第三十四話 ごめんなさい
「香住!」
その酷い有様に声をかけずにはいられなかった。
『AOA』はいわゆるバーチャル世界。たとえどんなに機体が傷つけられようが、プレイヤーには何の支障もない。
それでも機体のあちこちをレーザーで焼き付かれ、右足に至っては破壊されて内部の構造が見えてしまっている香住の様子に、思わず本気で心配した。
「ご、ごめん。見つかってやられちゃった……」
弱弱しく香住の声が返ってくる。
真面目な香住のことだ、相当に責任感を感じているのだろう。
「……仕方ないわね。あんたが見つかったってことは、つまり私の作戦は――」
「そう。最初から見破っていた」
黄龍がさも当然とばかりに声を被せてくる。
「卑怯な日本人のやりそうなことなど、私には最初から分かっていた。ふん、お前たちの敗因は、私を、中国を舐めたことだ!」
ついに俺たちの前へ姿を現した黄龍は、香住の機体を投げつけてくる。
慌ててチャクラムの包囲を解く美織。
すると不思議なことに香住の機体は電磁糸をすり抜けて、その内部へ。すなわち俺たちと一緒に電磁糸に囚われてしまった。
「ふん。いいザマだな、日本人たちよ」
黄龍が鼻で笑う。
そして黄龍に近付いた四人のカンフーマスターたちの機体が次々と変形し、その胴体へと合体し始めた。
「せめてもの情けだ。最後は五人纏めてゲームオーバーにしてやろう」
黄龍は「情け」という言葉を使ったが、その行動には微塵も感じない。
むしろこんなボロボロになった香住をその場で撃墜せず、わざわざ連れてきて俺たちと一緒に処刑しようとするあたり、性格の悪さが滲み出ている。
「くそっ! こんな終わり方なんてアリかよっ!」
このメンバーなら絶対優勝出来ると信じていた。
なのに今、突きつけられた現実はあまりに絶望的だった。
まさかここで終わりなのか?
本当にここで終わってしまうのか?
「ちょっとQB、あんた私とポジションを変わりなさい」
「え?」
目の前に刻一刻と迫ってくる終わりの瞬間に呆然としていると、美織が突然そんなことを言ってきた。
「ポジションを変われって、一体どういう?」
「うっさいわねぇ。同じやられるにしても一番はイヤなのよ。それにあんたが盾になれば、私は生き残れるかもしれないじゃない? 私の尊敬するお爺ちゃんの口癖なのよ、『最後まで諦めるな』って」
「はぁ!?」
この期に及んで美織のヤツは一体何を言い出すのか?
そりゃあメガキャノンと言えども機体を何個も破壊するうちにその攻撃力は落ちていくと思う。
だけど、予選で次々とライバルチームを消し去った合体メガキャノンの威力は、たかだか機体数機を盾にしたところで助かるようなチャチなもんじゃなかった。
それは美織はおろか、みんなだって分かっているはずだ。
なのに。
「俺も生き残れる可能性があるなら、それに賭ける!」
美織に引き続き、レンが俺を押しのけて後ろに下がる。
「だったら私もそうしましょう」
おまけにあの冷静沈着で常識人の黛さんまで俺を盾にしようとする。
「オイオイ、お前ら最後になんてみっともない真似をしてるんだよっ!」
思わず叫んだ。
こんな終わり方も受け入れがたいのに、自分が生き残るために仲間を犠牲にしようとするなんて、ゲームの中とはいえ、あまりに情けなかった。
「ちょっ、レン! あんたの機体は頑丈なんだから、あんたも盾になりなさい!」
「やだよ! 美織こそたまには店長らしさを見せて俺たちを庇え!」
「もうあんたは
「だったら私は従業員なので、美織を盾にしてもいいわけですね」
だと言うのに美織たちときたら俺の気持ちなんか知らずに醜い言い争いをしている。
おいおい、もうやめてくれよ。
こんなの、あまりに情けなさすぎる。
「ふん。下劣な日本人らしい、不様な最期だ」
その言葉が合図だったかのように、黄龍の合体メガキャノンの砲台から光の粒子が溢れ始める。
ああ、これで本当に終わった。
国内予選すらも突破できない可能性もあったことを考えれば、なんだかんだでメダルは確保できたのだから十分に健闘したと言えるだろう。
だけどこの終わり方は最悪だ。
とてもじゃないけどこれでは大手のスポンサーとの契約なんて夢のまた夢――。
「QB君、盾を構えてください」
「え? 今更盾を構えたところでメガキャノンは防げないっすよ……」
「いいから構えてください」
俺の後ろについた黛さんから通信が入る。
