第三十三話 残念だったな

 香住のエンジェリックバスターで敵の陣形を崩し、中国チームと一対一デュエルに持っていく。


 そんな俺たちの作戦は見事ハマった。

 四人同時攻撃という厄介な連携技を駆使する連中も、こうして分断してしまえば脅威は半減する。となれば、あとは個別撃破で勝利をさらにぐっと引き寄せるだけ……なのだが。


「どうした? 威勢が良かったのは最初だけか?」


「うるせぇ! ええい、そこだっ!」


 俺は今度こそと狙いを定めて、ビームライフルのトリガーを絞る。

 いつも通り、目標ターゲットの動きを予測し、速さをちゃんと計算に入れて撃っているつもりだ。

 なのにさっきから全然当たらない。

 当たったと思ったのに、どれも寸前のところで躱されてしまう。

 もちろんそれも頭に入れて微調整も加えているつもりだが、それでも敵は被弾を許さず、常にこちらの一歩先を行きやがるのだ。


「プロゲーマーと言えど、所詮は下っ端。この程度か」


「なんだと!?」


「我らが黄龍と比べたらおぬしなど幼子同然よ」


 こちらの狙いすましたビームをまたもや躱し、赤い機体が残像を生み出さんばかりの神速の勢いで飛び込んでくる。

 そこへ上手くビームセイバーでカウンターを取ることが出来ればいいのだが、あまりに早い上に得物を抜く暇さえなく、ガードするので精一杯だ。

 もっとも下手にビームセイバーを振り回して出来た隙を狙われ、手痛い攻撃を喰らうよりかはましかもしれないが。


「ははは。亀のように縮こまりおって。そのようなザマではプロゲーマーの名が泣くぞ?」


「うるせぇよ。これも立派な作戦だ!」


 上下左右、ありとあらゆるところから打ち込まれる拳と蹴りのコンビネーションをなんとか耐え凌ぐと、ブースターを吹かして距離を取る。

 そして再び絶望的に当たる気配がない射撃戦へ。

 くっ。想像していたよりもしんどいな。

 チラリとモニターの端に表示されるタイマーを見ると、残り時間は五分を切っていた。

 

「ふん。相変わらず口だけは達者なようだ。が、それもいつまでもつかな」


 俺のビームライフルは相変わらず当たらない。

 反して敵の攻撃はますます早く、鋭さを増して行く。

 そうこうしているうちにどんどん減っていくタイムリミット。

 

 全てはそう――。

 

 俺たちの思い描いた通りに進んでいた。





 そしてついに迎えたゲーム開始から10分後。


「よう、美織。そっちの具合はどうだ?」


「そんなの、見れば分かるでしょ!」


 広い宇宙空間のフィールドで、一度は離れ離れになった俺たちが今こうして邂逅を果たしている。

 恋愛モノとかならきっと感動的なシーンだ。

 でも。


「参ったな。分断した意味がなくなっちまった」


「ええ。まさか私たちの相手をしながら、再び一箇所に集まるよう誘導していたとは思いもしませんでしたね」


 同じように集まった(正確にはだが)レンと黛さんが苦笑する。

 まるで運命のようなめぐり合い。だが、それはすなわち、敵を分断して個別撃破という俺たちの計画が見事破綻したことを意味していた。


「まいったわね。QBはともかく、私たち三人が誰一人として撃ち落せないとは計算外だわ」


「おい、俺はともかくってどういう意味だ!?」


 何度も言うが俺はプロゲーマーで――


「ふたりとも、今は喧嘩している場合じゃありません。来ますよ!」


「しょうがねぇ。向こうが連携で来るなら、こっちも連携プレイで対抗するまでだ。やるぞ!」


 黛さんの戒めで俺たちを取り囲んだ敵へと意識を戻し、レンの呼びかけでそれぞれが得物を構えた。

 阿吽の呼吸で連携を繰り出す相手に対して、俺たちが一体どこまでやれるかは分からない。でもこうなってしまった以上、やるしかないだろう。

 さぁ、どこからでもかかってきやがれ。そう簡単にやられはしないぜ!


「バカめ。今更何をしてももう遅い」


「おぬしらを一箇所に集めた本当の意味が分からぬと見える」


「我らは黄龍様の手足」


「すべては黄龍様の御心のままに」


 だが、こちらの徹底抗戦の構えに対し、敵は四方に散らばったまま襲い掛かかってくることもなく、おもむろに両手を上へと掲げた。

 するとその両手が光り始め、やがて光は一本の線となって、四つの機体を結び始める。

 

「あれは電磁糸かしら?」


「何をするつもりだ?」


 敵の行動に、俺たちは一瞬呆気に取られる。


 それが命取りだった。 

 

 あっと思った時にはもう遅い。

 敵が作り出した電磁糸の輪がそれこそ光の速さで収束する。

 その中心は俺たち。

 すなわち、俺たち四人はあっという間に電磁糸によって縛り付けられてしまった。


「なっ!? ヤバイぞ、動けん」


「くっ! これは見た目とは違い、かなり強烈な締め付けですね」


 懸命に束縛から逃れようと動くが、もがけばもがくほど電磁糸はきつく機体にのめりこんでくる。


「くそっ! 引きちぎることも出来そうにねぇ!」


 俺たちの中では一番パワーのあるレンが電磁糸を引きちぎろうと力をこめるもののビクともしない。

 どうやら完全に捕獲されてしまったようだ。


「なるほど。私たちを一箇所に集めたのは、連携プレイをする為じゃなく」


「黄龍のメガキャノンでまとめてぶっ飛ばすつもりだったんだな!」


 俺たちの様子に「ふふふ」と含み笑いを零す中国チームの連中。

 まったく、ひとりひとりがとんでもないカンフーの使い手であるうえに、息のあった連携プレイもお手のもの。加えてこんな強力な電磁糸を四人がかりとは作り出すとは、無名にもかかわらず大した強敵だ。

