Round7 強敵たち

第二十五話 ダメ、かな?


『連日メダルラッシュに沸く東京ゴリンピック、今日も新種目・Gスポーツなど注目競技で日本陣営の健闘が目立ちました。詳しくはニュースのあと、たっぷりお知らせいたします』


 準決勝を賭けたゴリンピック予選が行われた日の夜、俺たちは大勢のお客さんたちと一緒に大食堂で夕飯を食べながら、備え付けの大型テレビでニュースを見ていた。


「なぁ、さすがにこれ、ヤバくないか?」


「はにが?」


「いや、ほら、これからテレビで俺たちが映るだろうし、そうしたら周りの人たちもさすがに俺たちのことに気付いて大変なことになるんじゃないか?」


「ふぁいふょふよ、はれもあらひはひがほんな」


「美織、口に物を入れながら話すのは行儀が悪い上に何を言っているのか分からないのでやめてください」


 さすがにツッコミを入れようかと思っていたところに、黛さんがいち早く諭してくれた。


「ん、ごっくん。あー、もう大丈夫だって。誰も私たちがこんなところにいるなんて思わないわよ」


 その証拠に見てみなさいと、美織が軽く指先を回して周囲を観察するよう促す。


 テーブル席とお座敷席が半々ぐらいの大食堂は、どこも人で溢れている。

 いや、食堂だけじゃない。周囲にある軽食コーナーも、休憩所も、ゲームコーナーも、ほかほかの人たちでいっぱいだ。。

 さらには夜もまだ浅いという事もあって、受け付けを見やると次々と新しいお客さんが入館しようとしていた。


「普通、ゴリンピックの選手は選手村か、あるいは都内のホテルでご飯を食べていると思うじゃない? それがまさかのスーパー銭湯よ。これはさすがに誰も気が付かないわ」


 言いながら美織がジョッキのビールを一気に飲み干すと、「ぷはぁ!」と満足気に息を吐いた。


 美織の言う事は分かる。

 夕飯をどこで食べようかって話になって美織が「スーパー銭湯にいきましょう!」って言い出した時は驚きもしたが、確かにこんなところにゴリンピック選手がいるわけがないと周囲からは気付かれないだろうと思った。


 が、


「これこれ、子供がビールなんて飲んじゃダメじゃないか!」


「はぁ? 誰が子供よ!? 私、もう二十歳はたち超えてるんですけど!」


 美織がビールを飲み干す度に周りから注意されて注目を浴びている。


 知らなかった。こいつがこんなにアルコールを飲むようになっていたなんて。

 前に焼肉を奢らされた時は全然飲まなかったから(美織曰く「焼肉には白米が一番合うの。私はビールよりも白米を選ぶわ」だそうだ)、全くその可能性が頭から抜けていた。


 知っていたら、こんなチビッコもどきをお風呂上りのビールが最高なスーパー銭湯に連れてくるかよ。


 そんな美織の飲んべぇぶりはみんなも知らなかったようで。


「しばらく会わないうちに、ますますおっさんくさくなったな」


「見た目はアレですが、美織とアルコールって違和感が全くありませんね」


「あはは、店長らしいよね」


 ……あれ、美織のおかげで注目を集めてしまい、身バレを恐れているのは俺だけか?

 お前たち、逞しいな!

 


