第二十二話 勝ちたいのなら

 黛さんの声が指し示した方向を見てみると、確かに遠くで煙を上げて大破している機体が一機いた。

 どうやら黛さんが見事ビームライフルで撃墜したらしい。


 が、まだ残り二機がこちらに向かってきている。


「おっと!」


 レーザービームで反撃してきたのを、すかさずレンが盾で防いだ。

 それを見た連中はすばやく散開し、中距離からの多方向連続砲火へと作戦を取る。


 フィールドマップの表示から、旗が俺たちの機体の背後にあることを知っているのだろう。

 そして旗を守るように取り囲んでいる以上、俺たちが下手に攻撃を躱せないのも分かっているはずだ。


 ズキューン! ズキューン!


 ひっきりなしに浴びせられるレーザー攻撃。

 しかもしっかり黛さんと香住という、こちらの迎撃チームを狙ってくる。

 それらを俺とレンの防衛チームが悉く盾で弾き返すも、さすがは向こうさんもどこかの国の代表選手。反撃しようにも上手く迎撃チームの死角へと移動して隙を見せない。


「まぁ、そりゃそうだよな。俺だって敵がこういう陣形を取ってたらそうするよ」


「四人全員が狙撃ビームライフルを装備してたら話は違うんですけどねぇ」


「でも、それだと攻撃は出来ても防御が出来ないからな。あっという間にやられちまうぜ」


 中距離をカバーする普通のビームライフルと違い、遠距離攻撃も出来るビームライフルはその大きさから盾を装備する事が出来ない。

 とは言え、普通のビームライフルでは遠距離攻撃をしてくる敵に対抗する手段がなくなってしまう。

 だからこういう四人で旗を守る作戦を取る以上、ふたりが遠距離攻撃も出来る迎撃チーム、残ったふたりが盾で攻撃を防ぐ防衛チームという構成がベストなんだ。


「本来なら最後のひとりが攻撃チームとして打って出て、敵の連携を乱すのが定石なんだが……」


「美織、そっちの方はどうだ?」


 レンがチーム内無線で呼びかける。


「んー、もうちょっとかかりそうね。悪いけどその間よろしくー」


 口ではそう言うものの、全然申し訳なさそうな様子のない返答が返ってきた。


「分かりました。ここは私たちだけでなんとかしましょう。皆さん、事前に打ち合わせたようにお願いします」


 黛さんの言葉に、俺たちは頷く。

 美織から作戦を聞かされ、この四人で旗を守り抜く為に短時間で考えたフォーメーション。

 練習なし。ぶっつけ本番もいいところだが、不思議と不安はない。


 ブオン。


 鈍い音を立てて、俺たちはそれぞれの機体を僅かに浮き上がらせた。

 いわゆるホバリング状態。

 ここから両足の裏にそれぞれ取り付けられているバーニアと体重移動で、地面に足をつけている状態よりも素早い動きが可能となる。


 ズキューン! ズキューン! ズキューン!


 敵は攻撃の手を一切緩めない。

 俺たちもそれを必死に盾で防ぐ。

 すかさず敵が死角へと移動。


 ここまではこれまでと変わらない。

 が、


「右!」


 鋭い口調で黛さんの指示が飛ぶ。

 と同時に俺たち四人は全く一緒のタイミングで、背後の旗を軸にして右へと円移動した。

 右隣りの香住にぶつかることなく、かと言って左隣りの黛さんにぶつけられることもない。完璧な移動。これでこれまで西を向いていた俺は北へ。北を向いていた香住は東、東に向いていた黛さんは南へと視点を移し、


