第十四話 茶番劇
「今年の一月の終わりかしらね、ヒルがいきなり連絡を取ってきたのよ」
無事選考会の受け付けを終えた俺たちは控え室で荷物をロッカーに入れると、すぐに試合場へと向かい、『AOA』の世界にダイブした。
美織たちのゲーマーとしての腕は知っているものの、それぞれが『AOA』でどのような戦い方をするのかまでは知らない。
このままでは連携もままならないし、なによりこういったのは話すよりも実際に戦ってみた方が分かりやすいので、早めに搭乗することにしたのだ。
「で、その中でヒルが『AOA』のゴリンピック用のバージョンアップを考えているから、その微調整に協力して欲しいって言って来たの」
とは言え、みんなの実力よりも先に確認したいことがあった。
言うまでもない。このチーム結成に起きた奇跡の話……もしくはその裏側の茶番話を、だ。
俺がそのことを切り出すと、派手な金色の塗装を施した細身の機体で、チャクラムなんていう珍しい武器を指先で器用に回していた美織が話し始めてくれた。
「それでマックロソフト本社のあるアメリカに行ってたのよ」
知らない人が聞けばなにを壮大なホラ話をしているんだと思うことだろう。
が、美織は決してウソなんてついちゃいない。
何故なら『AOA』を開発したヒル・ゲインツと美織は顔見知り……と言うか、ぱらいそで入店一番挨拶してきてくれた、巨乳のなっちゃんさんがいただろ? あれが実はヒル・ゲインツの奥さんなんだ。
それこそウソのようだが本当の話。なっちゃんさんがハワイに旅行した時に知り合ったそうだが、まったくもって世界は広いようで狭い。
「なるほど。そうだったのか……っておい、そんな関係者が参加していいのかよ?」
「大丈夫よ。私みたいなのが世界中から集められていて、そいつらも参加するみたいだしね」
美織が言うには、その中にはランカーも入れば、全く無名な選手もいたとか。
なるほど。ゴリンピック本番では聞いたこともない選手だからって油断してたら痛い目に会いそうだな。
ま、それはともかく、これで美織の足跡がどうして掴めないのか分かった。
そういう事情ならばきっと極秘だっただろうし、久乃さんや黛さんが行き先を知らなかったのだって頷ける。
「そして二週間ほど前、美織から突然『AOAで今度のゴリンピックに出てみない?』って誘いがあったんだ」
そこへ美織と同じく機動性を重視した細身の機体で、白を基調に赤の縦線が左右に一本ずつカラーリングしたレンが、話の後を受け継ぐ。
「美織の誘いを受けて俺は迷った。なんせ俺は空手で金メダル候補と言われてたからな」
「そうだ。確かゴリンピックは異なる競技への参加は禁止されていたはずだろ? だから俺は必死にメンバーを探しながらも、レンにだけは連絡をしなかったんだ」
だって金メダル確実って言われているレンをこっちの都合で引っこ抜いたりしたら、下手すれば日本中から猛烈なバッシングを受ける可能性がある。
それになんだかんだ言ってもゴリンピックは特別な大会だ。いくら他の大会で優勝を総ナメしていても、ゴリンピックでの実績がなければ世間では軽んじられてしまうこともあるだろう。
レンの空手家人生を考えたら、とてもじゃないけど誘うことは出来なかった。
「なのに美織はレンにあっさり連絡しちまったのか。まったく、相変わらず図太い神経してやがるな」
「九尾。あんたこそ、レンのことをまるで分かってないわね。レンは常に強者との戦いを求めているの。自分が絶対に勝つと分かっている試合なんて、たとえそれがゴリンピックという大舞台であっても退屈なのよ、こいつには」
「その通り! 正直言って、空手で金メダルを取るより、『
「そりゃそうだ。一体どうやって説得したんだ?」
「ああ、俺は悩みに悩んで、考えに考えまくった。そしてふと思ったんだ。よくよく考えてみれば、世間的に金メダルを取るのは別に俺じゃなくてもいいんじゃないかって。つまり日本人であれば誰でもいいし、うちの道場から考えてみても同門生であれば問題ないんじゃないかってな」
レンの答えに俺は「はぁ」と一応頷いてみせた。
言っていることは分かる。
だけど、そう簡単にレンみたいな化物を新たに用意なんか出来るのだろうか? それこそレンと全く同じ動きをするクローンでも作り出さない限り……あっ!