「ったく、これから外で飲む時は首から運転免許証でも吊り下げ置こうかしら。ちょっと司、生ビールもう一杯注文して。あと軟骨のから揚げも!」


「あ、はい。僕もサラダを頼もうかな。皆さんはどうします?」


 おまけに香住はテーブルの注文タブレットに手を伸ばし、操作を始める始末。

 まったくのん気なもんだと呆れつつ、なんとなく視線は香住の様子を追っていた。


 高校生の頃は坊主頭だった香住。

 そこに女性モノの鬘をかぶり、ミニスカのメイド服を着れば華麗な美少女「つかさちゃん」に早変わり。

 その変身ぶりは香住の親友であり、つかさちゃんの大ファンだった俺も全く気がつかなかったほどだ。


 あれから数年。

 童顔なまま髪だけが伸び、服装こそ男物ではあるものの、今の香住の外見は俺の記憶の中にあるつかさちゃんそのものになっていた。


 その香住と俺は先ほど一緒に風呂に入ったのだ。

 脱衣場で妙にドギマギする俺や周りの視線を他所に、惜しげもなくぱっぱと服を脱いで生まれたままの姿になる香住。

「やっぱりサウナはいいよねー」と笑いながら、香住は胸元に朝露のような玉の汗を浮かばせる。

 そして香住が湯船から出る度にどうしても目がいってしまう、真っ白なおしり……。

 股間を見る度に俺と同じものがちゃんとついていて、香住が男なんだって理解するのだが、心のどこかが激しく揺れ動いて危なかった。


 事実思い出している今もなんだか妙にドキドキして……って、俺は一体何を考えているんだーっ!?


 こいつは香住司。

 俺の高校時代からの親友。

 過去に女装でバイトをしていて、髪を伸ばした今もなんか女の子っぽいけど、本人にその気は全くないんだから親友の俺がそういう目で見てどうする!?

 

 ……でも、まぁ、裸は確かに奇麗だったよなぁ……。


「健太? 健太もビールのおかわり頼む?」


「うえっ!?」


 先ほど見た香住の裸が脳裏に浮かび上がっているところへ、その本人から声をかけられたもんだから驚いてしまった。


「うえって、一体どうしたの?」


「い、いや、なんでもない。そ、そうだな、俺もビールをもう一杯頼もうか。み、みんなも俺に遠慮せず、どんどん頼んでくれていいぞ」


「いいの? ここ、健太の奢りだよ?」


「いいっていいって。たかだかスーパー銭湯ぐらい、この前の焼肉と比べたら全然余裕よ余裕」


 なんとなく胸を張る俺。

 まぁ、スーパー銭湯での奢りぐらいで何を偉そうにって感じではあるが。


「へぇ。そんなことを言っちゃっていいのかしら~。私、この後、あかすりエステでもしてもらおうかなぁって思ってたんだけど」


 そこへ美織がにやぁと嫌な笑顔を浮かべながら話に入ってきた。


「へ? エステ?」


「そう。一時間一万円のヤツ」


「一時間一万円!?」


 おい、美織! お前、何調子乗って――


「お、いいねぇ。せっかくだからオレもやってみようかな。黛さんもどうよ?」


「女性は何歳になっても美しさを追及するものですよ。勿論受けて立ちます」


「受けて立たなくていいっスよ、黛さん! てか、さすがにエステまで奢らされる謂われなんてないぞ!」


 まったく。ちょっと気を許せば、尻の毛まで毟り取りにきやがるな、こいつらは!


「そうだ、司。あんたもこの際だからやってみる、あかすりエステ?」


「え? 僕もですか?」


「そう。やってみたことないでしょ? お肌がツルツルになって楽しいわよー」


 が、俺の言葉なんてまったく無視して美織は香住を熱心に誘うと、ちらりと俺を見てきた。


 ぞくっ!


 その勝ち誇った表情に、一瞬背筋が凍る。

 な、なんだ、その顔は!?

 エステなんて、絶対に奢らんぞ、俺はっ!


「あ、あの、健太?」


「ん? なんだよ、香住?」


「その、僕もやってみていいかな、エステ」


「は?」


「えっと、別にそういう気持ちはないんだよ? 奇麗になりたいとか、そんなんじゃなくて。ただ、単なる好奇心で一度体験しておこうかなぁって」


 何故に男がエステを体験!?

 いや、世の中にはそういう人がいるのは知ってるし、別にそれに対する偏見もないけれど、香住、お前は見た目に反してそんなキャラじゃないだろ!?


「……ダメ、かな?」


「……いいんじゃね」


 女性陣が「わぁ」と歓声をあげる中、俺はテーブルに突っ伏した。

 美織のワガママなんかに付き合ってなんかいられない。

 レンが力ずくでこようと俺の魂までは折ることは出来ない。

 常識人の黛さんなら話せば分かってくれるだろう。


 が、香住に、初恋の人であるつかさちゃんの表情でお願いされては、逆らうことは出来なかった。


 はぁ、足りるかな、手持ちの金で。

 スーパー銭湯の中にATMってあるんだろうか?

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