第十話 誤算
店長である美織の趣味で個々に似合ったメイド服を着ているぱらいそスタッフにおいて、唯一執事服を着ている女性。かつて美織が『インテリヤクザ』と称した顔付きも相俟って、まるで宝塚の男役みたいな男装の麗人だ。
もともとはライバル店である大手複合店のエリアマネージャーをしていたものの、さらに遡れば学生時代はぱらいそでアルバイトをしていたらしく、そんな縁もあってなんだかんだでぱらいそいに移ってきた。
その経営手腕は勿論の事、ゲームの腕前も超一流。美織がいない時はこうして彼女の代わりに買取キャンペーンの対戦相手を務めている。
ただ、俺が知っている黛さんはその性格同様、とても真面目で計算されつくしたプレイスタイルだったはずなんだが……。
「成長するのはなにもあなただけではない、ってことですよ」
「はぁ、なるほど」
何がなるほどかは自分でも分からないが、まぁ黛さんも思うところがあって、プレイの幅を広げたのだろう。いいことだと思う。
「それはそうと、さっきのプレイなんだけど……なんだよ、あの早撃ちは!?」
「なんだよ、と言われても、西部劇のガンマンがよくやってるのを真似してみただけですが」
「マジかよ? ホルスターから抜くと同時に撃って、ああも上手く剣に当てられるものなのか?」
「斬り合うほどに近付き、相手の打ち込むタイミングなどが分かれば可能ですよ」
もっともそれにはある程度の練習が必要ですけどね、と黛さんは顔色ひとつ変えずに言い放つ。
ある程度って……きっととんでもなく練習したはずだぞ。
「『AOA』はプレイヤー次第で様々な戦い方が出来ますからね。上手く相手の隙を作れないかと試行錯誤しているうちに思いつきました。まぁ、プロゲーマーの九尾君にそんなことを言っても釈迦に念仏でしょうが」
さらにしれっとそんなことまで言ってくる。
なんだろう、先の予選会では珍しく頭脳プレイを見せたが、基本的には疾風怒濤の通り名の如く、何も考えずに猛烈なラッシュで相手を圧倒するのが持ち味の俺への皮肉か?
「それで今日はどうしたのです? 美織に会いに来たのですか?」
苦笑していると、黛さんの方から本題に入ってきた。
「ああ、そうそう。でも、黛さんにも」
「申し訳ないですけど、美織ならしばらく失踪中ですよ」
「お願いが……って、え、失踪?」
なんだと、おい。失踪ってどういうことだ?
「一ヶ月ほど前かなぁ。急に『ちょっとしばらく出かけてくるから。みんなで上手くお店を回しておいて』って言って、どっかに行ってしもうたんや」
驚く俺に久乃さんが説明してくれた。
……って、全然説明になってないぞ、おい。
「どっかにって、どこに行ったのかも分からないんスかっ!?」
「ええ。まぁ美織のことですから別に心配もしてませんが。むしろ美織の代わりに対戦を勤める為、ここのところ休みなしで出勤している私の健康状態を心配してほしいですね」
「とか言ってぇ、黛さん、最近楽しそうやん?」
「まぁ、それは否定しません。『AOA』がリリースされてからずっとお客さんとの対戦は美織がやってましたからね。せっかく私もあれやこれやと練習したのです。それを試す場がようやく与えられたわけですから、悪い気はしません」
とは言ってもそろそろ美織も戻ってきてはくれないでしょうか、見たいドラマが溜まっていく一方なのですがと愚痴を零す黛さんの声を、俺はどこか遠くに聞いていた。
美織がいない。
しかも連絡がつかない。
これはまったくもって予想外な出来事だった。
二回目の選考会がチーム対抗戦となり、声をかけた連中に片っ端から断わられたが、それでも俺はまだ余裕があった。
何故なら俺には……。
「まぁ、そろそろかずさちゃんを召還する予定やさかいそれまで我慢――ん、どしたん、九尾君、なんや顔色が悪いで?」
「ええ、まるで絶対当たると確信して大金をつぎ込んだ馬券がまさかの落馬で全部おじゃんになったような顔をしてますよ?」
ええ、まったくそんな気持ちですよ、黛さん。
「実は……」
俺は自分でも情けないなと思いつつも、今日、ぱらいそを訪れた理由を話し始めた。
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