第十三話 集結!

 カームの言葉を誰かが遮った。


 と思ったら突然、後ろからにょきっと顔が飛び出てきて、俺を覗き込んでニッと笑ってくる。

 薄っすらと化粧を施し、俺が覚えているよりも若干大人へと成長したものの、気さくな笑顔が昔とまったく変わっていないソイツは……。


「レン!」


「よう。久しぶりだな、九尾」


「お前、一体どうしてここに!?」


 予想もしていなかった古い友人の登場に、俺は挨拶も忘れて問い質す。

 霧島レンは空手の金メダル最有力候補。とは言え、国内予選が免除されているわけでもない。

 そして俺の記憶が正しければ、空手も確か今日が選考会だったはずだが……。


「なーに。昔の友達ダチが困ってるって聞いたから、手助けしてやろうと思ってやって来たんだよ。ほら、俺のほかにも」


 レンがバンバンと俺の背中を叩いて、無理矢理振り返らせる。

 するとそこには。


「ふふん、待たせたわね、九尾」


「優勝を目指す九尾君の覚悟、今度こそ確かに見せてもらいました」


 捜し求めていた奴と、俺の目を覚まさせ、そしてここまでの窮地に追い込んでくれた人の姿があった。


「美織! それに黛さん!」


 ふたりの名を叫びながら、思ってもいなかった奇跡につい涙腺が緩みそうになる。


 やばい! こんなところで泣いたら、さっきの呟き以上の黒歴史が爆誕してしまうじゃないか。

 プロゲーマー百カ条でも

『負けて泣くな、勝っても泣くな。泣くなら誰も見てないところで思い切り泣け』

 と言っている。下手に涙なんて見せるわけにはいかない。


 俺は顔を一度上げて涙をグッと堪えると、いつものようなイケメンな笑顔を浮かべ、目の前の、高校時代から外見的に何の成長も見られない悪友に言ってやった。


「おい、美織! 相変わらずちんまいな! あまりに小さすぎて探し出すのに苦労ぐほぅ!」

 

 途端に一ミリの遠慮もない美織のヤクザキックが飛んできて、俺の腹にめりこんだ。

 

「嬉しいからって調子に乗ってんじゃないわよ」


「ううっ。す、すみませんでした……」


 なんてこった。背格好どころか行動パターンまで高校ガキの頃と同じでいやがる。

 ……って、それは俺も同じか。

 お互いに二十歳を超えたというのに、まるで子供のようなやり取り。

 だが、それが今はなんだかとても嬉しく思えた。


「と、とにかく。何がなんだかよく分かんねぇけど、お前たちが来てくれたってことは一緒にチームを組んでくれるってことだよな? よーし、あとはそこらへんの適当な奴を誘えばまだ間に合う!」


 この降っておりた幸運を逃すわけにはいかない!

 興奮しつつ、まずは受付を確認。

 見ると、ミリタリージャケットを羽織ったショートヘアな女の子が受付を済ませているところだった。

 よし、まだ受け付けをやってるな。

 となれば、あとは誰か適当な奴に声をかけ……ん?


「なんだよ、レン? 用事ならあとにしてくれ」


 誰をスカウトしようかとキョロキョロ辺りを見渡す俺の肩を、レンがちょんちょんとつついてくるので、しっしと振り払った。


 すると今度はあろうことか、ぎゅっとヘッドロックなんぞをかましてきやがったぞ!


「おい! ふざけんなよ! 今はそんなことをやってる場合じゃ」


「いーんだよ。受け付けならほれ、丁度今終わったところじゃねーか!」


 レンがぎゅーぎゅーと締め付けつつ、ニヤニヤ笑いながら受付を指差す。

 慌てて視線をむけると、そこにはさっき見た女の子が受付の人に深々と頭を下げながらお礼を言っているところだった。

 んー、その礼儀正しい姿はどこかで見たことがあるなぁと思っていたら、女の子がおもむろにこちらへと振り向いた。


「……え?」


 思わず、言葉に詰まる。

 

