第三十七話 道化師
世間一般的にその名前は『昭和経済会の怪物』として知られている。
戦後の焼け野原状態で一から開業し、わずか十年たらずで会社を大企業へと成長させ、日本の高度経済成長期を引っ張った。
しかし、ある日突然、息子に事業を全て託して引退。
以降、世間には全く姿を見せなくなった、のだが……。
「そんな凄い人が社長を辞めてゲームショップを開くって、どんだけゲーム好きなんだよっ!」
あの記者会見が終わった翌日、モニターに映されるバトルを見ながら、美織の爺さんの話を香住から聞かされた俺は思わずツッコミを入れた。
「凄いよね。なんでも会社経営をしていた頃もほとんど寝ないでゲームしていたって言ってたし」
そしてそれを見かねた息子さんに諭されたら「だったらワシ、社長をお前に譲ってゲームを取るわ」と経済界からの引退を決めたらしい。
当時は突然の引退に様々な憶測が流れ飛んだらしいが……こんな真相、きっと誰も思いつかないだろうな。
「で、ゲームショップ・ぱらいそを開いて二十年ほど楽しくやっていたものの、ある日突然、お店をアルバイト達に任せて店頭に出ないようになった……」
「うん。一応持病の悪化がその理由らしい、んだけど……」
「でも、実際はMMORPGにどハマりしていた、と」
ニートだよっ! 完全にダメ人間の行動パターンだよ、それ!
聞けば聞くほど、とても『経済界の怪物』と呼ばれた人のやることじゃない。
ただ、そのMMORPGで香住は美織の爺さんと出会い、そしてぱらいそのアルバイトを持ちかけられたという。
また、時同じくして美織がぱらいそを継ぎ、だらけきったアルバイトたちを追放。新たにメイドゲームショップというわけのわからない業態へと変更し、香住は男の娘として働くことを余儀なくされたのだが、まぁそれはいいとして。
「んでもって、今は完全にぱらいそを美織に任せて、爺さんは自分が経営する老人ホームに引っ込んでいるのか?」
「うん。だけどね、あそこは老人ホームと言うより、ゲーセンって言ったほうがいいと思うよ。なんせ」
続けて香住の口から聞かされる、老人ホームに置かれている筐体の数々に俺は頭がくらくらした。
往年の名作から、最新の稼動機まで。なんだよその老人ホーム、俺も将来、と言わず、今からでも入居したいわっ!
「と言うわけで、今も
香住がその先を口には出さず、ただモニターを苦笑して見つめる。
それは俺も同じだった。
美織のヤツが自信満々に「ヒル・ゲインツにぶつける」と宣言する爺さんの実力がどれほどのものかと香住に話を聞き、そして実際に美織と爺さんが戦っている様子を今モニターで見ているわけだが……。
「ほれ、美織。そんな甘い攻撃じゃ、いつまで経ってもワシにはかすり傷ひとつ与えられんぞい」
「ええい、うっさいっ! おじいちゃんこそ、ちょこまかと逃げ回ってばかりいないで攻撃してきたらどうなのよ?」
「ええんか? そんなかっかしてるところへワシが攻撃したら、ほれ」
「え、ちょ、ちょっと! うわっ、ちょっとタンマー!」
爺さんが美織の操る十個もののヨーヨーチャクラムを信じられないテクニックで躱しまくっていたかと思えば、俄かに銃を取り出して数発打ち込む。
狙いは美織の機体……ではなくて、武器であるチャクラム。
小さく、高速で動き回る標的に、しかし爺さんはこともなさげに見事的中させると、チャクラムは空中で粉々に砕け散った。
それは美織も予想外だったようで、慌てて残ったチャクラムでフォーメーションを立て直そうとするも、攻撃網にかすかな隙が生まれる。
そこへ爺さんが素早く機体を滑り込ませると、美織が電磁糸でチャクラムを呼び戻すよりも早くがら空きの胸元へとビームセイバーを振りぬいた。
信じられない。
あの美織がまるで子供扱い、いや、この場合は孫扱い、とでも言うべきか。
ともかく美織をも完全に手玉に取る手腕を見せられては、もはや爺さんの実力を疑う余地などひとつもない。
「まさに達人の域だな」
ふと近くから声が聞こえたので振り返ってみると、いつの間にか海原アキラが俺たちの背後に立って、同じくモニターを見つめていた。
「達人、か……。シンプルだけどその通り名こそがしっくりくるな、あの爺さんには」
俺たちの世界では往々にして通り名が大袈裟になる傾向にある。
