることだってある。
頼む! 銃を使っているのは黛さんであってくれ!
願わずにはいられない。
「ふふっ、いいザマだな、サムライガール」
しかし、砂煙が次第に薄らいでいく中、銃を構えている四つ足の機体がぼんやりと見えてくるに至って、俺の願いは叶えられなかったことを知った。
『なんてことだー! カウボーイ・ジョー、卑怯にも銃を使ったぞー!』
アナウンサーの言葉に、たちまち会場からブーイングが巻き起こる。
「へっ。何言ってやがる、俺はカウボーイだぜ。扱う武器には鞭の他に拳銃もあらぁな」
ただこの時まで使う機会がなかっただけだとカウボーイ・ジョー。
口惜しいが、カウボーイ・ジョーの言うことは正しい。
そもそも戦いに卑怯なんてものはない。勝つ為に何だって使う、それが戦闘というものだ。
そこに妙な概念――例えば信念なんてものを持ち込んでも、単なる足枷にしかないことが多い。
そう、例えば今の黛さんのように……。
砂埃が晴れて黛さんの機体が現れる。
撃墜には至っていない。が、ダメージは決して浅くない。
特に太刀の柄を握る右手の肩と、左手の肘部分からは時折火花が舞い散っている。
動きはするだろう。だけど、通常時より稼動速度、正確性において劣るのは間違いない。
「さぁ、サムライガール。さっきの続きと行こうじゃないか!」
そんな黛さんにカウボーイ・ジョーは再び得物を鞭に持ち替えて振るった。
もはやフェイクなんて必要ないとばかりに、正確に黛さんの機体右手を狙って放たれる鞭。
一瞬、黛さんの反応が遅れた。
「なっ!?」
ところが次の瞬間、誰も予想していなかったことが起きた。
黛さんが斜め下から振り上げた太刀がその手から離れて、カウボーイ・ジョーが放った鞭にめがけて飛んでいったのだ。
一瞬、すっぽ抜けたか、と思ったが違う。
その刃を正確に鞭へと向けて飛んでいく太刀は、明らかに狙って放たれたものだ。
つまり、迎撃に間に合わないと見た黛さんは一か八かの大博打に打って出た。
あの太刀の切れ味、そしてこのような状況であっても正確に飛ばせる黛さんの技量あってこそ可能な奇想天外な試み……だが、それ以上に自ら得物を一度手放すという賭けを瞬間的に考えて実行する黛さんの胆力に凄みを感じた。
ただ、
「さすがはサムライガール、まさに『サムライとは死ぬことと見つけたり』の精神だ」
黛さん決死の一撃も残念ながら実を結ばなかった。
この奇策はカウボーイ・ジョーも思いも寄らなかったはずだが、素早く鞭を操り、目標を黛さんの右手から投げ飛ばされた太刀の柄へと切り替えたのだ。
結果、太刀は鞭を切断することなく、逆に絡め取られるという最悪の事態となった。
太刀を失った以上、黛さんに残された武器は最初の奇襲に使った小刀しかない。
きっとアレではカウボーイ・ジョーの鞭を瞬時に切断するなんてことは不可能だろう。
まぁ上手く懐に潜り込み、急所に突き刺せば一発逆転もありえるが、その為にはきっと嵐の如く吹き荒れる鞭に一度も触れることなく接近しなければならない。
言うまでもなく、それはとても絶望的だ。
この状況にさっきまで鳴り響いていた会場のブーイングも悲鳴に変わる。
そんな中、黛さんがぼそっと呟いた。
「違いますよ」
「何が違うんだ?」
黛さんの場違いな一言に、カウボーイ・ジョーが問いかける。
「あなたがさっき言った『侍とは死ぬことと見つけたり』の言葉。どうにも世間的には『死中に活を見い出す』みたいな使い方をしますが、本来の意味はそうではありません」
「そうかい。そりゃあ不勉強で悪かったな。だが」
それがどうしたと、カウボーイ・ジョーが絡め取った太刀を黛さんから遠ざけようと鞭を引き寄せる。
それはカウボーイ・ジョーが勝利をぐっと近寄せた瞬間であり、そして同時に――
「本来は『つまらない勝ち方をするな。勝つなら世間から賞賛されるような勝ち方をしろ』って意味です」
――カウボーイ・ジョーがこの闘いで唯一見せた隙だった。
太刀を絡め取った鞭はその分だけ重さが増し、従来のような軽やかで変幻自在な動きが封じられる。
故にその瞬間を狙い、小刀を構えて懐へと飛び込んでくる黛さんを迎撃するなんて芸当は咄嗟には出来なかった。
思わぬ黛さんの玉砕戦法に、慌てて距離を取ろうとするカウボーイ・ジョー。
が、逃がしはしないと黛さんはジャンプすると、空中で鞭にからめとられた太刀へと手を伸ばし、その鍔へと足をかけ着地した。
深々と大地に突き刺さった太刀と、そこに絡みつく鞭。
もしカウボーイ・ジョーがここでさっきの黛さんみたいな心境に達していれば、鞭を手離して距離を取ることが出来ただろう。
しかし、カウボーイ・ジョーには出来なかった。
鞭は己を勝利に導く相棒であり、それを手放すという事は、即ち勝利を手離すという事と同義だったからだ。
ぴーんと張った鞭を手放せず、動きが封じられたカウボーイ・ジョーの機体に、黛さんの機体が迫る。
そして小刀がカウボーイ・ジョーの急所を貫く刹那、一発の銃声が会場に鳴り響いた。
「ふ、侍の件、ひとつ勉強になったぜ、サムライガール」
「こちらこそ。ところで『死なばもろとも』はカウボーイに伝わる諺ですか?」
「うんにゃ。『ただじゃ死なねぇ』は単に俺のポリシーだよ」
「なるほど。侍のように名誉ある死に方ではありませんが、その死んでも負けないって気持ち、私は嫌いじゃありません」
片や刀で貫かれ。
片や銃弾を受けた、ふたりの機体。
それぞれの攻撃は、お互いの急所を貫いていた。
「お見事です」
「そいつぁ俺のセリフだよ」
そんなやり取りが聞こえる中、興奮が爆発しような大歓声が会場に沸きあがる。
かくして東京ゴリンピックGスポーツ決勝の幕開けとなったふたりの死闘は、相打ちという形で終わりを迎えたのであった。
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