第十七話 空気なんか読んでちゃ勝負には勝てないですよ?

そして戦闘開始から三十分後。


「私は158体、倒したわ」


「マジか? 俺は123だ」


「私は132です。司君は?」


「僕は261体ですね」


 おーっとみんなから歓声が上がった。


 香住が撃墜王とは……この戦闘が始まる前までは思ってもいなかったことだ。

 むしろ遠距離支援タイプなんだから無茶して撃墜されちゃうんじゃないかとさえ俺は思っていた。


 だが、その戦いぶりを見たらこの結果も納得せざるを得ない。

 みんなと一緒に戦場に飛び込んでいくのには驚かされたが、巨大なレーザーライフルを振り回しながらも、しっかりした機体操作で敵の攻撃を見事に躱しきっていた。


 それでいていざ攻撃に転じれば一撃で複数の機体をぶち抜いていくのだ。

 さすがは特別モデル仕様の巨大ライフル、まさに撃墜王エースの称号に相応しい攻撃力だった。


 もっとも、これでも香住が言うには近~中距離戦闘用にライフルの連射力を高める代わり、攻撃力を抑えていたらしい。

 本来の遠距離攻撃モードでは、もっと凄まじい破壊力なのだそうだ。


 ったく、どんなバケモノ兵器だよ。


 ただ、正直なところを言うと、本当の化け物は武器じゃなくて香住の方だと思う。

 機体の操作も見事だが、それ以上に攻撃の正確性がハンパない。


 あれだけの威力を誇る特別モデルなんだ。きっと代償があるに違いなく、当初は連射性だと思っていた。が、そうじゃないとなると、あと考えられるのはひとつだけ。


 命中精度だ。


 おそらく司の特別モデルは命中精度がとことん低いはず。そうじゃないと完全なバランスブレイカーで、今回のような公式戦では使用が禁止されてなきゃおかしい。


 なのに香住は百発百中でぶち当てていた。しかも本来ならば地面に固定して遠距離から狙撃するような巨大武器を、激しく動きながら腰に構え、まともに標準を合わせるヒマもないタイミングで。


 使いこなせるように頑張ったというが、ここまでになるまでどれだけの時間を費やしたのか。

 昔から見た目によらず根性のある奴だったが、ますます磨きがかかったようだ。

 


「で、九尾。あんたは?」


 そんな内心ニヤニヤしている俺に美織が尋ねてくる。


「ふん、俺は戦いには数よりも質を求める人間なんだ。弱い相手をいくら倒しても意味がない。やはり戦闘とは強いヤツと戦ってこそだよ、うん」


「はぁ? 何言ってんのよ。私、今回は撃墜数勝負だって言ったわよね? で、いいから何体倒したのよ、言ってみなさい」


「……84」


「はい。じゃあご飯を奢るのは九尾に決定ね」


 美織がこともなさげに告げた。


「ちょ、待てよ。まだ試合は終わってねぇぞ」


「確かに終わってないけど、あとはあそこで縮こまっているチームだけでしょ。あいつらを全部倒したところで四位レンの撃墜数にも全然届かないじゃない」


「確かに数字上ではそうだ。が、あいつらはプロゲーマー、しかも日本ランキングで六位とかのシングルランカーたちだぞ」


 そう、あと残っているのはカームたちのチームだけだった。

 さすがは選考会が始まる前までは本命と言われていただけのことはある。

 よくぞここまでうちらのムチャクチャな攻撃の餌食にならず生き残っていてくれた。


「あいつらはそこらの雑魚ノーランカーとは違う。実力的に言っても、雑魚の十倍以上の価値があるはずだ。となると、奴らを倒せば一人当たりスコアを10追加するボーナスチャンスがあってしかるべきじゃねぇか?」


「しかるべきじゃねぇか、じゃないわよ。素直に逆転するチャンスが欲しいのなら欲しいって言いなさいよ」


「すみません。チャンスが欲しいです。このままではプロの沽券にかかわるので」


「よろしい。実を言うと、私もこのまま司の逃げ切りでは面白くないと思ってたのよ。よし、じゃああいつらを倒したら一体あたり百ポイント追加ね!」


 おー、さすがは美織! 話が分かるー!

