第十一話 辞退させていただきます

 世の中には上には上がいる。


 その事に高校に入った時点で気付けた俺は、ある意味ラッキーだったと言えるのではないだろうか。

 勉強もスポーツもそこそこな当時の俺が、唯一絶対的な自信を持っていたのがテレビゲームだった。

 友達連中の中で一番上手く、ゲーセンでも滅多なことでは遅れを取ることはなかった。


 俺はゲームの達人だ。


 そう思っていた。

 

 が、その自信は俺と同じ歳とはとても思えない、ちんまい女の子によって粉々に打ち砕かれることになる。


 晴笠美織。ぱらいその店長としてやってきた女の子。

 普通のゲームショップだったぱらいそをいきなりメイドゲームショップにし、しかも「私に勝ったらゲームの買取金額を倍にしてやるわ」とか言うもんだから、最初は「なに生意気言ってやがるんだ、こいつ」って感じでぶっ倒してやるつもりだった。


 それが見事なまでに返り討ち。

 しかも何度やっても、あともう一歩ってところで勝てない。


 ああすればよかった、ここはこうすべきだった、プレイを重ねる度に気付かされる課題点。

 それらを克服し、再度挑戦を叩き付けては見たものの、結果はいつだってまた新たな問題を思い知らされるだけだった。


 そうこうしているうちに霧島レン、黛さん、そして親友である香住の妹・香住かずさと言った、これまた俺よりも上手い奴らがどんどん現れた。


 ああ、俺がこの世で一番ゲームが上手い――そんな自信はもう完全に消え失せたよ。

 

 でも、代わりに生まれたのは、こいつらになんとしてでも勝ちたいという強い気持ち。

 思えば俺がプロゲーマーになるなんて冗談を言ったのも「プロになればこいつらに勝てるんじゃないか」って思ったからかもしれない。

 それぐらい俺は勝利に飢えていた。

 そしてそれこそが俺の強みになった。


 世の中には俺よりも強い奴等で溢れている。

 だったら――それでも俺はゲームの達人だと声高に叫びたいのなら――そいつらを倒せるほど強くなるしかない。


 敗北に絶望するな。甘受するな。慣れっこになるな。

 勝つために考えろ。敗北を糧にしろ。勝つまで決して諦めるな。


 俺は腕も、センスも、インスピレーションもまだまだだけど、培ってきた勝利への執着心だけは誰にも負けなかった。


 だから、どうしても出たい東京ゴリンピックの最後のチャンスに、俺は自分のちっぽけのプライドをかなぐり捨てる覚悟で今日、ぱらいそにやってきた。


 俺の今を作り出し、そしていつか絶対倒さなければいけない相手、ぱらいそ店長・晴笠美織と、その従業員である黛さんに「俺と一緒にチームを組んで予選会に出て欲しい」とお願いする為に――。




「それがまさか店長のヤツが失踪中とはなんてこったいっ!」


 俺は思わず頭を抱え込んだ。

 ああ、分かってるさ。

 あれだけ偉そうに勝利に飢えてる、勝つためには全力を尽くすとか言っておきながら、美織不在と聞いて「万策尽きたー」と絶望している俺は今、めっちゃ格好悪いって。

 

「代わりにレンちゃんってのも今回は無理やしなぁ」


 俺の嘆きに同調しつつ、久乃さんも溜息をつく。


 高校で同級生だった霧島レン。彼女は卒業後、実家の空手道場を継いだ。

 もともと同世代では群を抜いていたレンの強さは、当主就任後にますます手が付けられないようになり、ただ今世界選手権三連覇中、百二十戦負けなし。今回の東京ゴリンピック女子空手部門で圧倒的な金メダル候補である。


 そしてゴリンピックはルールにて、異なる競技への同時参加は禁止されている(カテゴリーが同じであれば問題ない。例えば陸上競技は陸上というカテゴリに一まとめにされている)。

