第三十八話 きっと驚きますよ?

 美織と爺さんのハイレベルな練習が繰り広げられる一方、他の連中も勿論決戦に向けての準備に追われていた。


「……んー、ようやくひとつだけ良い手を思いつきました」


 先ほどから黛さんはガッチャンやエイジたちと共に、アメリカチームのひとり『カウボーイ・ジョー』の映像を繰り返し確認していた。


 四つ足に、上半身は人間の体という、まるでギリシア神話のケンタウロスみたいな機体を操り、鞭を振るうというまさにカウボーイスタイルの相手。

 厄介なのは、その鞭捌きと機動力だ。

 防御では銃弾やら斬撃を全て鞭で弾き飛ばし、攻撃に転じては少しでもあの鞭に触れれば最後、電流を流されて動きを止められてしまう。

 かと言って距離を開けて戦おうにも、あの四つ足の機動力であっという間に距離を縮められるのだから、どうしようもない。


「マジっすか? 黛さんパネぇ!」


 準決勝でカウボーイ・ジョーになすすべなくやられたガッチャンが「で、どうするつもりなんスか?」と興味津々に尋ねてくる。


「話すよりも試してみた方が早いでしょう。おふたりとも付き合ってくださいますか?」


 立ち上がる黛さん。その後ろにガッチャンたちふたりも続く。

 長くカウボーイ・ジョー対策が立てられず難航していたが、どうやらようやく突破口が見えたようだ。どんな作戦かは知らないが、黛さんならきっとやってのけるだろう。




「えーと、だからな兵藤、お前の言っていることがさっきからさっぱり分からないんだが」


 対してレンとヒョードーの方はと言うと、こちらは残念ながら話し合いを始めてからいっこうに進展が見られなかった。


「幽霊。アレは絶対ホンモノ」


「んなわけあるかよ!」


「だったら私があいつを掴めなかった理由が分からない。私は絶対にあいつを掴んだ。なのに掴めなかった」


 ヒョードーが悔しそうに下唇を噛み締めながら、準決勝でのヒョードーの戦いを録画した映像を見つめる。

 全体的に白くもやがかかっているのは、相手が煙幕を張ったからだ。

 煙で視界が効かない中、それでもいつもと変わらず、両手を構えて相手の出方を待つヒョードー。落ち着き払って、じっと煙の流れを見つめている。

 と、視界の片隅の煙が不自然な動きを見せると、影がぶわっと広がって黒い機体が斬りかかって来た。


「ふん!」


 しかし、ヒョードーは微塵も動じず、相手の斬り込みに対して一歩前へ出る。

 狙いは敵が剣を振るう腕。

 凶刃が機体を切り裂く前に腕を取って動きを止め、逆にそこから背後へと回って得意の投げ技で仕留める。

 ヒョードーが得意とする一連の動きだ。


「えっ!?」


 ところがヒョードーの伸ばした手が虚しく空を切った。

 敵がヒョードーの反応を察知して引いたのだろうか?

 否。

 その証拠にヒョードーの胸元から激しく火花が飛び散り、爆発が起きる。

 それは敵がヒョードーの魔の手を逃れつつも、その刃でクリティカルな一撃を与えたことに他ならない事実だった。


「何度見ても私はやっぱりあいつを掴めているはずなのに。おかしい」


「そうだな。でも、だからさっきから言ってるだろ、あの黒い機体はダミーで、お前は騙されたんだって」


「だけどそれなら攻撃を受けた理由が説明出来ない」


「んなの、この映像には映っていない場所から攻撃されたに決まってるじゃん」


「だったら私はちゃんと気付く。私はレンと違う」


「なんだと!? お前、それはどういう意味だ?」


「単細胞なレンならそんなちゃっちいトリックでもいいかもしれないけど私には通用しない」

 

