第二十一話 天上天下唯我独尊娘 

 BATTLE START!


 いつものように戦いの時が来たことを告げる文字がヘットセットディスプレイに現れると、次の瞬間には目の前に長閑な平原が広がっていた。


 周りを見回してみたが、予想通りどこにも敵影は見えない。


 そりゃそうだ。こんな360度どこからでも狙ってくださいなんてところに誰が旗を置くもんか。

 うちの天上天下唯我独尊娘を除いて――。


「おー、フィールドマップを見てみろよ、北エリアが大戦争だぞ」


 レンに言われて、モニターにフィールドマップを出す。


『AOA』のフィールドマップは基本的に地形しか表示されない。

 が、フラッグ戦に限り、各チームの旗が表記されることになっている。敵を全部倒したけれど、肝心の旗がどこにあるのか分からないという事態を防ぐ為だ。


「うわぁ」


 香住の悲鳴が聞こえてきた。

 確かに悲鳴を上げたくなるのも分かる。

 東西南北、どこもやはり端っこやそのエリアの入り口付近に旗を設置したチームが多かったが、特に北エリアは際立っていた。

 小さなエリアにいくつもの旗がひしめきあい、そしてこの瞬間にもひとつ、またひとつと消えていく。ああ、大混戦が眼に浮かぶようだ。


「とりあえず前半戦での修羅場は回避できました。が、私たちの問題はその後ですね」


「今回のフラッグ戦、銃弾とエネルギーの制限ありで、自軍か、あるいは落としたフラッグがあった場所で、それらの補給が出来るルールですからね。となると東西南北どこにも一番近いここは、誰もが落としたいと目論む要地ですもん」


「各エリアを制覇した連中が、そのうちこぞってここに攻め込んでくるってわけだな」


 常に強いヤツと戦いたい戦闘民族なレンがワクワクしているようだが、黛さんと香住はこの状況に「やれやれ」と言った印象だ。

 もちろん、俺も香住たちと同じ。

 つまりチーム内の意見は三対一で俺たちが優勢、なのだが……。


「はいはい、今更ぐずぐず言ってないで旗を隠すように立ちなさい、あんたたち」


 美織が「そんなの知らないわ。いつだって私が正義なのよ」と言わんばかりに、俺たち過半数組をあっさり一蹴してしまう。

 どうやらこいつの辞書に民主主義って言葉はないらしい。 


「……分かったよ。でも、本当にそんなことが出来るんだろうな?」


「多分ね。ってか、ここまできたら試さない手はないでしょ」


「そりゃそうだが。もし無理だったら洒落にならねぇぞ?」


「その時はその時よ。それよりも今はなにかのはずみに私が間違って旗の棒を折っちゃわないよう祈ってなさい」


 想像するだにゾクっとすることを言いやがった。

 

 美織がこんなところに旗を設置したのには勿論ある目論見があった。

 それを今から実行に移すわけだが、美織の言う通り、下手したら自爆の可能性がある。

 いや、それだけはマジ勘弁。

 ゴリンピックで優勝して有力スポンサーを獲得するのが俺の目的だけど、それ以前に俺たちはこの国の代表。なのにつまらないミスであっという間に脱落なんてことになったら、それこそ世間様に合わす顔がない。


「仕方ありません。とにかく今は美織を信じて、私たちは周囲の警戒にあたりましょう」


「そうですね。今はまだエリアの制圧戦が続いてますけど、中には今後のことを考えて早めに手を打ってくる人もいるかもしれませんし」


 黛さんがこのフラッグ戦の為に選択した狙撃用のビームライフルを構えるのと同時に、香住もご自慢の超弩級ビームライフルエンジェリックバスターを狙撃モードにして備える。


「俺は遠距離武器を持ってないから、敵を見つけたら頼むぜ?」


「了解です。代わりに防御の方はレンさんと健太にお願いしますね」


「任せておけって」


 レンが両腕にセットした盾を上げて答える。

 俺もそれに倣おうとしたが、その前に一言だけ。


「香住よー、ゲームが始まったら俺のことはQBって呼べって言っただろ?」


「あ、ごめん。そうだった」


「こっちはプレイヤーネームQBで長いことやってるんだから、いまさら本名で、しかも下の名前で呼ばれたらなんか恥ずかしいじゃねーか」


「そうだね。気をつけるよ」


「頼むぜー? ああ、それからここぞという時は通り名で呼ぶのもアリだ。『さすがは疾風怒濤のナインテール!』とか、『全ては疾風怒濤のナインテールに任せた!』とか、な」


 呼び名に何故そんなこだわりが? と思う人もいるだろう。

 が、実際に呼ばれてみたら分かる。全然違うんだよ、気分的に。

 特に俺の場合、通り名で呼ばれたらそれだけで気合が入る。

 ゲーム的な表現で言えば、気合+2、いや+3は加算されているに違いない。


 だから積極的に通り名で呼ぶべきなのだ。カッコイイし。

 

 なのに俺の仲間たちときたら……。


「はぁ、疾風怒濤のナインテールねぇ。なぁQB、その通り名をお前は高校生の頃から使ってたけど。さすがに大袈裟じゃね?」


「ンなことねぇよ! 俺の圧倒的なラッシュ力と、九尾って名前を上手く表現した素晴らしい通り名じゃねーか!」


 レンの異論にすかさず反論する俺。


「でも、正直なところ、あなたのそれは猪突猛進、命知らずの大暴走、ブレーキの壊れたチキンレースって感じですが?」


「なっ、黛さんまで何を言ってるんスか?」


 しかもなんでみんなも「そっちの方が似合ってるわ」「さすがは黛さん、上手いことをいう」とか同意するんだ? イジメか?


「おまけに今の健太、じゃなかったQBって『神ってる』じゃなくて『亀ってる』って感じだしね」


「おい、香住! それは聞き捨て――」

 

 香住が俺の現状を上手いことを言って、でもさすがにそれは許せないぞと撤回させようとしたその時だった。



 ズキューーーン!



 俺の言葉を遮って、突然黛さんのライフルが火を噴いた。


「二時の方向に敵影発見。皆さん、おしゃべりはここまでです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る