第十九話 偽りの集まり

「ふぅ。いやぁ、いい汗かいたわぁ」


 練習試合も無事終わり、マウントディスプレイと各種デバイスを外した美織は立ち上がると大きく背伸びをした。


「お疲れ様でした。いい試合でしたね」


 先に練習試合を終え、美織と海原アキラの試合を観戦していた香住がタオルを手渡す。


「でも結局負けちゃったわ。さすがは古神エンシェントゴッドね。立ち回りに無駄がなく、洗練されてた」


 私もまだまだね、と珍しく美織が殊勝なことを言う。


「結局、誰も海原アキラには勝てなかったな」


「さすがは日本ランク一位と言ったところでしょうか」


「プロゲーマーの凄さってのを見せ付けてくれたわねぇ……うちの誰かさんと違って」


 美織の言葉と共にみんなが俺の方を振り返る。

 ううっ、みんなの眼が冷たい。

 あ、いや、香住だけは同情するような眼で……って、そっちの方が精神的ダメージがでかいわっ!


「お、お前らの言いたいことは分かる。が、お前らも俺の言いたいことも分かってくれるだろ?」


「言い訳ですか。見苦しいですね」


「うぐっ!」


 黛さんにあっさり一蹴されてしまった。



 海原アキラたちとの練習試合だが、チームに分かれての個人戦の総当りを行うことになった。

 ゴリンピック本番がチーム戦のことを考えると、連携プレイはまさに戦術の肝。そこは見せるわけにもいかないというわけで、この処置は当然だった。

 で、それぞれ試合時間十分の一本勝負を行ったわけだが……。


「あんた、最初の予選ではエイジってヤツを散々馬鹿にしていたくせに、そいつにも勝てずに全敗とは恥を知りなさい、恥を!」


「い、一応エイジの方が俺よりもランクがずっと」


 弁解をしようと口を開くも……


「ガッチャンさんにもあっさりガブられてたし」


「サロさんにもいいようにあしらわれてましたね」


「ヒョードーにもすぐに捕まってたな」


「……」


 みんなの追撃でぼっこぼこにされた俺は何も言い返さなくなってしまった。ちくせう。


「QBはむらっ気があるからな。そこさえ安定すれば上位プレイヤーに負けない実力はある」


 その時だった。

 俺たちのチームにあてがられた部屋の扉が開いて、中に入ってくるヤツがいた。


 背が高く、細身ではあるものの、しっかりと筋肉がついた引き締まった体つき。

 髪をオールバックにし、日本人離れした彫りの深い顔付きはまるで彫刻みたく精悍に整っている。

 そして彫刻が決して動かないように、どんな状況においても動じず、常に冷静沈着でいられるのがこの男、日本のGスポーツの第一人者・海原アキラであった。


「もっとも今日は動きが悪かったな。調子が悪かったのか、それとも何か隠しているのか……まぁ、それはともかく皆さん、今日は練習試合を受けてくれてありがとう。おかげでいい勉強になった」