 さすがに金メダル確実と言われている彼女をこちらに誘うわけにもいかなかった。


「となると、あとはかずさちゃんか……」


「あいつかぁ」


 久乃さんの提案はもっともだ。

 しかし、出来れば避けたいところでもあった。


 ひとつ年下の香住かずさは、確かにゲームが上手い。

 ただ、それは決して純粋な強さではなかった。

 どんなことでも何でも器用に真似してしまうこいつは、美織と様々なゲームを何度も何度もプレイすることによって、彼女と同等な力を手に入れた。

 だからかなり手強い。かずさがぱらいそでアルバイトをしていた頃は、美織や黛さんの代わりに例の買取キャンペーンの対戦相手を任されたことがあったほどだ。


 でも、その反面、美織とのプレイで遭遇したことがないような状況に陥った場合は全くのドシロウトに成り下がってしまう問題もあった。


 高校を卒業した後、かずさがどこに行ったのかは知らないが、ぱらいそで働いていないところを見ると、きっともうゲームはやっていないだろう。そもそもぱらいそでアルバイトを始めたのだって、決してゲームが好きだからという理由ではなかった。

 

 そんなかずさが果たして戦力になるのか。甚だ疑問ではある。

 が、


「仕方ない。背に腹は変えられないか」


 それでもあの人間離れした能力は、ノーランカーたちと組むよりもずっと頼りになる。

 選考会まであまり時間がないが、これから徹底的に鍛え上げれば、きっと戦力になるはずだ。


「えっと、俺、あいつの電話番号とか知らないんですけど、連絡は取れますか?」


「大丈夫やで。うちらも黛さんの代わりに週一でもいいから出てくれへんかって、そろそろ連絡するつもりやったさかい」


 久乃さんがスマホを操作して、かずさに電話してくれた。

 ありがたい。本当に感謝だ。


「あ、あれ?」


 しかし、次の瞬間にはその久野さんが戸惑った声を上げた。


「どうしたんスか?」


「繋がらへん。なんか電源が切られているか、電波が届かないところにいるらしいわ」


 むぅ、なんて間の悪いヤツなんだ。

 彼女の実の兄であり、俺の親友である香住司なんて、仮に寝入っていたとしても電話をしたらすぐに出てくれるというのに。


「まぁ、仕方ないッスね。いつまでも不通ってわけでもないでしょうし。そうだ、電話番号教えてくれませんか? 俺がまた折を見て掛け直してみるッス」


 俺の提案に久乃さんは快諾して、電話番号を教えてくれた。

 ふっふっふ、こうなったらこっちも意地だ。絶対に捕まえてやるぞ。俺の勝利への執着心を舐めんな?


「すみません、九尾君。ひとつ、いいでしょうか?」


 そこへそれまで黙って話を聞いていた黛さんが、珍しく何か申し訳なさそうな様子で尋ねてきた。


「な、なんです?」


「さっきの話だとチームは五人構成ということでしたが、九尾君は当初、どのようなメンバーを集めるつもりだったのですか?」


 ああ、なるほど。そこは確かに気になるだろうな。


「そうですね。黛さんの言いたいことは分かります。俺、美織、黛さん、確かに俺が当初考えていたメンバーはこの三人だけです。残りのふたりはどこかのノーランカーに参加してもらうつもりでした」


「……」


 黛さんが神妙な面持ちで耳を傾けてくれている。


「五人のうちふたりがそんな奴等で大丈夫かと思われるかもしれません。が、プロゲーマーとして長年今回の選考会に参加する有力者たちと戦ってきた俺なら、仮にこの三人だけで戦ったとしても、相手が五人だろうが圧倒できると確信しています」


 俺は言い切った。

 実際、それぐらい美織と黛さんの実力はずば抜けている。

 プロゲーマーとして飯を食っている俺が言うのもなんだが、きっと二人の実力は俺よりもまだずっと上。下手したら日本のトップスリーに入る海原アキラ、ヒョードー、サロともいい勝負をするかもしれない。


