第三十二話 何を言ってるんだかわかんないな

「まだよ」


 陣形を組み、ブースターから噴き上げる炎をまるで彗星の尾のように宇宙そらへ描きながら、俺たちは四体の機体めがけて飛ぶ。

 

「まだよまだまだ」


 宇宙ステージはどうにも比較対象がないから、相手との距離がイマイチ分かりにくい。

 ただ、遠距離攻撃が出来る武器を持っているのならば、お互いにもう狙撃できるほどの距離に近付いているはずだ。

 

 見えてきた相手は例のカンフーマスター四人組なだけで、そこに黄龍は含まれていない。

 が、こちらにはエンジェリックバスターを持つ香住がいる。

 やろうと思えば今にでも先制攻撃をくらわすことも出来るんだ。


「もっと。もっと近付くのよ」


 しかし、美織がそれを許さない。

 香住の機体の隣を駆ける美織が、敵へさらに近付こうとエンジンを唸らせる。

 もっともそうしながらも指でチャクラムを回し続ける姿は、早く戦いたくてたまらないのがみえみえだが。

 

「やっぱり敵は四人だけで前半を戦うつもりだな」


「そりゃそうでしょ。奴らの一番の武器はあのメガキャノン。だけどそれを放つには時間が必要なんだから、その時が来るまでボスはどこかに身を潜ませるはずよ」


 レンの所感に美織が答える。

 中国チームの作戦は、最初四機のカンフーマスターたちの連携で戦い、時間がくればメガキャノン、特にあの合体メガキャノンで勝負を一気に決める、と見て間違いないだろう。

 それだけアレは攻撃範囲が広く、威力も絶大で、戦う側としてはかなり厄介なシロモノなのだ。


 おまけにあの後に『AOA』開発関係者でもある香住が調べたところ、合体メガキャノンは俺たち全員を同時に撃墜するほどの威力があると言う。

 それは香住のエンジェリックバスター最大出力よりもかすかに上回っているそうで、単純に打ち合いっても勝機はない。

 

「だから、今回はまさに時間の勝負。ゲーム開始から相手がメガキャノンを放つ準備が整うまでの十分間で、全てが決まるわ!」


 時間を確認して動くようにとの美織の言葉に、俺はさっきみんなで合わせたタイマーを見やる。

 こうしている間にも刻一刻と数字が減り続けるそれは、すでに残り7分を切っていた。


「美織、時間が惜しい。もう始めてもいいんじゃないか?」


「分かってるわよ。でも、あともう少し、もう少し……よーし、じゃああんたたち、行くわよ! |撃て《て》っー!」

 

 ついに出た美織からのゴーサインに、香住がエンジェリックバスターを放つ。

 国内最終予選の時に見せた、カームたちを一瞬で葬ったあの一撃。

 それをいきなり敵の四機目掛けてぶっ放した。

 

 とは言っても、この一撃で撃墜できるほど簡単な相手だとはこれっぽっちも思っていない。

 むこうもそれは恐らく回避して気づいたことだろう。

 本来のエンジェリックバスターの出力よりもかなり抑えたレーザー攻撃……つまり、狙いは撃墜ではない。こちらが真に狙うはただひとつ。


「よし! 陣形が崩れた! 私は青いのをやるわ。レンは白、カオルは黒、そしてQBは赤いヤツをお願い!」

 

 四機がエンジェリックバスターのレーザーを躱し、こちらの思惑通り陣形がややバラけたのを見届けると、美織はすかさず指示を出してまっさきに獲物めがけ駆けて行く。

 相手に投げ込むチャクラムは五つ。それを指先から伸びる電磁糸で器用に操り、縦横無尽に空間を引き裂くと、さすがの青色の機体も回避に専念するしかない。

 結果、こちらの思惑通り、他の三体の仲間から引き離される形となった。


「よっしゃ。じゃあ俺も中国四千年の歴史とやらを楽しませてもらうとするか!」


 続いてレンが白色の機体へとブースターを最大出力にしてダッシュする。

 迎え撃つ相手の攻撃を躱し、突っ込んだ勢いのまま突きを放った。

 それを相手はいなしてみせるものの、レンの攻撃は止まらない。

 本来一発一発に重みがあるレンの攻撃は、相手と比べて手数に劣る。

 しかし、レンはここで決めるとばかりに、得意の蹴り、突きを駆使し、地上では到底見られない、無重力状態の宇宙だからこそ可能なアクロバティックな攻撃の数々で、全方位から激しく攻め立てはじめた。


