第二十四話 えげつなさすぎて使えない

「なっ! あいつら、打って出やがった!」


「俺たちの攻撃にとうとう玉砕する覚悟を決めたか」


「日本人はいつだって最後にはカミカゼだな!」


 共通通信に変えたヘッドセットから、英語やらラテン語やら韓国語やらが聞こえてくる。

 だから瞬時に翻訳して日本語で表示されるサブモニターを見なければ、正直何を言っているのかよく分からないことが多い。

 まったくテクノロジーさまさまだ。

 おかげで次の瞬間、


「え? 一体これはどうなって……?」


「どういうことだ? 奴らの背後に旗が……ない?」


「そんなバカな! フィールドマップにはそこに旗があると表示されて……ああっ!?」


「な、なんだこれは? ま、まさか……」




「「「「「旗が動いてる!」」」」」




「どういう事だ? あああああっ! そんな! まさか!?」





「「「「「「「機体に旗をくくりつけてやがる!!!」」」」」」





 奴らが驚く様をはっきりと知ることが出来た。


 そりゃあ驚くだろう。

 俺だって美織に聞いた時には驚いた。


『一度設置した旗を移動させてはいけない、なんてどこにもルールにないわ。つまり移動させてもいいわけよ。おまけに機体が進行可能なフィールドならどこでも設置オッケーなら、別に機体が持っていてもいいでしょ。敗北条件は旗をくくりつけた棒が折られることなんだから、はずだわ』


 確かにそれをやってはいけないってルールはどこにも無かった。

 もっともそれならフラッグ戦じゃなくて騎馬戦じゃねぇかって疑問もあったが、美織はそんなのはおかまいなしに自分の予想に賭けた。


 俺たちに旗を隠させ、その間、美織は旗を地面から引き抜いて、自分の機体に棒ごとくくりつける。

 下手したら引き抜いた時点で失格になる危険な賭けだが、美織の予想は見事に的中。

 背中から旗をなびかせながら、包囲網を一気に駆け抜けると


「レン、あんたは西。カオルは南、香住つかさは東の旗を奪ってきなさい!」


 呆気に取られる連中をよそに、チームの仲間へと指示を出した。


「え? なんだよ、こいつらを一網打尽にするんじゃないのか?」


「そうですよ。せっかくのチャンスなのに」


 美織の指示に戸惑いと不満を示すレンと香住。


「ふふん。ここと北は私とQBが受け持つわ」


「なっ!? それはちょっとズルくねぇか。俺だって暴れたくてウズウズしてるんだぜ」


 レンが反論しながら、手近にいた機体の懐に音も無く素早く潜り込む。


 ガツンッ!


 と重い音を響かせて、敵の顎を下から上へと掌底で突き上げた。

 突然の攻撃になす術なくのけぞって上空へと浮かされる敵機。

 すかさずレンもジャンプして膝で追い討ちをかけると、完全にバランスを失った相手を空中で思い切り蹴り飛ばす。


「なっ!? なんだとーーっ!」


 そして蹴り飛ばした先にいた別の敵を道連れに二体を地面に叩きつけると、行動不能を示す爆発がたちまち巻き起こった。


「俺にもこいつらの掃除をさせろよ?」


「あ、あんたねぇ、やってから言うんじゃないわよ、まったく」


 苦笑しながらも今度は私の番とばかりに美織の機体の指に光の輪が何本も回り始めた。


「まぁ、でも他の連中は私が全部貰うわね」


 そう言って美織はチャクラムを周囲に放り投げる。

 一、ニ、三……合計十個、この場に残った敵機と同じ数のチャクラムが宙を舞う。


「そんなちゃちな武器で俺たち全員を倒すだと? 舐めるなっ!」


 とは言え、ここまでの展開に驚き、パニくっていた連中も、美織の傲岸不遜な言葉で我にかえった。

 迫り来るチャクラムを瞬時に躱し、ある者はライフルを、ある者はビームセイバーを手に取り反撃に出ようとする。


「ちゃちい? ふん、これでもそんなことを言えるかしら?」


 その言葉と共に反撃に出ようとした十体が、同時にぴたりと動きを止めた。


 一体何が起きたんだと目を凝らす俺に見えたのは、美織が両腕を広げる機体の手から伸びる十本の細い電磁糸。

 その先を辿ると先ほど投げつけチャクラムがあり、躱されたはずが何故か全て敵の背中へと深々と突き刺さっていた。


「あんたたちを空中遊泳にご招待してあげる」


 美織の機体の右手中指がかすかに動く。

 と、そこから伸びた糸でつながれたチャクラムを突き刺せられた機体が、ぶおんと空中に放り出された。


「なっ!?」


 呆気に取られる連中も、しかし、次々と抵抗する間もなく同じように空中をぶん投げられる。

 