「そんな無駄なことをしても意味が」
「意味ならあるわ! あんた、本当に私たちが勝負を投げたと思ってるの!?」
そこへ美織の声が割り込んでくる。
「へ? それってどういう……」
「だから、盾を上げなさいって! あとでちゃんと説明してあげるから!」
美織の気迫に押されて電磁糸で縛られる中かろうじて盾を構えることが出来たのと、黄龍が合体メガキャノンを放出するのはほぼ同時だった。
メインモニターが一瞬にして光に包まれる。
同時に様々な計器が異常を知らせるアラートランプを発したかと思うと、メインモニターにゲームオーバーの表示が映し出される。
この間わずか一秒足らず。
さすがは合体メガキャノン、まさに成す術なしだ。
そしてメインモニターにゲームオーバーの文字が浮かび上がると、さっきまでコクピット視点だったカメラアングルが外からの視点へと切り替わる。
団体戦でゲームオーバーになっても引き続き仲間のプレイを見ることが出来るようにと、今回の大会から実装された新機能だ。
「ん?」
その画面に違和感を覚えた。
俺の機体がメガキャノンの前に破壊され、その後ろの黛さんも同様。レンももうすぐ事切れる。
だが、メガキャノンはまだ俺たちの列の一番最後、香住のところにまで達していない。
なのに香住の機体から仄かに謎の光が洩れ出している……。
「司、本当にこれで大丈夫なんでしょうね!?」
「任せてください。僕の計算ではこれでイケます!」
美織と香住の会話が聞こえてきた。
俺には一体ふたりが何を言っているのか全然分からない。
なんだ? 一体何を話しているんだ?
てか、俺に何を隠してやがったんだ、こいつらはっ!
「ったく、あんたもしばらく会わないうちに大胆な作戦を考えるようになったわね」
レンの機体もついに貫かれ、美織の黄金のマシンが燃え始めた。
「えへへ。まぁ、それも店長と三年間一緒に働いたおかげですよ」
「……言ってくれるじゃない。じゃああとは頼むわよ」
美織の機体もついにゲームオーバー。俺たちのチームに残されたのはエンジェリックバスターを失った香住の機体だけ。
「任せてください、この距離なら外しません。行けっ、エンジェリックバスタァァァァァァァー!」
なのに、香住が吠えると同時に、その機体から突然としてビームが放たれた。
「な、なにっ!」
この展開に驚いたのは俺だけではない。
いや、むしろ当事者である分、黄龍の方がずっと驚きが大きかっただろう。
「ば、馬鹿な! なんだそれはっ!」
「ごめんなさい。実は僕、あなたの真似をしたんですよ」
「真似だと!?」
「あなたのメガキャノンのように、僕もエンジェリックバスターを機体の体内に仕込んで、隠していたんですよ」
ふたつの巨大ビームが空中で鬩ぎあう中、香住が大人しい声で大胆なことを言う。
「なんだと!? ではさっき我が折ったデカブツは……」
「ええ、
もっともちょっと出力系をイジって、攻撃力はないものの、見た目ではエンジェリックバスターみたいな攻撃を出来るようにしてますけどね、と香住。
「あなたたちが合体メガキャノンで僕たちをまとめて倒したいように、僕たちにとっても合体したあなたたちは一度に倒せるチャンスでした。だけど、それはあなたたちも分かって警戒するでしょ? だからわざと捕まって、ニセモノのエンジェリックバスターを折らせたんですよ」
なるほど。そうして黄龍が安心して合体メガキャノンを撃たせるのを狙った、ということか。
いや、でも待て。
確か香住はこう言っていた。
『合体メガキャノンはエンジェリックバスター最大出力よりもかすかに上回っている』と。
だが、今、俺の目の前では香住のエンジェリックバスターが合体メガキャノンをじりじりと押し返そうとしている。
「くっ! だ、だが、我の合体メガキャノンは最強だ!」
「そうですね。悔しいけど普通に打ち合ったら僕に勝ち目はありません。だけど、みんなが盾となって威力を削いでくれた今、勝つのば僕たちのほうです」
そしてその瞬間はあっけなく訪れた。
ふたつの巨大ビームの力の均衡が崩れたと思うと、あっという間に片方は光の波動に飲み込まれたのだ。
かくして暴力的な光の奔流が収まった時、宇宙に存在を許されたのは香住の、両腕を銃身として構えた機体だけだった。
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