「よかったぁ。ぎりぎりだけど、なんとか受け付け、間に合いましたよー」


 その子が安堵した表情でこちらへと歩いてきた。

 一歩踏み出す度、肩で揺れる天使の髪先。

 ジャケットの上からでも分かる、とてもそうとは思えない華奢な体つき。

 そして何よりも


「あ、健太。久しぶりだね」


 俺の名を呼んで浮かべる笑顔の眩しさと言ったらもう、とてもこの世のものとは思えない。

 ああ。また、会えるとは思ってもいなかった。


 彼女の名前は、つかさちゃん。

 かつてゲームショップ・ぱらいそでバイトをしていて、その神に愛された美貌と、健気にも頑張って働く姿に、俺のみならず多くの男性常連客が虜になった。

 実を言うと、俺の初恋の相手でもある。

 もう二度と。

 二度と会えないと思っていた。

 だって、このマイエンジェルの正体は――


「おい、香住! お前、なんでまたカツラなんか被って女装してるんだよっ!?」


 俺は歩み寄ってきた親友にこれまた挨拶もせず、いきなりその頭をがしっと掴んだ。

 そう、つかさちゃんの正体は、俺の親友・香住司だったのだ。

 

 その事実を知った時はショックのあまり寝込んでしまった。だって当時、学校での香住は野球部もかくやといわんばかりの坊主頭で、それがまさかカツラを被ったらあんな美少女になるなんて想像もしてなくて、同一人物なんて信じられなかったのだ。


 だが、まぁそれから色々あって俺たちの友情は修復した。香住も別に女装が趣味というわけでもなく、ぱらいそで働くために仕方なくやっていただけであり、高校を卒業してぱらいそでのバイトを辞めてからはその必要性もなくなったはずだったんだが……。


「サプライズのつもりかっ!? つかさちゃんの姿で現われて、俺をびっくりさせようという魂胆か!? ああ、驚いた。驚いたさ。だけど俺はつかさちゃんの正体がお前だと知っている。さすがにいくら外見があの頃と同じ美少女であったとしても、中身が男だと分かっているのに今更萌えることが出来るはずがないだろう? と言うか今、ドキドキしている心を俺は認めたくない。これを認めてしまえば俺はきっともう取り返しのつかないところへぶはぁ!」


 いきなりの悲恋に終わった初恋の人の登場に、なにがなんだか分からないまま詰め寄る俺の頭を美織がジャンプしてチョップした。


「いたっ! お前、いきなり何を」


「いきなりも痛いのもこっちのセリフだよ、健太。いい加減髪の毛から手を離してくれないかな」


 突然の攻撃を受けて美織を睨みつけようとする俺に、香住が涙目で訴えかけてくる。


 そこでようやく俺はまだ自分が香住の髪の毛を掴んでいることに気がついた。

 ……てか、痛い、だって?


「……えい」


 俺はカツラと思われる香住の髪の毛を引っ張ってみる。


「いたたっ。だーかーら、痛いって言ってるのに、どうして引っ張るかなぁ」


 ……マジで痛がってやがる。

 おまけに全然剥がし取れる気配もない。


「まさかこれ地毛、なのか?」


「まさかも何もその通りだよっ! 大学生にもなって坊主頭じゃおかしいでしょ?」


 香住はそう言うが、俺は別に坊主頭でもいいと思う。

 というか、香住は坊主頭の方が絶対にいい。だって、これはどう見ても……


「なんてこった。親友がマジで男の娘になっちまった」


 俺は呆然とつぶやいた。


 香住が懸命に「違うよっ!」と否定するも、相変わらずその口調は中性っぽくてどうとでも取れるし、ミリタリージャンパーにジーンズという服装は女の子でもよく見かけるし、なによりもやっぱりその髪形が紛らわしい。

 坊主頭の時は童顔で頼りなさそうなくせに、髪形ひとつで美少女になるんだもんな、こいつは!


「はいはい。九尾、司を押し倒すのは今は我慢してよ」


 苦悶する俺に美織がそんなことを言ってくる。

 司は「なんで僕が九尾に押し倒されるのっ!?」とすかさず反論するも、俺は咄嗟には何も言い返せなかった。


「よーし、じゃあこれでチーム・ぱらいそ結成ね! 目指すは金メダル! 絶対に勝ち取るわよ!」

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