「だから俺はアイツを呼び出して、俺の代わりにゴリンピックに送り込むことにしたんだ」
レンはそう言うと、コクピットモニターの片隅にネットで配信されている動画をみんなに共有してきた。
どうやら他会場で行われている空手の選考会の結果映像らしい。
その女子無差別級で、ごく普通の体型にも関わらず、全ての試合をたった数秒、一発で一本勝ちを決めているのは……。
「かずさ!?」
香住が思わず叫んだのも無理はない。
そこには香住の妹、なんでも見たままに動きをコピーする能力を持つ香住かずさが映し出されていた。
「つかさー、お前んとこの妹、マジで凄いわ。二週間前は完全なドシロウトだったのに、俺に稽古を付けられるにつれて見る見るうちに上達して、今じゃあ俺だって勝つのに一苦労するんだぜ。今のかずさなら間違いなく金メダルを取るさ」
動画がかずさへのインタビューに変わる。
『女子空手界に新たな超新星現る!』のテロップのもと、息ひとつ切れてないかずさがにこやかにインタビューを受けていた。
『香住選手! 見事、全試合一本勝ち、おめでとうございます!』
『ありがとうございます!』
『絶対的王者である霧島選手が怪我をし、今朝になって欠場とニュースが流れた時には日本中が悲鳴を上げましたが、見事に香住選手がその不安を払拭してくれましたね』
『いえ、私なんかまだまだレンちゃん先輩の足元にも及ばなくて。ゴリンピックでは出場できない先輩の分も頑張ります!』
『頑張ってください。あ、霧島選手が来てくれました! 霧島選手、今回は残念でしたが同門である香住選手が見事ゴリンピックへの出場を決めてくれましたね』
『ああ、こいつなら出場どころか金メダルだって確実だって思ってますよ』
『なんと! 世界選手権三連覇中の霧島選手から見ても、香住選手の実力はそこまで抜きん出ていると見ておられるのですか?』
『当然。そうじゃなきゃこいつにゴリンピックを託しませんよ』
『レンちゃん先輩、わたし……わたし、やったよ!』
『ああ、よくやった。この調子で本番も俺の代わりに頑張ってくれ。お前なら出来る!』
『レンちゃん先輩……』
それは実に感動的なシーンであった。
レンが『AOA』の方で出たいあまり、かずさを利用したということさえ知らなければ、の話ではあるが。
「ちなみにかずさはレンが『AOA』に出ることを知っているの?」
「うんにゃ」
「じゃあ同じチームで僕も出るなんてことも……」
「ああ。多分明日のネットのニュースを見て、怒り狂うだろうな、かずさのヤツ」
かずさはいわゆるブラコン、実の兄である香住司を溺愛していた。
さすがに香住の高校卒業を機に、かずさもお兄ちゃん離れを決意したそうだが、それでもやはり香住のことが大好きなのには変わりがないだろう。
その大好きなお兄ちゃんがレンや俺たち、ゲームショップ・ぱらいその仲間でチームを組んで『AOA』の最終選考に挑む……。
「……レン、さすがにこれはマズくないか?」
「大丈夫だって。確かにかずさは激しく怒り、俺にぶつけてくるだろう。そして俺はその怒りを真正面から受けて立つ。結果、俺は強いヤツと戦えて満足だし、アイツもさらに強くなるんだ。まさに一石二鳥って奴さ。ワクワクするな!」
ワクワクするって……お前はどこぞの戦闘種族か?
