Round9 アメリカ
第三十五話 大変だ!
「やったな! 香住!」
ヘッドマウントディスプレイと各種デバイスを取りはずし、席から立ち上がった香住に俺は思わず抱きつく。
「うん。上手くいってくれてホッとしたよー」
香住が俺に抱きつかれながら、心底疲れたとばかりに脱力した。
やはり相当に緊張していたみたいだな。
なんかこのまま俺が抱きしめてやらないと、床にばたりと倒れてしまいそうだ。
「とうとう九尾がホモの世界に堕ちたわね」
「まぁ私は昔から時間の問題だと思ってましたけどね」
そんな俺たちを見て、美織と黛さんがこそこそと言い合う。
やめい。なんでこういう感動的なシーンをそういう目で見やがるんだ、お前たちは!
って、言うか。
「おい、美織! 何で本当の作戦のことを俺には内緒にしてたんだよ!?」
ぐったりした香住を支えながら、美織に噛み付く。
最後の茶番劇から見ても、作戦を知らされてなかったのはきっと俺だけ。これは抗議すべきだろう。そして美織は素直にごめんなさいすべきだ。
「だってあんた馬鹿なんだもん」
だというのこれだよ、この唯我独尊ワガママ娘はっ!
「なんだと!」
「作戦っていうのはね、ちょっとでも感づかれたら台無しになるものなのよ。そんな大切なものをあんたに教えられるわけがないでしょう?」
「おい、それじゃあ何か。俺が作戦を知ってたら、べらべらとそれを敵にしゃべっちまうと言うのか?」
「うん」
「……お前、そんな真顔で即答するなよ」
さすがに傷つくじゃないか。
「まぁさすがにそこまで馬鹿にはしてないですよ。でも実際、九尾君はまだまだ甘いところがありますから」
「マジっすか?」
フォローしてくれたつもりだろうが、黛さんの言葉はむしろ俺の心にズキっと来た。
「ええ。国内予選の時の動画を見ました。既に出場を決めている三人の機体もポイントの対象になっていると気付いたのは良かったのですが、その三人を仕留めるのが確実になってないのにベラベラと話したのはいただけません」
「そうね。それで失敗してるんだもん、無様すぎるわ」
「うっ!」
あれを引き合いに出されると辛い。
確かにあの時は俺も調子に乗って、ベラベラと話しちまった。
「……みんな、ちょっと言いすぎですよ?」
そんな俺を擁護する声が間近から聞こえる。
「作戦が上手く行ったのは、ある意味、健太のおかげなんですから」
香住だ。
相変わらずヘロヘロな状態でありながらも、俺を擁護すべく美織たちに異議を申し立てる香住。
いいヤツ!
俺の親友・香住司は本当にいいヤツですっ!
「サンキュー、香住。だけど、俺は別に何もして――」
「ううん。健太がみんなの演技に騙されたおかげで、敵も安心してメガキャノンを放ってきたんだよ。作戦を知らされていたら、ああも上手くはいかなかったよね」
「……」
ああ、そういう意味での「俺のおかげ」ですか……。
プロゲーマーたる俺の腕前は関係ないッスか……。
「それに最後の最後に健太が盾を構えてくれたでしょ? 最終的に僕のエンジェリックバスターがメガキャノンに撃ち勝ったけど、その差はホントに微々たるものだったんだ。もし、健太の盾がメガキャノンの威力を少しでも削いでくれなかったら、もしかしたらダメだったかもしれない」
だから作戦と言っても、本当にギリギリの橋を渡る戦いだったんだよと説明する香住の表情は真剣そのものだ。
おかげで俺はなんだか自分がとても情けなくなった。
相当に危険な賭けを立案して成功させてみせた香住。
対してこれと言って何もしてないくせに、なんで本当の作戦を教えなかったんだといきり立つ俺。
まったく、これじゃあどっちがプロゲーマーなんだか分かんねぇよ。
ええい、分かったよ。もうこの件で怒ったり、落ち込んだりするもんか。
俺たちは勝った。東京ゴリンピックの決勝へと駒を進めた。今はその事実だけで十分。
俺の傷ついた名誉は決勝で挽回すればいい。
「だから健太が果たした役割はとても大きいんだよ。ホント、健太には作戦を知らせないでおこうよって僕の判断は間違ってなかったね」
「って、それまでお前の作戦だったのかよっ!」
てっきり美織が決めたとばかり思っていたのに、まさか親友である香住の作戦だったとは……。
もう怒らない、落ち込まないとさっき言ったばかりだけど、さすがにこれはショックを受けてもいいよな?