「撃て!」


 死角に逃れたはずの敵を再びスコープに捉えたふたりの銃口が吼える。

 移動からノータイムの射撃。

 照準を合わせる時間なんてない。

 これで敵を撃墜するのは至難の技だ。


「一機撃墜」


「こっちもです!」


 しかし、その難しさを微塵も感じさせないほど容易く、ふたりはターゲットを沈黙させてみせた。

 ホント、恐ろしいやつらだ。プロゲーマーライバルじゃなくてよかった。


 ま、それはともかくこれでとりあえず無事撃退――


「あらら、どうやら休む暇もねぇみたいだぞ」


 一息入れる暇もなく、西の方向に向いたレンがこっちへと向かってくる機影を発見する。


「あ、南エリアの覇者も決まったみたいですよ」


 さらに香住の言う通り、フィールドマップでは南エリアに存在する旗がひとつだけになっていた。

 と言うことは他のエリアの制圧にむけて、しばらくしたらこっちへと侵攻を開始してくるに違いない。


「忙しくなりそうですね。皆さん、さっきの要領で行きますよ」


 黛さんの指示に頷く俺たち。

 ここは間もなく各国を代表する腕利きたちが集う激しい戦場になる。

 奴らが狙うは、このグループ突破を左右する俺たちの旗。

 それでもこの四人ならばきっと大丈夫だ。

 

「よし、敵さんが集結する前に次々返り討ちにーー」


「ダメよ。あんたたち、私の指示が出るまで撃退せず、防戦に徹しなさい」


 ところが、美織が突然そんな無茶ぶりを言ってきた。


「はぁ? 何言ってんだよ? 防戦一方って、これから敵がわんさかやってくるんだぞ?」


「そうね。それでいい。それがいいのよ」


 美織がくくくと笑いを噛み殺すのが聞こえてくる。

 こいつ、黙って大人しくしていたら美少女なのに、なんでこんな邪悪な笑い方をするのかね? ホント、もったいない。


「美織、ここに敵を集めまくることで、連中が俺たちそっちのけで潰しあうのを期待しているのか?」


 美織の笑い方にその意図を推測したレンが尋ねる。


「だったら、言っとくが期待は薄いと思うぞ。これは普通のバトルロイヤルじゃなくて、フラッグ戦なんだ。そりゃあ敵戦力を削げる時に削ぐのは大切だけどよ、一番の目的は旗を落とすこと。奴らがやりあうにしても、それは俺たちの旗を落とした後じゃねーか?」


 なんせ旗を落とした場所は補給基地となる。各エリアに一番近いここは要所も要所だ。どこもこぞって落としにかかってくる。


「俺もレンの意見に賛成だ。だからここはやはりさっきの方法で」


「ダメよ!」


 美織がいつも以上に強い口長で俺の言葉を遮った。

 おおーい! だからチームキャプテンは俺だって言ってるじゃねぇか!

 なのに頭ごなしに意見を否定するんじゃねぇ!


「ここが勝負の分かれ目なの。私の言う通りにしなさい」


 言う通りにしなさい、と言われて素直に従えるほど俺はガキじゃない。

 だけど。


「勝ちたいのならね」


 と続けられたら、それ以上反論出来なかった。


 俺はプロゲーマーだ。

 このチームの中で唯一のプロゲーマーである。

 間違いなく『AOA』を一番やりこんでいるのは俺だ。常に勝負の世界で生き抜いてきた俺なんだ。


 でも、俺は知っている。

 美織の、プロゲーマーといった枠に囚われない強さを。

 誰よりもゲームが上手いと言い切れるだけの自信と、誰よりも戦略を練るこいつの実力を。


 そんなヤツが「勝ちたいのなら従え」と言う。

 逆に言えば「従わなければ勝てないかもしれない」と美織は考えているわけだ。


「……分かったよ」


 正直、俺は美織よりも楽観的に考えている。

 このメンバーならばゴリンピック予選と言えども突破できると信じている。

 だけどいつだって他人とは違う視点を持つ美織のことだ。

 こいつには今の俺にはまだ見えてない何かが見えているのかもしれない。

  

「もともとこんなところに旗を立てた時から地獄を見るのは分かってたんだ。いいだろう、この際だからとことん地獄を味わいつくしてやろうじゃねぇか!」

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