第三十一話 掴み取ってしまえばいい

 東京ゴリンピックGスポーツ準決勝対中国戦。

 BATTLE START!


 視界に広がる満面の星々の光景に、思わず俺は舌打ちした。

 よりによって宇宙ステージだ。

 予選とは違い、準決勝でのステージはゲーム開始時にランダム成形される。

 作戦の為にもここである程度有利なステージになってほしかったが、宇宙ステージは考えられる中でもかなり最悪だ。

 急ぎマップを開いてステージの詳細を確認する。


「どうやら問題なさそうですね」


 同じことを黛さんも感じたのだろう。

 俺がマップにを確認してほっと一安心しているところに、通信が入ってきた。


「ええ、一瞬ドキっとしたけど、これならむしろ好都合ッス」


 建物や樹木、岩など、さらには地形など、さまざまなギミックがある地上ステージと違って、宇宙ステージは変化が乏しい。

 それが問題ではあったが、こちらの作戦に支障をきたさないことが分かった今、むしろこの平坦さは戦闘の展開を予想しやすくて好都合だ。


「……というわけで、おそらく敵はこう来ると思われる。どうだ、やれそうか、香住?」


「……うん、任せて」


 マップを使いながらの作戦指揮に、香住が言葉少なげに答える。

 相変わらず緊張はとけていないようだ。

 が、声は震えることなく、しっかりしている。

 ……信頼してるぜ、親友。お前なら出来る!


「おい、QB! 今は司のことよりも自分のことを心配したほうがいいんじゃないか、お前は?」


 そこへレンがからかうように割り込んできた。


「なっ!? おい、それはどういう意味だよ!?」


「決まってんだろ。この作戦は司だけじゃなく、一人でも欠けたら成功しねぇんだ。撃ち落されるんじゃねーぞ?」


「当たりまえだ! この俺がやられるわけねーだろっ!」


 そう、レンが言う通り、今回の作戦の肝は香住だが、かと言って俺たちの負担が少ないわけでもない。

 むしろ俺たちの誰か一人でもドジを踏めば、あっという間に作戦が壊滅する可能性だってある。

 でも撃ち落されるんじゃないかと心配されるのは心外だ。

 こう見えて俺だってプロなんだからなっ!


「QB、あんたレンの言いたいことを勘違いしてるわよ」


 レンの言葉に強く言い返し、少し空気が悪くなってしまったかもしれない。

 そこへすかさずフォローに入ったのは、珍しいことに美織だ。

 普段は傍若無人な振る舞いが目立つワガママ娘だが、ああ見えていっぱしのゲームショップ店長でもある。今回もチームワークを大切に思っての行動だろう。

 背格好は相変わらずだが、こいつだってちょっとは大人になって――。


「あんたが最終的に撃墜される可能性ぐらい、みんなちゃんと計算済みよ。そのうえでレンが心配しているのは、あんたがこっちが思っているよりも早くに撃ち落されるんじゃないかってこと!」


「なんだとぉぉぉぉ!」


 訂正。全然大人になってなかった。

 というか、火に油を注ぎやがったよ、こいつ。


「美織ぃ、そこまではっきり言わなくてもいいんじゃねぇか?」


「甘いわレン。この馬鹿にははっきり言ってやらないとダメなのよ。だって馬鹿なんだから」


「いや、いくら馬鹿でも言葉を選んでだな」


 しかも人のことを馬鹿馬鹿言いまくりやがる。


「馬鹿に言葉を選んでも意図を汲み取れるわけがないじゃない。だって馬鹿――」


「さっきから馬鹿馬鹿うるせぇよ、お前ら!」


 さすがに頭に来て、美織の言葉を遮ってやった。


「あんな役割を押し付けられただけでも屈辱的なのに、さらに早々に撃墜だと? おまえら、どこまで俺を馬鹿にすれば――」


「馬鹿にもするわよ。あんた、この宇宙ステージこそ奴らが一番力を発揮出来るって分かってないでしょ?」


 が、そんな俺の反論も美織に遮られてしまう。


「へ?」


「宇宙ステージは慣性が働くし、地上と違って真下からの攻撃もあるわ。つまり機体の操縦錬度が高く、なおかつ自由な攻撃発想があるヤツほど手強い。私の見立てだと、宇宙だとあいつらの強さはさらに一ランク上がる!」


「え? いやいや、そうとは限らないだろう。実際、プロゲーマーの中に宇宙戦で強さが跳ね上がるようなヤツなんて……」


 そこまで口にして、俺は言葉を失った。

 何故なら俺の見ている前で、レンが得意の空中蹴りを披露したかと思うと、そこからさらに様々な足技を次々と繰り出してみせたのだ。

 

 重力がある地上では空中での三段蹴りがせいぜいだったが、その鎖から解き放たれる宇宙ではさらなるコンビネーションが可能らしい。

 その様はまるで中国四人組のカンフーアクションのようで……って、ちょっと待て。レンがここまでできるってことは、地上でもあれだけ動きを見せていたヤツらは一体この宇宙でどこまで出来るようになるんだ?


「ここまで機体を操作できるヤツなんて限られていると思うけど、あいつらならきっとやるわ。ナメてたらあんた、あっという間にやられるわよ?」


「……」

 

 はい、ご忠告ありがとうございます。

 おかげで世界中に馬鹿な姿を晒さなくてすみました。


「いい機会だから教えてあげるわ、QB。他人の心を掴むには、まず自分の本気を見せることよ」


「自分の本気? でも、それじゃあ」


「勿論、隠すものもあるわ。でも、それを除いて百パーセントの本気を見せるの。そうすればこちらの力を推し量りたい相手は必ず乗ってくる。そこをこう」


 美織の操る機体が、虚空に向けて拳を握り締める。


「掴み取ってしまえばいいのよ」

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