 このレンの猛攻には敵も面食らったかのように防戦一方となり、こちらもまた仲間から切り離される。


「美織もレンも最初から飛ばしますね。その集中力が切れないといいのですが」


 そう言いながら黛さんは腰から二挺の拳銃を抜く。

 国内最終予選の時のガン=カタスタイル……かと思いきや、ひとつは拳銃ではなくレーザーライフルだ。

 どうしたのかと思っていたら、いきなりそのライフル銃が火を噴いた。

 狙いはさっき美織から指示をされた、黛さんの相手となる黒い機体。

 その黒いヤツが、レンに押される白いヤツを助けようと向かった鼻先に、黛さんが放ったレーザーが掠める。


「今のはわざと外しました。あなたの相手は私だと知らせる為にね。さぁ、かかってきなさい」


 そして左手の拳銃をくるくると回して相手を挑発した。

 一瞬どうするか戸惑いを見せる黒い機体。そこへ


「ぼやぼやしてるとこの疾風怒濤のナインテール様がやっちまうぞ!」


 フルブーストで急接近した俺が、その勢いのままビームセイバーを一閃して敵の脇を通り過ぎる。


「こら、QB君。そいつは私の相手だと言っているでしょう?」


「すんません。倒せなかったので、後は頼みます!」


 完全に相手の不意を突いた一撃だったが、さすがはカンフーマスター。驚異的な反射神経で躱されてしまった。

 まぁ、いい。俺の相手はこいつじゃなくて赤いヤツだからな。


「さぁて、俺様も疾風怒濤と呼ばれる戦いぶりを見せてやるぜ!」


 フルブースト状態を維持したまま、急旋回して俺本来の相手である赤いヤツ目掛けてビームライフルを連続で放つ。

 あっさり避けられたものの、それはこちらも承知の上。敵がどのように躱すのかを見て、瞬時に頭の中で、次に敵がどう動くかをシミュレートする。

 

「見えた!」


 どっしりと構える敵の狙いは、恐らく突っ込んでビームセイバーを振るう俺の攻撃を躱してのカウンター。

 だったらこっちは敵の目前で進路を変え、ビームライフルをお見舞いしてやる。

 さて、変える方向は右か左か。あるいは上か。


「って、残念! ここは宇宙なんだから下に潜り込んで……げっ!?」


 敵の攻撃圏内ギリギリのところで、機体を上向きに寝転ぶように進路を下に向けた、はずだった。

 が、何故かその敵と真正面で向き合う形になっている!

 ヤバイ! 動きを読まれたのは俺の方だった!

 当然この失態を見逃してくれる相手ではない。

 敵の気合の入った拳がまさに今、俺の機体のどてっぱらに繰り出されようとしている。

 マズイぞ、間に合うか!?


 この緊急事態に、俺は全開にして慌てて回避する。




「……」


「……ふぅ、今のはマジでやばかった」


 敵の突きとこちらの胴体の間にすばやく右の掌を入れ、かすかに軌道を逸らす。

 中心線を狙った攻撃がやや右に逸れるのと同時に、そこを中心にして機体を左へと半回転。相手の突きの勢いをそのまま回転運動へと変えてやった。


「ヤバイヤバイ。あやうく本当に開始早々撃墜されるところだったぜ」


 すかさずブースターを吹かして、敵から距離を取る。

 相手も今の一撃で決まったと思ったのだろう。

 思わぬ回避に追撃も忘れて、俺を攻撃範囲から逃してくれた。


「……お前……今、何をした?」


 と、聞き慣れない中国語が聞こえてきた。

 すかさずサブモニターに表示された翻訳を視野の片隅に入れる。


「何をしたって、お前の突きの軌道を瞬時に変えて回避しただけさ」


「そういうことじゃない。お前、今、俺に何かしたな?」


「……さぁ、何を言っているんだかわかんねぇな」


 それよりも、と俺はすかさずレーザーライフルを三発、目の前にいる敵とはてんでばらばらな方向に放つ。


「俺たちの作戦通り、お前たちを分断してやったぜ。あの四人同時攻撃は脅威だったが、こうなってはたかだか雑魚ノーランカー一匹、このプロゲーマー・疾風怒濤のナインテール様の敵じゃねぇ!」


 そして、強敵相手にこれ以上はない見栄を切ってやった。

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