「それはこっちのセリフよ。業界トップクラスの技を堪能させてもらったわ」


 手を差し出す海原アキラの手を、美織がしっかりと握り返す。


「君たちが本気になれば本戦でもきっといいところまでいくだろう」


「そうね。今度はお互い本気でメダルの色を巡る争いをしましょう」


 ふたりの握り合う手に力がこもる。

 そこへ。


「……今度こそ勝つ」


 海原アキラの背後からひょっこりと現れた小さな女の子が、ふたりの握り合う拳に手を重ねた。


「ああ、さっきは時間切れの引き分けだったからな。最高の舞台ではっきり白黒つけようじゃねーか、兵藤!」


 その女の子を見て、レンがニヤニヤしながら手を三人の上に置いた。


「兵藤って……え、もしかしてこの小さな女の子がヒョードーさん?」


 香住が驚いた声を上げるのも無理はない。

 俺も初めてヒョードーの姿を見た時はとても信じられなかった。

 海原アキラさながら戦闘では常に落ち着いて対処し、一度敵を掴めば豪快にぶん投げる口数少ないプレイヤーが、まさかこんなロリっ子だったなんて。

 しかも美織は見ためが小学生な大人なのに対して、ヒョードーは正真正銘の小学生だ。


「ちょっとレン! あんた、この子と生身で戦ったことがあるって言ってたけど、こんな小さな子にパンチを食らわせたの!?」


「アホか、小さくてもこいつの柔術の実力は世界トップクラスだぞ。手加減なんか出来る相手じゃねぇっつーの」


「それでも大人が子供の顔面を殴るのはどうかと思うわよ?」


 ヒョードーの姿を見て、美織がレンに抗議する気持ちはよく分かる。

 俺だってレンが実際にヒョードーと戦い、その顔面に直突きを食らわして気絶させたと聞いた時は非難の眼を向けずにはいられなかった。


「……小さくても中身は大人。貴方と違って」


 と、そこへ美織とレンがやりあう中、ヒョードーがぼそっと言葉を発して割って入る。


「ん? それどういう意味よ!?」


「言葉通り。私は子供だけど大人に負けない力がある。貴方は大人だけど、外見も中身も子供っぽい」


「なっ!?」


 絶句する美織。が、怒って反論する前にヒョードは重ねていた手で美織の腕を取ると、レンや海原アキラを押しのけて、それをいとも容易く捻り、


「いたたたたっ!」


 あっという間に間接を極めて、美織を床に捻じ伏せた。


「兵藤、止めるんだ」


「イヤ。こいつが謝るのが先」


「いたたたっ! 謝るって、何を謝ることがあるっていうのよっ!」


「美織、こいつは小学生でも立派な武道家なんだ。だから俺に手加減をしろって言ったのが気に入らなかったんだよ」


「んなのっ、知らないわよ! 私は大人が子供相手に本気になるのは大人気ないって、ぎゃー痛い、痛いっ、やめてー!!」


 海原アキラの制止を聞かないヒョードー、レンの説明にも納得できない美織。

 俺たちは突然の成り行きに呆然と見守るしかなかった。


「あれ? なんだか面白そうなことをしてるね。ヒョードーちゃん、俺もおねーさんの体におぶさっていい?」


 そんな修羅場にひょこっと廊下から顔を覗かせる者がいた。

 

「さっきのバトル、結局このおねーさんにギリギリで押し負けちゃったからちょっとイラついてるんだよねぇ。いい機会だから、リベンジしちゃおうかなぁ」


 サロだった。

 金色に染めた髪をかきあげ、まるで子供のようにはしゃぎながら部屋に入ってくる。


「お、おい、やめろ! 今、下手に体重をかけたら」


 骨が折れる、とレンは言おうとしたのだろう。

 美織の腕の関節を極めながら、折れるか折れないかのぎりぎりのところでヒョードーが絞りこんでいる。それが分かるからレンは動かないでいたのだ。


 なのにここでサロが美織の身体に覆いかぶさったら、とんでもないことになる!


「あれ? なんで腕を放しちゃうのさ?」


 が、サロが近付くやいなや、ヒョードーはあっさりと美織を解放した。


「サロは子供すぎる」


「えー、どういう意味だよー?」


「リベンジは自分の力で。ゴリンピックでやって」


 そう言ってヒョードーは立ち上がると、床に寝そべる美織に手を差し伸べる。


「自分で押し倒しておきながら、どういうつもりよ?」


「いくら侮辱されたとは言え、ちょっとやりすぎた。だからお詫び」


「詫びるくらいなら最初からやるなっつーの! あんた、冷静沈着どころか、とんでもない瞬間湯沸かし器じゃない!」


 美織が文句を言いながらも、それで手打ちにしたのだろう。素直にその手を握り、引っ張り上げられた。

 しかし、美織の言う事ももっともだ。

 敵を掴まえるというスタイルから、戦闘では自分から動かずに相手の動きを見て対処するという冷静な戦い方をするヒョードーが、まさかあんな行動に出るとは思ってもいなかった。


「あはは。美織も世間も勘違いしてるぜ。こいつは冷静沈着じゃなくて、単に相手が隙を見せるのを待っているだけさ。内心は常に『投げたい』『極めたい』って欲望がドロドロ渦巻いてやがるんだって」