 ホント、


「なーんちゃって」


 これで頭まで良かったら、マジで負けてたかもな。


「悪いけど、あんたたちのボス・黄龍は今頃、司が撃ち落そうとしているはずだわ」


 美織が勝ち誇ったように言い放つと同時に、遠くで爆発が起きた。

 絶妙なタイミングに、この絶対的有利な状況にも関わらず、中国チーム四人に動揺が走るのが見える。

 きっと奴らは黄龍が撃ち落されるなんて思ってもいなかったのだろう。


 俺たちの作戦はこうだ。

 まず香住がエンジェリックバスターをぶっ放して、敵を分散させる。

 そして俺たちが個別に戦っている中、香住はメガキャノンを放てるようになるまで隠れている黄龍を見つけ出して狙撃する。

 敵を分断させたのは、四人同時攻撃を回避する意味もあるが、それ以上に香住の邪魔をさせないため。十分間という時間は、黄龍のメガキャノンの準備であると同時に、香住のエンジェリックバスター最大出力での狙撃に要する時間でもあった。


 それにしてもステージが宇宙空間に決まった時は焦った。

 幸いにも小惑星群が適度に散らばっていたので助かったが、もしそれがなければいくら香住と言えども、あの黄龍に悟られることなく狙撃するのは不可能に近かったことだろう。


 もちろん、黄龍を倒したところで、こちらも現状は四人が捕まっている状態だ。

 ここで敵が俺たちに襲い掛かり、全員倒されては、香住ひとりでこの厄介な連中を相手にすることとなる。


 だが、それは連中には出来ない。

 何故なら。


「さぁ、私たちを倒せるものなら近付いてきなさい。もっとも、このチャクラムの包囲網を潜り抜ける自信があれば、だけど」


 俺たちの機体が今すぐこの電磁糸から脱出するのは難しい。

 が、美織のチャクラムぐらい小さければ話は別だ。

 美織が手にしている十個全部のチャクラムを俺たちの周りに飛ばし、十本の指で操ると言う神がかりな芸当をやってのける。

 射撃攻撃を持っているのならば、このチャクラムの合間を縫って俺たちを攻撃をすることも可能だろうが、あいにくと連中は全員揃って肉体派のカンフーマスター。近付かれたら脅威そのものだが、近づくことが出来ないのなら俺たちを脅かすものは何も持ち得ていない。


 こうして相手が何も出来ず地団駄を踏んでいる間に、こちらは俺のビームセイバーでなんとか電磁糸を断ち切って脱出を試みる。

 そしてその間にも香住が遠距離から敵の狙撃を試みるだろう。

 いくら俺の射撃を全て躱してみせた連中と言えども、狙撃のスペシャリストである香住の魔の手から逃れるのはそう簡単ではない。


 時間はかかるが勝利は目前だ。

 が。


「なぁ、少し気になることがあるんだけどよ」


「なによレン?」


「さっきの爆発さ、機体が撃墜されたにしちゃ小さくなかったか?」


 レンの疑問に、ついさっきの記憶を手繰り寄せる。

 んー、まぁ言われてみれば……。


「それに私の気のせいでしょうか、なにやら近づいてくる機体があるように見えるのですが?」


 次に黛さんに言われた方向へと目をやると、確かにまだ小さいがブースターの炎らしきものが見えた。

 この状況でこっちへやってくる機体があるとすれば、それはひとつだけ。


「ちょ、ちょっと。なんで香住がこっちにやってくるのよ。ちゃんと隠れて残った連中を狙撃しないとダメじゃない!」


「んなこと俺に言われても知らねぇよ!」


 慌てる美織に、俺もやや混乱した頭で投げ返す。

 ああ、むしろ俺の方こそどういうことか知りたいわ!

 香住、一体何をやっている?

 それにさっきレンが言った爆発が小さかったとは一体……。


「……残念だったな。卑しき日本人の諸君」


 そこへ突然通信が入ってきた。

 とは言え、聞こえてきたのは香住の声ではなく、聞き馴染みのない中国語。


「黄龍様!」


「ご無事でしたか!」


 さらに中国語が飛び交い、サブモニターに連中の会話が次から次へと表示されるのを呆然と見やる。


「そんな……香住がしくじったのか……」


 ここに来ての黄龍からの通信、それはすなわち俺たちの作戦が瓦解したことを意味していた。


 俄かには信じられない。

 確かにこの戦闘が始まるまでは緊張してたし、心配なところはあった。

 が、決める時は必ず決める。そういう度胸が据わっているのが、俺の親友・香住司だ。

 

「香住? そうか、この間抜けな暗殺者は香住という名前なのか」


 しかし、近づいてくる黄龍の姿が大きくなるにつれて、俺たちは現実を受け入れざるを得なくなった。

 黄龍に引き摺られるように、ボロボロになった香住の機体。

 そしてその手には真っ二つに折られ、チロチロと赤い炎をあげているエンジェリックバスターの姿が見えた。

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