 両手を広げる美織を中心に、空中でぶんぶんと振り回される十体の機体。おそらくはチャクラムをヨーヨーのように改造し、指の動きで操っているのだろうが、それにしてもおよそ信じられない光景だ。


 パワーは、例えばチャクラム自身に攻撃力を持たさないなどの工夫でかき集めることが出来る。

 が、真に驚くべきはその操作の精密さ。

 ひとつやふたつならばともかく、こんな芸当を十体の相手を同時にやってのけるなんてとても信じられない。

 学生の頃からの長い付き合いだが、改めて美織の凄まじさを見せ付けられたような気がした。


「さて、そろそろ潰し合ってもらいましょうか」

 

 美織が高々と両手を上げると、十体の高度も上がる。

 そして俄かに両手を振り下ろすと同時に、指を鳴らした。


「うわああああ!」


「おおおおおおおっっっっ!」


「神様――――――っ!」


 例えば遊園地にある、ポールを中心にぐるぐると空を飛ぶブランコ。

 あの糸が突然切れて、しかも遠心力で放り出されるだけでなく、それぞれがわけのわからない方向へぶっ飛ばされたらどうなるかを想像してほしい。


 その想像の数倍の悲惨さでもって、十体は叫び声と共に空中でぶつかり合い、ひしめき合い、地面に叩きつけられて大破させられた。




「……自分でやっておいてなんだけど、これ、エゲつなさすぎて使えないわね」


「だったら最初からやるなよ」


 いや、マジで。今テレビで見ている人たち、きっとドン引きしてるぞ。


「とりあえずこれで他のチームの攻撃部隊は全滅したからいいじゃないの。あとはそれぞれの旗を落としていくだけね」


 美織が無理矢理話を切り替える。

 ……まぁ、やってしまったものは仕方が無い。大手スポンサーゲットの為にも、ここからは華麗で、格好良く、シビれる戦闘で世間の人々を魅了するよう努めよう。


「てことで、みんな、さっきの指示通りよろしく! あとそれからQB、あんた、例のアレの出力は今どれくらいなの?」


「え?」


 突然、思わぬところに話を振ってこられたので一瞬戸惑った。

 例のアレとは、うん、つまりは例のアレだ(説明になってない)。


「ま、まぁ、50パーセントぐらいかな」


 だからつい見栄を張って、つかなくてもいいウソなんかをついてしまう。ホントは20パーセントぐらいだ。


「ふーん。じゃあ北の旗は100パーセントの出力にして落として頂戴」


「ひゃ、100パーセント!?」


 思わず声が裏返ってしまった。

 

「なによ、変な声を出して。100パーでもやれるんでしょ?」


「いや、そりゃあ出来るけど……」


「だったら実戦で試すいいチャンスじゃないの。そうね、ただし戦闘は射撃のみで行うこと。いいわね?」


「射撃のみ、だって!?」


 美織の無茶振りがさらに加速した。


 さっきから美織と話している『例のアレ』。この大会用にと美織が提案し、『AOA』製作スタッフである香住がひそかに開発してくれた秘密兵器なのだが、まぁとにかく使い勝手が難しい。

 正直、今の20パーセントあたりで慣らすのが一番なんじゃないかと思う。


 だというのに、いきなり100パーセントで、しかも接近戦よりも照準を合わせるぶん緻密な操作が要求される射撃で敵を倒せだなんて。

 美織の鬼教官ぶりはプロゲーマーを目指し始めた頃に散々思い知らされたが、その頃よりもさらにパワーアップしてやがるじゃねーか。


「んじゃ、それぞれの旗を落としてくること。一番遅かった奴はまた晩御飯をみんなに奢りね」


 ちょ、おま、いくらなんでもそれは――と、俺が反論する前に、香住たちは「了解!」と返事だけして一斉に各方面へと飛び立つ。

 おい、おまえら! 俺が圧倒的不利なのを知っているくせに、何故誰もそのことを言わない!? お前らも鬼かっ!?


「さぁ、QB、プロゲーマーとして二回続けてご飯を奢らされるのは屈辱の極みよね? プロゲーマーの誇りに賭けて、この窮地を見事脱してみなさい!」


 絶望に打ちひしがれる俺を美織が煽る。

 その声はとてもウキウキと楽しそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る