Round5 練習試合
第十八話 全部見せるつもりはない
シュイーン。
風を切って美織の放ったチャクラムが標的目掛けて襲い掛かる。
シュインシュインシュイーン。
一、ニ、三、四、五、六、七、八、九……先のと合わせて合計十個のチャクラムが飛ばされるのに擁した時間はわずか数秒。
しかも高速移動しながらの投擲である。
マシンガンならばいざ知らず、指で回しながらその遠心力をパワーにして飛ばすチャクラムでこんな芸当をするなんて驚愕の一言に尽きるだろう。
やはり美織はバケモノだ。
「うひょー、すっげぇー!」
そんな美織の攻撃に、標的となったプレイヤーも驚きの声をあげる。
が、驚きつつも、その声に焦りや絶望感はない。
むしろ楽しくて仕方がないという気持ちが伝わってくる。
事実、おそろしく正確で、そして回避行動を予測して放たれた美織のチャクラムを、まるでダンスでも踊るかのように機体を器用に操って避けてみせた。
さすがは日本ランク三位のサロ、デビューからわずか半年でランキングをあっという間に駆け登り、その勢いから『ライジング・サン』という通り名を与えられたのは伊達じゃない。
「へぇ、あれを避けるなんてなかなかやるじゃないの」
「おねえさんこそ、ノーランカーなのに凄いテクを持ってるね」
美織に受け答えしつつ、では今度はこっちの番とばかりにサロの機体が両腕を上げる。
その指には無数のナイフが挟まれており、サロは一度両腕を後方にしならせるとまるでピアノの鍵盤を力強く叩くように前方めがけて振り下ろし、ナイフの嵐を美織の機体目掛けて打ち込んだ。
☆ ☆ ☆
「まさか、こういう形でまたやりうことになるとは思ってなかったな」
「……ええ」
「あの時は痛みわけだったが、今回はそうはいかないぜ?」
「……私も気持ちは同じ」
そう言って日本ランク二位のヒョードーは、目の前のレンの機体を相手にいつも通りの構えを取った。
中腰にして、両足を肩幅ほどに開き、右手は腰の辺り、左手は顔の前にそれぞれ指を開いた状態で構え、じっとレンの動きを伺う。
「
もっとも異色と言う意味ではレンも負けてはない。
ヒョードーに対して半身に構え、同じく両手には武器など持たず、拳を軽く握り締める。
剣や銃器が主流の『AOA』にあって、極めて珍しい徒手空拳のプレイスタイルなふたり。
だが、その間には大きな違いがあった。
ストライカーとグラップラー。
空手で培った経験を『AOA』でも活かすレン同様、ヒョードーもまた幼い頃から慣れ親しんだ柔術をゲームの世界に持ち込んでいた。
「まずは挨拶代わりだ」
レンが軽く前後に跳ねると突然のダッシュとともにノーモーションの直突きを繰り出す。
「はっ!」
その眼にも留まらぬ直突きをヒョードーは紙一重で躱してみせると、すかさず伸びきった腕を掴みにいった。
「おっと!」
とは言え、そこはレンもさすがに警戒している。突きを出した時と同じか、あるいはそれ以上の速さで素早く腕を戻し、ヒョードーの脅威から逃れた。
「ははっ。以前にお前を気絶させた直突きだが、さすがに今回は躱すか」
「……それは貴方とて同じ。前はその腕を取って間接を極めたのに、今回は触ることも出来なかった」
ふたりが悔しそうに、しかし同時に歓喜を滲ませた言葉をやりあう。
なんでもふたりはかつて生身で戦ったことがあったらしい。
その時はレンが直突きを決めて失神させたものの、ヒョードーは気を失いながらも本能で腕を取り、飛びつき腕十字を極めてレンの右腕を破壊したと言う。
「まぁ、そう簡単に決まっても面白くないよな。今日はとことん付き合ってもらうぜ」
「……心得ました。もう二度と私とはやりたくないと言わせてあげましょう」
練習試合だってのに、ふたりから本番さながらの凄まじいオーラが溢れ出る。
とても近づけたものではなかった。
☆ ☆ ☆
「練習試合?」
東京ゴリンピックを一ヵ月後に控えたある日のことだった。
この一大イベントを前にワールドサーキットも中断され、本番に向けた研鑽も油が乗ってきた頃、海原アキラから突然の打診があった。
なんでも日本代表同士、お互い一度手合わせをしてみるのも得るところがあるだろう、とのこと。
「とか何とか言って、ホントは私たちのデータが欲しいのよ。決勝で当たるかも知れないんだから」
「って言いながら、なんだよ、そのワクワクした表情は?」
美織がニコニコしながら不満を口にするという奇妙なことをやってくる。
まぁ、どちらも本音なんだろう。
これまで大きな大会に出ていない美織たちは先の選考会以外に戦闘データがない。優勝を万全にするためにも海原アキラが少しでも情報を欲しがるのは当然だ。
だからいくら格上からの練習試合の申し込みであっても、素直に受けるわけにはいかない。俺たちもただゴリンピックに出るだけではなく、優勝を目指しているんだ。その最大のライバルとも言うべき相手に、こちらの情報をむざむざ晒す必要はないだろう。
でも、練習試合で得られるものも無視できなかった。
普段から大会で戦っている俺はともかく、他のみんなは海原アキラたち上位ランカーとの戦闘を経験したことがない。
選考会にはプロゲーマーもいたが、所詮は下位ランカー。海原アキラのような一流とは比べ物にならない差がある。
みんなには本番を前に本当に強いヤツらとの戦闘を経験させたい。
生半可な奴なら上位ランカーとの実力差に絶望し、モチベーションが駄々下がりするのも懸念されるが、美織たちに限って言えばそれは絶対にないと断言出来る。
むしろ相手が強ければ強いほど燃えるヤツらだ。
これらのことは美織も勿論分かっている。
自分たちのデータをライバルに渡したくはない。
が、強い奴らと戦ってもみたい。
そんな二律背反が美織の複雑な言動に表れていた。
「……まぁ、ここは受けてみるか」
「ええっ!? それじゃあ私たちのデータをむざむざ奴らに渡すことになるじゃない!」
「だから満面の笑みを浮かべながら怒っても説得力がないってーの!」
俺は苦笑しながら、それにデータを得られるのはむこうだけじゃない、こっちだって海原アキラたちとの実戦データを得られるのは大きいはずだと説明した。
「なるほど。じゃあ仕方ないわねぇ」
「ああ。もっとも、むこうさんも全部見せてくれるとは思えないけどな」
「そりゃそうでしょ」
海原アキラたちと戦えることになって顔面を綻ばせていた美織が、途端にいつもの海千山千らしい勝負師の顔付きに変わる。
「だって、こっちだって全然見せるつもりはないんだから」
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