「おい、大変だ!」
その時だった。
みんなより一足早くバトルルームから出て、通路で待ち受けている記者たちの質問に受け答えしているはずのレンが乱暴に扉を開けて入ってきた。
勢いのあまり扉がゴンと反対側にぶつかって大きな音を立てる。
「どうしたのよ、レン? そんなに慌てて」
滅多なことでは取り乱すことのないレンの、血相を変えた様子に訝しながら美織が尋ねる。
「……ヒョードーたちが負けた」
レンが苦渋に満ちた表情で、悔しそうにその言葉を搾り出す。
「え? ってことはつまり……」
一瞬、理解が追いつかなくて聞き返したのは、レンがヒョードーの名前を挙げたからだ。
レンにとってヒョードーはライバル。だからそのチームの名を挙げるのに、ヒョードーの名前を使った。
しかしヒョードーはかのチームではナンバー2である。普通、世間一般的にそのチームを言い表す冠選手の名は……。
「ふーん、やっぱり海原アキラたちは負けたのね」
そう、日本を代表するプロゲーマー、この世界のレジェンドたる海原アキラの名前だ。
「そうか……まさか海原アキラたちが……ん、ちょっと待て。美織、今なんて言った? 『やっぱり負けた』って言わなかったか!?」
「言ったわよ。それがどうしたのよ?」
「やっぱりって、ってことはなんだ、お前、海原アキラたちがアメリカチームに負けるって予想してたってことか?」
海原アキラチームの敗北を聞いて慌てて飛び込んできたように、レンは驚いていた。
勿論、俺も海原アキラたちの敗北は俄かには信じられない。
それは黛さんも同じようで、普段のポーカーフェイスにかすかな戸惑いを浮かべている。
そりゃそうだ、相手はプロゲーマーランク世界1位のアルベルト率いるアメリカチームとは言え、予選での戦いぶりを見る限り、チーム力は圧倒的に海原アキラたちの方が上だった。
アルベルトのワンマンチームに対して、海原アキラはヒョードーやサロといった、日本のプロゲーマーのベストメンバーで挑んだ。勝機は贔屓目なしでも、海原アキラたちにあったはずだ。
「そうよ」
だと言うのに、美織はさも当然とばかりに、海原アキラたちの敗北を受け止め、俺の問い掛けにもきっぱり肯定する。
「なんで!? だって、お前、スーパー銭湯で俺が『どっちが勝つと思う?』って訊いたら『海原アキラたちが勝つ』って言ったじゃねーか!?」
「九尾、あんた、自分の勘違いのまま記憶を改竄してるわよ。よく思い出しなさい。私は『チーム力が強い方が勝つ』って答えたはずよ」
「……あ」
言われて記憶を辿ってみれば、確かにそう美織は言っていた。
一言も海原アキラたちが勝つとは言っていない。
でも。
「だけどそれもおかしな話だぞ! 予選で圧倒的なチーム力を見せ付けたのは海原アキラたちの方じゃないか。アメリカチームはアルベルトしか戦っていない」
スーパー銭湯で見たアメリカチームの予選映像ではアルベルトの無双ぶりだけが目立ち、他の連中はただ自軍の旗の周りに陣取っているだけだった。
あの時点ではとてもチーム力なんか測れるはずがない。
それとも何か、アルベルトひとりが海原アキラ日本のトップ5全員分よりも勝っていると言いたいのか、美織は?
「健太、それが勘違いだって、
「……どういう意味だよ、香住?」
思わぬ海原アキラたちの敗北に動揺し、美織に半ば食ってかかるように問い詰める俺を香住が宥めるように横から口を挟んできた。
「確かに海原さんたちは予選で抜群のチーム力を見せ付けたのに対して、アメリカチームはアルベルトさんひとりのワンマンチームに見えたね。だけどそれは彼らの実力を知っている人から見たら、こうも考えられるんだ」
香住が言っていいかとばかりに、美織へ視線を投げかける。
そして美織がこくんと頷くのを見て、言葉を続けた。
「予選ぐらいならアルベルトひとりで十分。他の四人がわざわざ出る必要なんてない、って」
瞬間、ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。
「そんな……アルベルトひとりで十分って、それじゃあまるで残りの連中が――」
「あ、誤解しないで。当人同士が戦っているところは見たことがないから確かなことは言えないんだけど、アルベルトさんがチームリーダーである以上、実力的に他の人たちが上ってことはないと思うよ?」
香住が慌てて俺の想像を否定する。
良かった。まさかこの期に及んで、プロゲーマー世界1位のアルベルトよりもさらに上の奴らが一気に四人も出てきたらどうしようかと思った。
「実際僕らがアメリカチームでアルベルトさん以外で知っているのは一人だけなんだ。でも、その人は……」
しかし、ほっとしたのも束の間。
続いて香住が口にした言葉は、先の海原アキラチーム敗北の知らせよりもずっと信じ難いものだった。
「
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