「まぁ、レンがいいならそれでいいでしょう。さて、話を戻しますが、私は前に九尾君へ話したように、美織がどこで何をしているのか知りませんでした」
レンの様子に呆れつつも、打ち明け話を続けてくれたのは黛さんだ。
乗っている機体はこの前同様、見た目にはあまりカスタムされていない普通の機体で、色も基本色であるグレー。ただ前見た時と違って、拳銃のホルスターを腰の左右に付けている。
「その美織から連絡があったのが昨日の夜。ろくな説明もされず、明日の選考会にあんたも出なさいと言われました」
はぁと溜息をつく黛さん。
ホント、色々と大変そうだ。
「で、その時に私は九尾君のことを話したのです」
「そうよ、
「そ、そうか……」
なんて律儀な人なんだ、黛さん。
きっと今日も俺が色んな連中から声をかけられるも「優勝出来るメンバーを組む」という約束を俺が守るのを、この会場のどこかで見守っていたのだろう。
いい人だ、本当にいい人だ。あの時の約束はメンバー集めをとんでもなくハードルを高めてしまい、一時は参加する事も諦めていたけれど、最後まで守って本当に良かった。
「あ、でも、リザーバーになってしまった人にはなんだか申し訳ないな」
「ううん、別に気にしてないって言ってたよ。もともとあまり表に出たがらない人だしね」
香住が「だから健太も気にしなくていいって」と言ってくれた。
さて、その香住だが、どうやら他の連中と違い、遠距離からの攻撃を得意とするスナイパー仕様らしい。
機体そのもののカスタムはほどほどに、代わりに機体よりも大きな狙撃用のビームライフルを両手で構えている。
「香住のそれ、えらい馬鹿でかいな。こんなビームライフル、見たことねぇよ」
「そりゃそうよ。そいつは司仕様の特別モデルだからね」
その大きさにびっくりする俺の感想に、美織がさらっともっと驚くことを言う。
「特別モデル!? なんでそんなものを香住が持ってるんだよ?」
特別モデルとは大きな大会で優勝した景品とか、開発に関わったスタッフが持っていたりする、マニア垂涎のレアものだ。
『AOA』はカスタムの自由度が飛びぬけて高く、機体も武器もユーザーの発想次第で多種多様に作ることが出来るが、それでもやはり特別モデルはその名の通り特別である。
「あはは。まぁ、ちょっと、ね」
「なんで隠すのよ、司。言ってやりなさい、自分もこの『AOA』の初期開発関係者の一人なんだって。てか、だからこそ今回のチームにあんたを誘ったんだからね」
え?
「関係者って大袈裟ですよ、僕なんかちょっとアイデア出しとかデバッグをしただけで」
「それを関係者って言うのよ。……あれ、どうしたの、九尾。あんたのことだからもっと驚くと思ったんだけど、反応が薄いわね」
……いや、十分に驚いてますよ?
ただ、プロゲーマー百カ条にある「心を乱すな。常に冷静であれ」を守っているだけですよ?
てか、正確に言えば、本当に驚いた時って言葉を失うんだなぁってことを体感して、やっぱりとても驚いてますよ?
「ほ、ほら、ヒルさんってなっちゃん先輩の旦那さんだから、それで僕とも面識があって色々と良くしてくれるんだよ。だから大したこともしてないのに、こうして僕専用の特別モデルなんかも作ってくれちゃって」
香住の機体がよいしょとライフルを担いでみせると、その側面に天使のレリーフが彫られているのが見えた。
……さすがは特別モデルだ。無駄に凝ってる。
「だけど特別モデルって外見はともかく、中身はかなりピーキーだって聞いたことがあるけど大丈夫か?」
「あ、うん。そこはなんとか。せっかくの僕専用だからね、なんとか使いこなそうと頑張ったんだ」
心配する俺に香住が任せてと答えた。
正直なところ、香住は他の連中と比べてゲームの腕はそれほど高くなかった。
が、その分、人一倍の努力家なのを俺は知っている。
そんな香住が大丈夫と言うのだから、きっと大丈夫なんだろう。間違いない。
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