 もちろん俺もふたりにおんぶでだっこするつもりなんてさらさらないが、もし一緒に戦えるのならばこれほど心強い仲間は考えられなかった。


「なるほど。分かりました」


 俺の計算に、黛さんも深く頷く。

 納得してくれたようだ。


「ならばこの話、私は辞退させていただきます」


 しかし、突然そんなことを言ってきた。


「なっ!? どうして? いや、確かに美織の代わりがかずさでは不安なのは分かりますけど」


「いえ、私が辞退するのはそれが理由ではありません」


「だったら何故!? あ……」


 興奮していると思ったら、すぐに頭を冷やすよう心がけよ。

 プロゲーマー百カ条の有名な一文であり、すぐにカッとなる俺は常に意識するようにしていた。

 その教訓がここでも生かされた。


 よく考えたら黛さんの返答ももっともだ。

 プロゲーマーである俺が一応ノーランカーである黛さんたちにお願いするだけでもプロとして恥ずべき行為なのに、そもそも一年以上音沙汰もなかったかと思えば、突然現れて一緒にゴリンピック予選を戦ってくれだもんな。虫が良すぎる話だ。


 それに美織がいない今、黛さんとかずさに手伝ってもらったら、一体誰がぱらいその買取キャンペーンの相手をすると言うんだ?

 今のバイトの子たちの実力は知らないけれど、さっきの黛さんが休日なしの連勤をしている話から察するに、そこまでの子はいないってことだろう。


 ははは。よくよく考えたら、最初から無理な話じゃないか、これ。

 そんなことにも気付けないとは、我ながら情けないぜ。


「すみません。自分から言い出しておいてアレなんですけど、よくよく考えたらとんでもなく自分勝手なお願いでしたね」


 俺は素直に頭を下げた。

 自分が悪いと思ったら、言い訳をせずに素直に謝る。

 プロゲーマー百カ条……ではなく、これは世間一般の常識だ。


「こんなワガママには付き合えないって黛さんの判断は正――」


「九尾君。何か早とちりしてませんか?」


「え?」


「私が辞退するのは、九尾君のお願いとやらが恥知らずで自分勝手すぎるからではありませんよ?」


 いや、少しはそういうのがあるのも否定はしませんが、と黛さん。どっちやねん!


「私がお断りする理由はただひとつ。九尾君の目的に賛成出来ないからです」


「俺の目的、ですか?」


「ええ、九尾君、改めてお尋ねしますが、君が私たちに頭を下げてまで達成したいと願う目的はなんですか?」

 

 そんなの、決まっている。


「どうしても東京ゴリンピックに出たいからです!」


「ですね。ですから、私はお断りするのです」


 ええっ!? どゆこと?

 ゴリンピックに出て注目されるのが嫌、とかそういう事?


「いいですか。仮にここに美織がいたとしても、彼女もきっと断わったことでしょう。こう言えば、理由が分かるのではないですか?」

 

 黛さんだけでなく、美織も断わる? 

 あの目立ちたがり屋で、なんでも一番になりたがるあいつが?

 ……ん、なんでも一番?


「あっ!?」


「分かったようですね」


 俺の呟きに、黛さんが満足げに頷いた。

 そうだ、そうだよ。

 俺の目的はゴリンピックに出ることなんかじゃない!


 


 俺はプロゲーマー。

 やるからには目指すのは常に頂上。

 ゴリンピックに出て注目されたら大手スポンサーがつくかもしれない、そんなことばかり考えていたから、つい基本中の基本を忘れてたぜ。


「九尾君、やるからには一番を目指さなきゃいけません。その為には私や美織、かずさだけでは不十分です。君を含めて、本番で優勝を狙える五人を集める目処がたったらまた私に話をしてください。その時はきっと力になりましょう」


 黛さんが俺の目を真正面から見つめ直して、そう約束してくれた。

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