 やっぱり最後は全員に大逆転の可能性があってこそ、だよな。


「くっ、お前ら。調子に乗りやがって」


 と、そこへカームからの通信が聞こえてきた。


「俺たちを倒したら百ポイントだと? ふざけるな!」


「ふざけてないわよ。むしろあんたらはそこらの奴よりも百倍の価値を付けてあげたんだから感謝してほしいぐらいだわ」


「なっ!? それがふざけているって言ってるんだ! 俺たちを倒すだと? お前ら雑魚ノーランカー風情が何寝言を」


「寝言も何も私たちの強さを見てなかったの? それとも寝ているのはむしろ貴方たちの方なんじゃない?」


 いやー、煽る。

 煽りまくるなぁ、美織の奴。

 映像は見えないけれど、顔を真っ赤にしているカームの様子が頭に浮かぶ。


「くっ! ……いいだろう。夢を見ていたのは誰なのか、プロとして教えてやる」


「いいわね。だったら私も教えてあげようじゃないの。……子供は寝てなさいよ、って」


 そのやりとりが戦闘開始の合図となった。

 カーム達は陣形を組み、俺たちは一斉にブースターを吹かした。


 俺たちに作戦なんてない。

 目の前の敵を叩きのめすのみ。


 対してカーム達はチームで対抗するつもりなのだろう。

 ランク持ちのプロゲーマーとして、本当ならば一対一の戦闘をしたいはずだ。

 が、それでもチーム戦に拘るのは少しでも勝率を上げる為か、それとも本能的に理解してしまっていたのか。

 

 ――こいつら相手に一対一では勝てない、と。


 だが、どちらにしろカームたちの命運は決まっていた。


「なっ!?」


「ちょ!?」


 俺たちが翔け出す直前に放たれた眩いビーム光線。

 その光線が一直線に伸び、カーム達の布陣を右から左に切り裂いたかと思うと、


 ずどどどどどどーーーーーーん!


 次の瞬間、突然大爆発が起きた。


 それがカームたちの機体の爆発だと気付いたのは一秒後のこと。


 慌てて振り向き、光線が香住の構えるビームライフル(通称エンジェリックバスター。香住が言うには、これが本来の使い方だとか)から放たれたものであったことを知るのにさらに一秒。


 そしてもう一度カームらの様子を確認し、試合が終わったのを悟ったのは、まさに先の戦闘開始からわずか三秒足らずのことであった。


「やった! これで僕の勝ちが確定ですね」


「……香住、お前って奴は……」


「ちょ、司! あんた、少しは空気を読みなさいよっ!」


 呆れる俺と、怒れる美織。さらには苦笑いするレンや黛さんにも動じることなく、司は「空気なんか読んでちゃ勝負には勝てないですよ」と涼しげに言ってのけた。





 かくして国内の最終選考会が終わり、俺たちは晴れて日本代表に選ばれた。

 しかもゴリンピック本番で金メダルも狙えるメンバーで、だ。

 ああ、最高だ! 最高すぎる!

 これで大手スポンサー獲得にぐっと近付いた!


 だから、俺よ、泣くんじゃない。

 いくらメンバーが今、俺の財布事情も知らずにぱくぱく高級焼き肉を食べまくっていても、堂々としてればいいんだ。


 そう、これは頑張った仲間への、リーダーである俺からの労い。

 そして本戦でも変わらぬ活躍をして我がチームに金メダルをもたらし、俺に念願の大手スポンサーを呼び込むための投資なんだ!

 ここはケチケチせず存分に振る舞って――


「あ、ボーイさん、極上カルビあと十人分追加ね!」


「美織! お前、そのちっこい身体でどれだけ食べやがるんだっ!?」

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