「……お前、ガキのくせに本当に口が悪いのな」


 レンが溜息をつきながら、天を仰いだ。


「ということで、アレは幽霊。私が言うのだから間違いない」


 一方、ヒョードーは「幽霊なんかに勝てるはずがない。ご愁傷様」と合掌してみせた。

 いや、それどころか話は終わったとばかり立ち上がろうとしている。


「おおい、ちょっと待てって。相手は幽霊です、だから勝てませんって諦めろって言うのかよ、お前は?」


「そう。人間、諦めなきゃいけない時だってある」


「あのなぁ。だからって諦められるほど人間が出来ちゃいねぇんだよ、俺は」


「レンは馬鹿だから」


「ああもう分かった。馬鹿で結構。だけど、そんな馬鹿がひとりで考えてもいいアイデアなんて出てこないだろ。だからお前も一緒にそんな幽霊みたいなヤツとどうやって戦えばいいか考えてくれよ」


「……面倒くさい」


「お前なぁ」


「じゃあ私からひとつ尋ねる。レンはあの敵は幽霊じゃないと思ってる。でも、だったらアレは一体なんだった? 敵はどうやって掴まれることなく、私を撃破した? 言っとくけど、近くに別の敵がいたとか、遠くから狙撃されたとか、そんなことは私の誇りに賭けて絶対にないと断言する」


 真剣な眼差しでヒョードーはレンに問いかける。

 敵が一体どのような方法を使ってきたのか。

 ヒョードーはそれを一度は幽霊だと断言したが、きっとそれは彼女自身もまるで納得していなかったのだろう。

 ただ、そうだと無理矢理にでも自分に言い聞かせるしか悔しさを沈める方法がなく、これ以上この話をすると言うのは、そんな悔しい過去とさらに向き合わなきゃいけないということだ。

 さっきまでレンが泣き縋るようにしてヒョードーに助言を求めていたが、今この場に限っては逆転していた。

 

「あー、実はな、真相はコレなんじゃないかなって思い浮かんだのがひとつだけある」


「ホントに?」


「ああ。だけどかなり荒唐無稽な話だが、それでもいいか?」


「いい。きっと幽霊よりマシ」


 レンの言葉に、ヒョードーがぐっと身体を乗り出してくる。


「じゃあ話すぞ。お前が受けた攻撃だけどな、実はヘッドセットに仕掛けが施されてあって、何かしらの催眠術にかけられていたんじゃないかと……って、おい、どこ行くんだよ、ヒョードー!」


「真面目に話を聞こうとした私が馬鹿だった。帰る」


「そんな! さっきかなり荒唐無稽な話だって前置きしたじゃねーか!」


「荒唐無稽にもほどがあるわ!」


 かくして決勝に向けた作戦会議どころか、空手家と柔術家のリアルファイトをおっぱじめてしまうふたり。

 まったくやれやれだ。




「さて、QB、俺たちもそろそろやるか」


 美織に勇気を貰い、黛さんに希望を見て、レンたちには……まぁリラックスさせてもらったところで頃合と見たのだろう。

 海原アキラが声を掛けてきた。


「ええ、よろしくお願いします!」


 美織に爺さん、黛さんにガッチャンとエイジ、レンにヒョードーが付いてくれたように、俺にはなんと海原アキラが直々に付いてくれた。

 こんな機会、滅多にない。存分に堪能して、海原アキラの強さを少しでも吸収してやる。

 それに……。


「前の練習試合から果たしてどこまで自分のものにしているのか見せてもらおう」


 おっと、さすが。俺が隠しているアレに気付いているか。


「そうっすね。じゃあまずは手始めにそれからやってみますか」


「それから? ほう、ではまだ何か隠している……そうか、なるほど、だからあのエンジェリックバスターの持ち主を控えに回したのだな?」


 海原アキラが珍しく表情を崩して、ニヤリと笑った。

 まったく参ったね。そこまでお見通しですか。

 でも。


「まぁ、それは後ほどのお楽しみってことで。全て知ってるぞって顔をしてますけど、きっとアレにはあんたも驚きますよ?」


 負けずに笑い返してみせる。

 そう、ここで海原アキラに今出来うる限りの全てを見せる。

 それで勝てなければ、到底あの無双王者・アルベルトに敵うはずがない。


「さぁ、やりますかっ!」

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