アルベルトの『無双王者』しかり、海原アキラの『古神』しかり。え、俺の『疾風怒濤のナインテール』が一番誇張表現も甚だしいって? やかましいわっ。
「ああ。俺もいつかあの域へと達したいものだ」
ついで零れ出た海原アキラの呟きに俺は驚いて目を見開く。
今でこそプロゲーマーの頂点をアルベルトに奪われてはいるものの、いまだ多くのゲームファンたちから『神』と崇められている海原アキラ。その口から、まさか自分よりも遥かに格上の存在を認める言葉が聞こえるとは思ってもいなかった。
「あの晴笠美織を相手にして、いまだ自分本来の姿を出していない。今の俺にはまだあのよう芸当はとても出来ないよ」
俺の反応を見て意を汲んだのだろう。海原アキラが言葉を付け足してくれると、
「すまなかったな」
なにやら急に謝ってきたので、さらに面食らった。
「なにが?」
「本来なら晴笠さんの相手をするのは、うちのサロのはずだった。が、準決勝で追った精神的ダメージが大きくて、とても勤まりそうにない」
「ああ、そのことか」
そんなの気にするなとばかりに俺は軽く手を振る。
記者会見が終わった後、会場を後にする俺たちに海原アキラたちが声を掛けてきた。
なんでも決勝に向けて協力したいと言う。
アメリカチームと実際に戦い、その強さを身を持って知らされた彼らの協力は願ってもないものだった。
が、彼らの中にサロの姿はなかった。
準決勝が終わった後、サロは海原アキラたちと一言も言葉を交わさず、フラフラと会場から出て行ってしまったらしい。
その話を聞いた時はサロの態度に反感を覚えたが、実際に準決勝でのヤツの戦いを見て気が変った。
サロは気分屋で相手をおちょくり倒しつつ、常に余裕な態度で超絶テクニックを軽々と決めてみせるプレイヤーだ。相手からすればまるで弄ばれているようで、普通の敗北以上に精神的にくる。
しかし、準決勝ではまるっきりその逆を相手にしてやられた。
サロの攻撃はまるで当たらず、代わりに相手が仕掛けてくる馬鹿にしたような攻撃がドツボにハマったかのように被弾する。
最初は面白がっていたサロだったが次第にイラつき始め、言動が乱れる。
代わりに相手の態度は終始一貫していた。
『ぎゃはははは! 間抜けなオマエに俺様ゴキゲン! ハッピーラッキーうっきっきー』
つまりとことん最後まで弄ばれたのである。
これまで自分がやってきたこととは言え、相手にやられたのは初めてだったのだろう。
自分が得意とするスタイルで完膚なきまでにボロボロにされ、サロのプライドはぽっきりと折れた。その傷は昨日の今日で立ち直れるようなものではない。
「まぁ、仕方ないさ。なんせ相手はあの美織すらも
俺は美織から聞かされた話を思い出す。
ヒル・ゲインツに「ゴリンピック用の『AOA』の調整に協力して欲しい」と呼ばれ、アメリカに渡った美織。
あちらでは様々な機体、武器、戦闘ステージなどで、同じように集められた連中と数千回にも及ぶテスト戦闘を行ったらしい。
その中にヤツ――クラウンがいた。
にもかかわらず、美織はこのクラウンとの戦闘を自ら何度も志願したらしい。
理由は単純。
何度対戦しても勝てなかったからだ。
他のプレイヤーの中にはクラウンのやり口にもう二度と相手をしたくないと拒絶したが、美織は負ければ負けるほどクラウンとの戦闘に固執した。
ああでもない、こうでもないと何度も試行錯誤をし、対クラウン戦初勝利を狙う美織。
しかし、美織が強くなればなるほどクラウンも本来の強さを見せ付けるように立ち塞がり、とうとうアメリカを離れる最後まで一度も勝てなかったそうだ。
そんなヤツと決勝で戦わなくてはいけない。
普通なら気後れするところだが、美織は違う。
東京ゴリンピック決勝戦という最高のリベンジの場が与えられ、さらには爺ちゃんという最高のスパーリングパートナーを得て、美織は今、燃えている。
「まぁ、それでも美織ならきっとサロの分もリベンジしてくれるはずさ」
ボコボコにされる美織。
それでも闘志が衰えることなく、立ち向かう美織。
その姿は己の勝利しか見えておらず。
だから美織が敗れる姿なんか、とても想像できない。
美織は勝つ――俺はそう確信した。
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