「それは貴女も同じ」


「あはは。そうだな、格闘家なんてのはそんなもんだよな」


 レンが豪快に笑い飛ばすと、立ち上がった美織がヒョードーと手を放す前に、もう一度自分の手をそこに重ねた。


「ってことでふたりが仲直りしたところで、改めてさっきの続きをやろうぜ」


「続き?」


「そう。みんなが手を重ねてお互いのゴリンピックでの健闘を誓い合うのさ」


 なんとまぁクサイことを……とは正直思ったが、口には出さなかった。

 何故なら俺もさっきどのタイミングで自分も手を重ねようかと考えていたからだ。


「あ、だったら僕、ガッチャンさんとエイジさんも呼んできますよ」


 そう言って香住が部屋を飛び出て行く。

 相変わらずいいヤツだ。「えー、そんなのこっぱずかしくない?」とか言っているサロのヤツは香住の爪の赤を煎じて飲むべきだと思う。


「音頭は海原アキラさんにお願いしましょう」


 黛さんの提案に誰も異論はなかった。

 いつもはそういうのをやりたがる美織も何も言わず、海原アキラもまた黙って頷いた。

 やはりさすがの美織も、日本の絶対的エース・海原アキラの前では一歩退くようだ。

 なんてことを考えていたら、


「……なによ、九尾、そのニヤニヤした顔は?」


 俺の視線に気付いた美織が、こっちにズカズカと歩いて近付いてきた。


「いや、別に。美織も見た目はアレだけど中身はちゃんと大人になったなぁとか思ってないぞ?」


「ほぉ」


 美織の眼がきらりと光った。

 と思った瞬間、俺の右腕を握って捻り、背後に回る。


「いたたたたたたっ! ちょ、おま、何を!?」


「ふふん。さっきヒョードーにやられたのをあんたにやり返してるだけよ。えっと、後は体重を前に掛けて押し倒せばいいのかしら?」


「やめろ! 素人が見た目で真似なんかして、下手に俺が骨折とかしたらどうするつもりなんだよ!?」

 

「その時は天罰だと思って諦めなさいよ」


「諦められるかーーーーっ!」


 誰だ、美織が大人になったなんていったヤツは!? ←俺です。

 こいつの中身はやっぱり子供だーっ!


「まぁ、それは冗談として。あんた、もしかして私が海原アキラに音頭取りを譲ったとか思ってない?」


 もっともさすがの美織も実際に押し倒すようなことはしなかった。

 代わりに誰にも聞こえないような小声で俺に耳打ちしてくる。


「違うのか?」


「違うわよ。私はね、ただこの偽りの集まりには海原アキラあいつが音頭を取るのが相応しいと思っただけ」


 ……偽りの集まり?

 偽りってどういうことだ?

 

「あんた、さっきの騒動の時にあいつの顔を見た?」


「……いや」


「私は見たわ。口では『やめろ』と言っておきながら、その時はまるで感情がなかった」


「そんなのいつものことじゃないか。海原アキラは滅多に感情を表に出さないし」


「でも、絶対的リーダーである自分の制止を聞かないヒョードーに対して、何も感情を持たないのはおかしくない? しかもその制止も一度しかなく、それ以降は止める様子もなかった」


「……だからどうだって言うんだよ?」


「あいつ、私がヒョードーに骨を折られてもいいと思っていたのよ。いや、むしろ折られた方がいいと思っていたんじゃないかしら。だって」


 続けて美織が口にした言葉を聞いて、俺は驚いて海原アキラを見た。

 腕を組み、両眼を閉じて、静かに香住が呼びにいった連中たちが来るのを待っている。

 その姿は俺が、俺たち日本のプロゲーマーたちが知っている日本のカリスマ、絶対的リーダーである海原アキラそのままであった。

 そんな海原アキラが……まさか信じられない。


「ヒョードーが腕を放した時、苦虫を噛み潰したような表情を一瞬見せたのよ、あいつ」


 何故なら自分たちの優勝には私たちが邪魔だから、と美織は続けた。


 とても信じられなかった。

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